第84話 写真とメッセージ

「龍夜さん! 写真を撮りませんか? 写真!」 

「え? 急になんだよ……」


 ダイニングテーブルの椅子に座って携帯を弄りながら、片手にリンゴ果汁100%のジュースが入ったコップを持ち、口へ運ぼうとした瞬間、突然柚梪がそんな事を言ってきた。


 時刻は夜20時30分くらい。柚梪にスマホを買ってあげた後、家に帰って夕食を取り、2人ともお風呂から上がった事態だ。


「だから、今から写真撮りませんか?」

「今から!? もう寝巻きに着替えちゃってるし、そもそも何で急に写真なんか撮るんだ?」


 リンゴジュースの入ったコップをテーブルに置いて、スマホをスリープ状態にすると、ゆっくり柚梪の方に視線を送る。


「龍夜さん、携帯を開くと誰かの絵の写真が表示されてますよね?」

「あぁ、壁紙の事?」


 俺はスマホのホームとロック画面に、少し前まで読んでいた小説の女の子キャライラストを壁紙にセットしている。今その小説は、もう完結しているため読んでいないが。


 柚梪の言っているのは、スマホの待ち受け画面。簡単に言えば壁紙の事を言っているので間違いなさそうだな。


「これの事でしょ?」


 俺はスマホの電源を入れて、ロックを解除すると、ホーム画面に映し出されたイラストの画像を見せると、柚梪は「そう! それです!」と元気良く答える。


「私も写真をそのように飾りたいんです!」

「なるほど。だから、俺と写真を撮りたいと?」

「はいっ!」


 どうやら柚梪は、俺との写真を壁紙にセットしたいみたいだ。確かに、もう俺と柚梪は恋人同士。大切な人との写真を壁紙にするのは悪くない。


 だがしかし、どうせ撮るならしっかりとした状態で撮りたいものだ。寝巻きのままだと少しダサくないだろうか……。


「写真を撮る分には全然いいよ。俺も柚梪との写真を壁紙にしたいくらいだ。でも、着替えちゃってるからなぁ……」

「別によくないですか? 夜でもラブラブ感が出そうで」

「まあ……いいけど、せっかくならきちんとした服装で撮りたくない?」

「私は龍夜さんと2人の写真が撮れたらそれで満足ですっ」


 口調からして、柚梪は早く写真を撮りたくてうずうずしてるっぽいな。


 まあ、写真なんていつでも撮れるし、柚梪が撮りたいって言うなら……別いいか。


「分かったよ。撮ろうか」

「やったぁ!」


 ピョンと軽く跳び跳ねて喜ぶ柚梪。


「そんで、どこで撮るんだ?」

「いつも私が甘えてるソファーにしましょう!」

「はいはい」


 ルンルンでご機嫌な柚梪に連れて、ソファーへと向かう俺。いつも座っている定位置に腰を下ろすと、スマホをポケットから取り出して、スマホを持ったまま俺の腕にしがみついてくる。


 柚梪はスマホの電源を入れると、カメラのアプリをタップして開く。


「俺が撮影してやるよ」


 柚梪からスマホを貸してもらい、「この返か?」と呟きながら、左手で持ったスマホを45°ほど斜め上に向かって伸ばす。


 スマホの裏についたカメラをこちらに向ける。画面が見えないから、ちゃんと範囲内に入ってるか分からないが、ダメだったらまた撮ればいいだけの話だ。


「柚梪、撮るよ?」

「はい♪︎」


 俺の腕を抱きしめ、身体を極力俺に寄せる。腕を組んだ状態で、柚梪は片手ピースマークを作ると、カメラに視線を向ける。


 俺もカメラに視線を向けて、シャッターボタンがあるであろう辺りを人差し指で軽く何度かタップする。すると、柚梪のスマホから『パシャ』と言う音が聞こえた。


「お! いい感じじゃないか。俺撮影上手すぎ」


 撮れた写真を見ると、ちゃんと俺と柚梪が真ん中に撮れていて、柚梪のピースマークも入っているし、なによりブレが無い。


 まさか1発で完璧に撮れるとは、俺の撮影才能が恐ろしいね。あ、いやらしい事は考えてねぇからな?


「うわ~! 龍夜さんとのツーショット♪︎ やった!」


 写真を見た柚梪はすごく喜び、早速壁紙としてセットしようとするのだが、壁紙の設定方法を知らない事をすっかりと忘れていたようだ。


「あの、龍夜さん。私……写真の設定方法を知らないこと、忘れてました」

「あぁ、俺がやってやるよ」


 再び柚梪からスマホを貸して貰うと、設定画面から写真を選択して、ホームとロック画面に壁紙として設定すると、一回スマホをスリープ状態にした。


「はい、試しつけてみ?」


 画面が暗くなったスマホを柚梪に手渡しで返すと、柚梪はゴクリと唾液を飲み込むと、スマホの電源をONにする。


 画面がパッと明るくなり、ロック画面と一緒に、先ほど撮影した2人の写真が表示される。それを見た柚梪は、パアッと目を見開く。


「すごいです! ちゃんと私と龍夜さんの写真が表示されてます!」

「上手く出来たみたいだな」


 それから、柚梪はずっと画面に表示された写真を眺める。スマホの画面を見すぎるのは、目に負担をかけるため、俺は「あまり長く見つめるなよ」と声をかける。


「そうだ、せっかくだしチャットアプリでフレンドになっとくか」

「チャットアプリですか?」


 その名前の通り、フレンドになった相手と電波さえあれば、いつどこでもメッセージを送ったり見たり出来るアプリの事だ。


 柚梪にアプリを開いてもらい、フレンドコードを見ながら検索欄に記入する。決定ボタンを押すと、あらかじめ作っておいた『柚梪』と名前の書かれたアカウントが表示された。


 フレンド申請をすると、柚梪の画面に『如月 龍夜さんからフレンド申請が届きました』と表示され、承認ボタンを俺が押す。


「よし、これでフレンドになれたから、離れていてもメッセージで会話出来るな」 

「おぉー!」


 それから少しすると、ピロリン♪︎と通知音が鳴ると同時に、柚梪から『こんはんは』とメッセージが届く。


「柚梪、『こんはんは』になってるよ。『は』の部分にてんてんがついてないぞ」

「ふぇ? あ、本当ですね……携帯で文字打つの難しいです……」


 そして俺は、お返しに『今日の柚梪も実に綺麗だ』と書いてメッセージを送ると、柚梪の方に送ったメッセージが届く。


 そのメッセージを見た柚梪は、「もうっ……」と顔を少し赤くする。その照れた顔も実に愛しい。


 その後、柚梪からさっき撮った写真を送ってもらい、その写真を保存して俺も壁紙に設定する。スマホの電源を入れるたび、俺と可愛らしい柚梪の写真がお出迎えしてくれる。


 これ……結構いいかも……


 今後も、なにかと機会があったら柚梪とこうして写真を撮るとするか。いい思い出にもなるからな。もちろん、柚梪に限った話じゃないけどね。

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