第69話 お風呂場に柚梪襲来

 2階へ着替えを取りに行き、そのまま脱衣所へ。


 服を脱いでは洗濯機へぶち込み、バスタオルを腰に巻いていざ入浴。しっかりとお湯が沸いており、白い湯気が入浴室を漂っていた。


 まずは、桶でお湯を体に2回ほどかけ、体にお湯の熱さを慣れてもらう。その後、柚梪の沸かしてくれたお湯に浸かる。


 体全身に伝わるお湯の温もりが、今日遊んで溜まった疲労を回復してくれる。


 俺の中では、お風呂は1日で最もリラックス出来る、至福の時間である。


「はぁ~……極楽だぁ~」


 湯船の両サイドに腕を広げて、俺はお風呂を満喫する。


 お湯に浸かること約2~3分ほどのことだ。


 俺が髪と体を洗おうと、湯船から立ち上がったその時だった。


「……龍夜さん」

「ふぇ!? ゆ、柚梪……!? いつの間に……!?」


 なんと、俺が気づかない間に、透明のモザイクのような模様がある扉の向こうに、人の姿があったのだ。


 もちろん、透明とは言えどモザイク柄になっているため、姿を完全に捉えることはできない。


 俺から見たら、柚梪はねずみ色のモヤモヤにしか見えないし、柚梪から見ても、おそらく俺は肌色のモヤモヤとしてしか見えていないはずだ。


 しっかし、柚梪がわざわざ入浴中の俺の所へ来るのは初めてだ……もしかして、何かトラブルがあったのか……!?


「どうしたんだ柚梪……? まさか、何か緊急事態が起きたのか……!?」

「あ……いえ、別にそう言う事ではないのですが……」


 それを聞いた俺は、ほっと一息をつく。


 だが、緊急事態じゃないのなら、どう言った用で来たのだろうか?


 時々、俺が入浴中に洗面台で手を洗いに来たり、洗濯物を取りに来たりはあるけれど、話かけてくる事は、今まで一度もなかった。


「柚梪、なら……いったい何の用事だ……?」


 俺は、扉の向こうに居る柚梪に、そう問いかけてみた。すると、柚梪は一息おいてから、返事を返して来る……


「私も……一緒に入っていいですか……?」

「……え?」


 柚梪の返事に、俺はぽかーんとしてしまう。


「えっと……なんて言ったの? よく聞き取れなかった」

「だ、だから……! 私も一緒に入っていいです……じゃなくで、入りますね……!」

「……んん?」


 あれ? なんか変わったような気がするのだが、気のせいだろうか?


 柚梪と一緒にお風呂に入ったのは、一応初めてではない……が、それはなん週間も前のことだ。

 

 あの時は、まだ柚梪が痩せていて、1人じゃお風呂に入れないから、俺が体や髪を洗っていただけのことだ。

 

 今となっては、柚梪はもう立派な女性だ。今と前では見方が違う。


「じゃあ……入りますね」

「えっ!? 待った待った!? ガチで入ってくるの!?」

「そうですよ? 龍夜さんに拒否権はありませんっ」

「いや、拒否権があるもないも、突然来られたら困るというか……」

「……、嫌ですか……?」

「……え?」


 急に弱々しい声になる柚梪。


「そんなに……嫌ですか? 私と、お風呂に入るのが……」

「いや……別に、そう言うわけじゃ……」


 柚梪のような美人さんとお風呂に入れるなんて、全世界の男が飛び跳ねて喜ぶほど嬉しいことだ。でも、逆に男として、突然来られると……ドキッとすると言うか……緊張してしまうんだ。


 俺だって、柚梪と一緒にお風呂に入れるのなら、それは喜んで一緒入るさ。だけど、せめてお風呂に入る前に言って欲しかったな……


「龍夜さんが、どうしても一緒には入れないと言うなら、諦めます」

「いや……! 俺だって、柚梪と一緒にお風呂入れるなら、喜んで一緒に入るよ! でも、突然来られると……緊張するから、事前に声をかけてほしかったかなって」

「さっき、声かけたじゃないですか」

「うん。俺がお風呂入れって数分後にね」

「じゃあ、龍夜さんがお風呂に入る前に言えば、一緒に入ってくれるんですか?」

「まあ……考える……」


 そして、扉の向こうに居る柚梪が、なにやらごそごそとしている。


 すると、次の瞬間……柚梪の上半身がねずみ色から肌色、胸元は白色へと変わったのだ。


「とにかく……今日は、嫌と言っても入りますから……!」

「え……? さっき、『どうしてもって言うなら、諦めます』って、言わなかった?」

「それは明日からですっ」

「えぇ……」


 そのまま、下半身も肌色へとなり、俺は見ないよう扉の反対側の壁を向く。


 そして……ガチャッと扉の開く音が鳴ると、胸から太ももまでバスタオルを巻いた、柚梪が入って来た。


「……。龍夜さん、バスタオル巻いてますから、裸じゃないですよ……?」

「そう……なのか? てっきり、裸で入ってくるのかと……」

「……っ! さ、さすがにそこまではしませんからっ……!」


 そっと後ろを振り返ると、白いバスタオルを巻いた柚梪が立っていた。


 そのムッチリとした抜群の体は、本当に男の理性を破壊してくる……なんとか耐えなければ……


「龍夜さん……体を洗うのではないのですか?」

「えっ? あぁ……そう言えばそうだったな……」


 そうだ……体と髪を洗おうとしたのだが、すっかり忘れていた。


「背中……流しますよ?」

「そ、そうか……? じゃあ……お願いしようかな……」


 なんだ、この少し途切れ途切れな会話は……柚梪も緊張してるじゃないか……!


 そして……腰にバスタオルを普段から巻いてて正解だった……


 俺は湯船から出ると、椅子に座る。


「龍夜さん……タオルを貸してください……」

「お、おう……」

 

 柚梪にタオルを貸すと、柚梪は桶にお湯をついで、一回濡らした後、軽く絞った。


(えっと……ボディソープは龍夜さんの前にある……あれを取る時は……確か……)


 そして柚梪が動きだす……


「龍夜さん……ちょっと、ボディソープを……取りますね……///」

「えっ? あぁ、あれなら俺が取るけ……っ!?」


 その時、俺の背中にとてつもなく柔らかい感触と共に、僅かな重さが俺を襲う。


 その重さとは……柚梪の体。


 なんと、柚梪はボディソープを取るために、俺の背中に体を押し付けて、右手を伸ばしてボディソープを取ろうとしているのだ。


 柚梪が手を伸ばすたびに、俺の背中には柔らかい感触が、何度も何度も伝わってくる……!


「……よ、よし……取れました」

「……そ、そうれは……よかった……」


 あまりにも刺激が強すぎて、あともう30秒もしてたら、俺の理性は砕け散ってたことだろう。


「じゃあ、洗いますね」


 そして、柚梪はボディソープでタオルを泡立てると、俺の背中をゴシゴシと洗ってくれる。

 

 程よい力加減で、実に気持ちが良い。こうして、誰かに背中を洗ってもらうなんて、小学校時代の彩音以来だろうか。


 柚梪は背中だけではなく、肩や腰、腕も洗ってくれた。さすがに前と下半身と髪は自分でやるが……


 一通り洗い終わると、俺は柚梪からタオルを返してもらい、体の前を洗う。ついでに、そのあとはシャンプーを使って、手で髪も洗った。


 そして、俺が再度お湯に浸かろうとすると、俺の体を洗い終わって、すでにお湯に浸かっていた柚梪が、湯船から出る。


「えっ? なんで湯船から出たの?」

「それは……龍夜さんから先に入ってもらうためです」

「でも、別に背中合わせて、お互いが見えないように入ればいいじゃん」


 俺はてっきり、柚梪と背中を合わせて、お互い別の方向を見ながら入るのかと思っていたのだが……


「それはダメです……私は、龍夜さんの膝の上に……座りたいからです……!」


 と、バスタオル姿の柚梪が、そう言ったのだった。



 

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