第71話 俺の思いと柚梪の気持ち
「はぁ……なんてことだ……」
すぐに着替えて、リビングのソファーに座っている俺。
俺はとうとう柚梪に対して、反応してしまったことに、深い絶望を味わっていた。
あ、ちなみに……悪い意味じゃないからな?俺にとっては……ちょっとあれだけど……
柚梪はまともな教育を、全く受けていない状態で捨てられた。つまり、『性』のことに関しては、全く知らないだろう。
しかし、あの時俺のアレが当たってしまった時、少なくとも気にはなっていたはずだ。
もし、柚梪が性の知識を得てしまったら……太もも付近の肌に当たった何かを知ってしまったら……絶対に嫌われる……もしくは、怖がられてしまうのではないか……?
俺はそのことで頭がいっぱいになり、ソファーに座って頭を抱えていた。
「これからどうすればいいんだ……? このことは隠しておくか……? でも、もしいずれ柚梪が結婚をして、旦那さんと子作りする時、その知識がなかったら……きっと戸惑うだろう。そうなれば、俺の責任になっちまう……けど、嫌われたくなぁい……」
時刻は夜8時30分頃。
ぶつぶつと呟く俺。とにかく、今は隠し通すとしよう。少なくとも、柚梪がお嫁に行く……もしくは、俺の家を離れる日が来るまで。
「けど……なんであんな急にベッタリとくっついて来るようになったんだ……? 俺に本当の気持ちを伝えたから? それとも、彩音が居なくなって甘えてたい気持ちが爆発したとか?」
そう、柚梪は今日の夕方……俺に対して好意を示してくれた。
気持ちを打ち明けたことで、気が楽になったのか知らないが、少なくとも今の柚梪は、『俺が好き』と言う気持ちを知られながらも、激しく甘えてきていることになる。
俺だって、柚梪に好意を示されてめちゃくちゃ嬉しいさ。けど、自信がないんだ。
これからも柚梪に楽しい人生を送らせあげられるのか。柚梪の期待に応えられるのかが。
それならいっそ、柚梪に外の事を全て教えてから、自由へ解き放ってあげた方が、自分なりに楽しく暮らしていけるのではないだろうか?
そう、俺は元々柚梪を自由にさせてやるために、学校を辞めて、バイトの時間を増やし、お金を集めているのだから。
それも、だいぶ先になりそうだけどな。
そんなこんだで、頭を抱えながら考えていた。
一方、柚梪もお風呂を上がり、薄着の薄いねずみ色をしたパジャマに着替えると、リビングへと戻ってきていた。
しかし、ソファーで頭を抱えて落ち込む俺を、入り口付近で静かに見つめていた。
(龍夜さん……なにか落ち込んでる……? えっと……こう言う時は……)
そして柚梪は、短パンのポケットからメモ帳を取り出すと、ページをパラパラとめくる。
(あっ、これかな?)
柚梪はあるページを発見し、その内容を静かに読み上げる。
(えっと……『お兄ちゃんが落ち込んでいる、もしくはへこんでいる場合は、よく逃げ勝ち。理由を深掘りせず、寄り添うべし』……か。よし……!)
柚梪は少し気合いを入れると、ゆっくり俺の所へ近寄る。
「龍夜さん、のぼせたって言ってましたけど……大丈夫ですか?」
「……え? あぁ、柚梪……うん。もう大丈夫」
柚梪が上がってきてしまったか……見た感じ、気づかれて……ない……?
「えと……何か違和感とか無かったの……?」
「違和感……ですか?」
しまった……! 俺のバカっ! なにしれっと聞いているんだ! これじゃあ、気づかれて……
「そうですね……強いて言うなら、もっと龍夜さんに寄り添って居たかったです……」
「……え? それだけ?」
「……? うーん……あとは」
はっ!? まずい……今度こそ気づかれ……
「少し、お湯が熱すぎましたかね。もう少し温度を下げとけばよかったかもです」
あれ……? おかしいな……柚梪は気になった事をよく聞いてくるはずだ。
もしかして、本当に気づかれてないのか……?
「例えばさ……その、固い何かを感じたとか」
「固い何か……ですか? 確かに、少し膝らへんに感じましたけど、それって龍夜さんの膝の骨ですよね? (やっぱり、あの固い何かが当たった事を気にしてるんだ……)」
「……え? あ、あぁ! そう。その通りだ」
どうやら本当に気づかれていないみたいだ。それが分かったとたん、俺はほっと一息をついた。
「それよりも、もっと龍夜さんに寄り添ってもいいですか……?」
「えっ? あぁ、いいけど」
すると、柚梪は俺の隣に座って、俺の右手をギュッと抱きしめると、体を密着させてくる。
「龍夜さんの温もりは……本当に落ち着きます。ずっと、こうしていたいくらい……」
隣から香るいい匂いに、薄着によって強調された胸。太ももから足先まで、スラッとした綺麗な足。
嫌でも目が吸い寄せられてしまう。どうやら俺は、女の子をジロジロと見る変態にでもなったのか……?
少し……また少しと体を密着させてくる柚梪。しだいに、またもや柔らかい感触が腕から伝わってくる。
だが、この際だ。1つ聞いてみるとしよう。
「なぁ、柚梪はさ……俺なんかでいいの?」
俺は弱々しくそう言い放つと、柚梪がこちらを見つめてくる。
「それは、どういう意味ですか?」
「そのままだよ。確かに俺は柚梪を保護した身だ。だけど、俺はこれから先どうなるか分からない。もしかしたら、仕事が出来ないダメ人間になるかもだし」
俺はポロポロと、心の中で思ったことを垂れ流す。
「それに、柚梪をこれからも幸せにしてあげられるか分からない。女付き合いが無い俺は、どうしたらいいのか分からなくなることが多い。だから、こんな俺を好きになって、本当にいいのかなって」
「……。龍夜さん」
名前を呼ばれた俺は、ゆっくりと柚梪の方を振り向く。すると、そこには柚梪の鋭く真剣な眼差しがあった。
「私は言いましたよね。龍夜さんは親のような存在で、命の恩人でもあるって」
「あぁ、確かに言ったな……」
「それでも龍夜さんは、自分の事をダメな人間だって言うんですか?」
「……。」
「私にとって、龍夜さんは世界で最も大切な人なんですよ。だから、恥ずかしくても龍夜さんに気持ちを伝えたんです」
柚梪は必死になって思いを言う。さっきまで、あんなに甘えモードだったのが、嘘かのように。
「私、龍夜さんと一緒に居て、不遇だと感じた事は一切ありません。こうして龍夜さんに寄り添っているのも、もっと龍夜さんの側に居たいからなんです」
「柚梪……」
言葉の勢い、真剣な眼差し、間違いなく柚梪は思っていることを口にしているのが、俺でも分かるくらい伝わってくる。
「もう、自分の事を落とし入れないでください……龍夜さんは、とても立派で、素敵で、カッコいい人なんです。自分に自信を持ってください」
すると、柚梪は俺の右手を胸の上に押し当てる。
「心臓の鼓動が分かりますか?」
「……あぁ、少しだけど……分かる」
「今、こうして龍夜さんに寄り添えて、嬉しくて、心臓の鼓動が高鳴っているままなんですよ」
「……」
確かに、ドクンドクンと少し早い速度で鼓動が響いてくる。
「私、今こんなにも幸せと嬉しさで満たされているんです。だから……もう自分を落とすようなことは言わないで、考えないでください。私まで、悲しくなっちゃいますから」
「……柚梪っ」
俺は気がつかない間に、目から涙が零れ落ちていた。
こんな俺でも、しっかりと受け入れてくれて、気持ちを伝えてくれて、笑ってくれて、思ってくれて、寄り添ってくれて、大切にしてくれて……俺の心は溢れそうなほど嬉しさでいっぱいになっていた。
「龍夜さん……大好きです」
その言葉の後、柚梪はゆっくりと俺に顔を近づけると、俺の頬に柔らかく、少し湿った感触が伝わってきた。
「私、いつでも龍夜さんからの言葉を待っていますから。なので、もっと甘えさせてくださいっ」
「……っ! 柚梪っ!」
「きゃっ!?」
耳元でそう囁かれ、俺はついに気持ちを抑えられなくなってしまう。
そうして、柚梪を俺の太ももの上に座らせ、思いっきりギューっと抱きしめる。
予想外の動きに対して、柚梪は顔をほのかに赤くする。
「た……龍夜さん……?」
「そんなに甘えてたいなら、存分に堪能させてやるよ。全部……柚梪のせいだからな。覚悟しろ」
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