第82話 お決まりキス

 太陽が徐々に登り、朝日が窓越しから俺と柚梪を照らす。顔に感じたほのかな暖かみに、俺はゆっくりと眠りから覚醒した。


 そっと細く目を開き、何度かまばたきをすることで、ぼんやりとした視界を治す。ぼやけが無くなり、目がはっきりすると、その目の前にあるのは柚梪の顔。


「あ、龍夜さん起きちゃいました? おはようございます」

「ん……? あぁ、おはよ」


 どうやら柚梪はすでに起きていたようだ。もしくは、俺と一緒に目覚めたのか。朝から早々天使の顔と、綺麗な声を聞けるとは。実に幸せな気分だ。


「もう起きてたのか……早いな」

「はい。10分ほど前から。龍夜さんの寝顔を堪能しておりました」

「はずいからやめて」


 情けない寝顔を10分も見られてたことに、俺は頬を赤らめる。しかも、柚梪との顔の距離は息が吹きかかるほど近い。いや、逆にそんだけ近かったら、顔をよく見れないのではないだろうか?


 そして俺は体を起こそうとすると、「待ってください」と柚梪が俺の手を握ってくる。


「どうした?」

「何か忘れてますよ」


 忘れている?何か寝る前に持って来た物とかあったかな?スマホか?


 俺は周囲に何か忘れ物があるのかと思い、辺りを見回すが、特にこれと言った物は見つからない。すると、寝転んだままだった柚梪が、そっと体を起こしてくる。


「違います。物じゃないですよ?」

「じゃあ、なんだよ……?」

「キスです♡ おはようのキス♡」


 そう言えば……昨日の寝る前にも、『おやすみのキス』と言って、2秒にも満たない短いキスをしたんだってか。まさか、朝もやると言うのか……


 だが、柚梪はキスをする気満々のようだ。ベットの上で座る柚梪は、同じベットの上に座る俺に向かって、目を瞑って顎を少し上げ、キス顔を見せてくる。


「はぁ……仕方ねぇな」


 俺はそう言って、昨日と同じく柚梪の後頭部に右手を添えて、軽く柚梪の顔をぐいっと寄せる。そのまま、流れるように俺も顔を近づけ、プリッとした柚梪の柔らかい唇に口付けをした。


 今回も、だいたい3秒も満たない短いキス。ゆっくりと顔を離すと、柚梪は天使のように微笑む。


「ごちそうさまです♡」

「なんか、昨日も聞いたような……?」




 朝のキスが終わり、柚梪と一緒に1階へ降りる。歯磨きをして、朝食を食べ、私服に着替えるとバイトの時間まで自由時間となる。


 もちろん柚梪は俺から離れようとしない。バイトに行く、もしくはお手洗いに行く時以外は、比較的ずっとくっついてくる。


 やがて数時間後、お昼を食べ終わると、俺はバイトの時間へとなる。支度を済ませて、玄関で靴を履いて立ち上がる。


「龍夜さん」

「……? なんだ?」


 不意に名前を呼ばれ、俺は柚梪の方向に振り返る。


「バイトに行くんですよね?」

「そうだけど?」


 いまさら感のある質問の内容に、俺は少しキョトンとする。そしたら、柚梪は一歩前に踏み出すと、俺の肩に両手を添えてきた。


「朝は龍夜さんからでしたので、今回は私からさせてもらいますね」

「え? それって……」


 俺は何かを察する。すると、柚梪は「はい。いってらっしゃいのキスです♡」と言って、俺の察した通りの言葉が帰ってくる。


 爪先立ちになって、顔の位置を少し上げると、そのまま俺の唇に口付けをしてくる。今回は柚梪からと言うのもあり、少し長めのキスだった。


「ごちそうさまです♡」

「それ、毎回言うの?」


 聞き慣れた返事にツッコミ的な言葉を言いつつ、俺は「行ってきます」と言って、柚梪に見送られながら玄関から外に出る。




 日も暮れて、バイトから家に帰る。だんだん秋になってきていることもあり、以前より夜の外が肌寒くなってきた。


 ガチャッと家の玄関の扉を開いて、「ただいま~」と言う。そしたら、リビングから俺の声を聞いた柚梪が、歩いてその姿を現す。


「龍夜さん。おかえりなさい」


 お出迎えに来てくれた柚梪の前で、靴を脱いで1つの段差を登る。すると、柚梪はぴとっと俺の体に正面からくっついてくる。


 ムニュッと柔らかい胸の感触を体で感じたながらも、俺を上目遣いで見つめてくる柚梪に、俺は「はぁ……」と短い息を吐く。


「はいはい。お帰りのキスね」


 俺は両手で柚梪を抱きしめて、本日3度目のキスをする。短いキスを終えて唇を離すと、天使のような可愛い微笑みを見せる。


「えへへ……ごちそうさまです♡」

「もう聞き慣れたな」


 でも、「ごちそうさまです」と言う柚梪の顔は、いつ何度見たって堪らなく可愛い。それだけで疲れが吹き飛ぶ。




 そして夜、1日の終わりが近づくなか、俺と柚梪はベットの上でお互いに向き合いながら、寝っ転がっていた。


「やっぱり……龍夜さんと居ると、心が落ち着きます」

「そう? そう言ってくれると嬉しいもんだな」

「だって龍夜さんは、命の恩人でもありますから。それに、今はこうして恋人同士になって、たくさん愛を貰って幸せしかありません」


 窓から差し込む月の光に照らされながら、ニコッと微笑む柚梪。それん見た俺は、両手を柚梪の背中に通して、気がつけば柚梪を抱き寄せていた。


 突然のことに、柚梪は少し驚いた顔で頬を赤く染める。


「大丈夫。柚梪が親から貰うはずだった愛は、これからも俺がもっと柚梪に愛を与えていく。だってお前は俺の、宝物だしな」

「……龍夜さん」


 すると、柚梪は俺の胸元に顔を埋めてくる。


「もう、まだ私を惚れさせるつもりですか?」

「もっと惚れてもいいぞ? 俺はウェルカムだ」


 その言葉に、柚梪はクスッと笑うと、顔を上げてくる。顔を近づけてくる仕草で、俺は柚梪が欲していることを察する。


「またするの?」

「当然です。これは恋人として欠かせない日課ですので」

「いつから日課になったんだよ」


 目を瞑る柚梪は、俺に唇を差し出してくる。俺は吸い寄せられるかのように、柚梪の唇に口付けをした。本日4度目のキスを交わす。


「ふふっ……ごちそ……」

「ごちそうさまです」

「……むぅ」


 自分のセリフを取られたことに、柚梪は頬を膨らませる。


 1日4回、バイトの無い日は2回のお決まりキスが始まる。まだ付き合って2日目だと言うのに、いささか恋人にしては進み過ぎているような気がするが、気にしないでおこう。


 柚梪が幸せなら、俺も自然と嬉しくなるしな。

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