第83話 柚梪にプレゼント

「柚梪、スマホを買おうと思うんだ」


 バイト終わりの自由時間中、家のリビングでソファー座っている俺は、隣で肩に頭を添える柚梪にふと思った事を口にする。


 その言葉に対し、一瞬柚梪は首を横に傾げるが「どこか不具合があるんですか?」と返事を返してくる。


「いや、俺じゃなくて柚梪用のだぞ」

「私の……ですか?」


 俺が思っているのは、そろそろ柚梪にもスマホ及び携帯を持たせても良いのではないか?と言うこと。9月も後半になり、秋が近づいてくる。柚梪と出会って早くも2ヶ月が経過しそうになっている。


 いざ柚梪と離れている時に、緊急事態が起きた時など、携帯が無ければすぐに対応するのが非常に厳しい。柚梪を守ると言う面でも、携帯を持たせてやるべきだろう。


「柚梪も高校生なわけだし、お金にも少し余裕があるからな。いざと言う時に連絡出来なかったら、すぐに助けに行ったりが出来ないし」

「それはそうですが……携帯って、お金がたくさん掛かるってテレビで見ましたよ……? お金に余裕があると言っても、すぐ無くなってしまうのでは……」


 俺は一度ため息を吐く。柚梪が言ってることはよく分かるし、俺や生活の心配してくれるのは嬉しい。だが、柚梪はこう言う何かを貰う時に限って、過度な心配性が発動してしまう。


「柚梪。心配してくれるのは嬉しいけどさ、俺が良いって言ってるんだから気にするな」

「でも……」

「携帯があれば、離れていても連絡が出来る。お互いの状況がすぐに把握出来る。携帯を持たせるのは、緊急事態の時にすぐ対応するためでもあるんだ。俺からすれば、柚梪の身に何か起きる方が心配だ」


 俺の肩に頭を乗せる柚梪に手を伸ばし、サラサラなねずみ色の髪を何度か撫で下ろす。頭を撫でられ、少し気分が良くなった柚梪は、「じゃあ、お言葉に甘えます」と呟く。


「よし、そうと決まれば早速明日にでも買いに行こう。バイトを少し早めに上がらせてもらえるよう言ってみるか」




 翌日、店長にバイトを早めに上がらせてもらえるかを聞いた所、「今日は人数が居るから」と言うことで許可を貰った。


 お昼の15時頃、一度家に帰って柚梪を迎えに行ってから、携帯ショップのある久しぶりのショッピングモールへと向かった。もちろん、柚梪と手を繋ぎながら。


 ショッピングモールに入れば、柚梪の圧倒的美しさと可愛いさで人の注目を浴びるが、もうだいぶ外にも慣れて、柚梪は人目を気にしないようになっていた。


 逆に、俺に対して僅かな殺気を感じるが……気にしたら負けだな。


 2階にある俺が始めてスマホを買ったお店へと到着。なんの躊躇も無く入店する俺と柚梪は、様々な色や機種のスマホを前に、早速スマホ選びに取りかかる。


「すごい……たくさんの種類があるんですね」

「まあな。さて、どれにしようか……。やっぱり柚梪は女の子だし、可愛いやつがいいか?」


 顎に手を当てて、ずらっと並べられたスマホを眺めながら考える。


「お、この桜色なんていいじゃないか。色が濃くないから、目に優しいぞ」

「………」


 しかし、柚梪はあまり興味が無いようだ。桜色は好きじゃないのか?


 俺は「う~ん」と小さく唸りながら再び考える。すると、柚梪は俺の袖をぐいっと軽く引っ張る。


「うん? どうした? 柚梪」


 袖を親指と人差し指で軽く摘まむ柚梪に視線を向けると、柚梪は「あの……」とポツリと呟くと、上目遣いで俺を見つめてくる。


「私、龍夜さんとお揃いにしたいなって……」

「お揃い? 一緒が良いってことか?」

「はい……」


 俺とお揃いのスマホか……確かに、好きな人と同じ物を揃えたいのは俺にもあるが、さすがに色まで同じとなると、少しややこしくなってしまうな……


「俺も、柚梪とお揃いにしたいのは山々なんだが……さすがに色まで同じだと、分からなくなるから……さっきの桜色のやつじゃダメか? 一応、俺の使ってるスマホと同じ機種なんだが」

「分かりました。龍夜さんがそう言うのなら、それで」


 柚梪の同意を得た俺は、店員さんを呼んでケースに展示された桜色のスマホを購入すると伝える。お会計を済ませると同時に、外でも電波を使えるようにしたり、電話の掛け方、文字の打ち方などの柚梪にスマホの使い方を教えたりもした。


 そして無事に柚梪用のスマホを購入し、お店から外に出る。


「はい、俺からのプレゼントだ」

「ありがとうございます」


 スマホの入りの箱が入った袋を柚梪に手渡すと、柚梪は丁寧にそれを両手で受け取る。


「プレゼント……えへへっ」


 袋を受け取った柚梪はそう呟いた後、嬉しそうな笑みを浮かべる。その笑顔は、どんな暗闇でも一瞬で明るい光へ変えるような、見ていてとても心が浄化される笑顔だ。


 当然その笑顔は、周りに居る男女全ての人が目を引き寄せられていた。こんなにも可愛い女の子が俺の彼女だと言うことに、意識してなくても鼻が高くなってしまう。


「喜んでもらえてなによりだ。でも、そんなに嬉しかったのか?」

「もちろん。龍夜さんが買ってくれた物ですから、嬉しい決まってますっ! それに、プレゼントって言われると……余計に嬉し思っちゃって」

「それ、なんか分かるかも」


 確かに、身近な人や家族から物を買って貰った時、『プレゼント』と言われると、『自分の為に買ってくれた』みたいな気持ちになって、また別の嬉しさが湧き上がってく時が多いな。


「うん。時間もちょうどいいし……柚梪、帰ろうか」


 俺はそう言うと、柚梪に空いた片手を差し伸べる。それを見た柚梪は、「はーい♪︎」と可愛いらしい笑みを顔に浮かばせて、幼さを感じさせるような返事をした後、俺の手をギュッと握る。


「……ぐっ、可愛いやつめ」


 邪気が一切無いその満面な笑顔。ずっとそのまま笑っていて欲しいものだ。

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