第68話 はい、あ~ん

 家に着いたのは、だいたい5時を過ぎたくらいだった。

 

 涙を流しながら、自分の気持ちを伝えてくれた柚梪を、なんの躊躇もなく抱きしめたが、今思うと、あの場及び周辺に人が居なくて助かった……


 それにしても……柚梪とは親しい関係とは自覚していたが、まさか好意を抱かれていたとは思わなかった。

 特にこれと言った特徴が無い俺に、『好き』と言ってくれる女性が、こんな身近に居たとは……


 柚梪が『好き』と言ってくれたのは、俺自身……跳び跳ねるくらい嬉しかった。

 だけど……柚梪が俺に好意を持っていると分かった上で、2人の共同生活を送るとなれば……どう接すればいいのものか。


 俺はそんな事を考えながら、夕食の用意をしていた。


 今リビングに居るのは俺だけ。柚梪はお風呂の掃除をして、お湯を沸かしてくれている。


 俺が作っている夕食は、カルボナーラ。


 海で遊んで、それなりに疲労が溜まっている。そのため、パスタを茹でて市販で売っているパスタを絡めるだけで出来る、カルボナーラのソースで作った、簡単な料理。


 2人分のお皿とフォークを食器棚から取り出し、茹で上がったパスタをお皿にわけて、2パックの少し温めたカルボナーラソースをハサミで開封し、麺の上からかける。


 そして、フォークでパスタとソースを絡み合わせて完成。調理時間は、5分もかかってない。


「龍夜さん。お風呂掃除終わりました。今、お湯を溜めています」

「お、ありがとな柚梪。ちょうど夕飯も出来たぞ」


 ダイニングテーブルにカルボナーラを2つ横に並べると、俺と柚梪は椅子に座り、手を合わせてから食事を取り始めた。


 さっそくフォークでパスタをクルクルと巻き取り、1口サイズまで絡ませると、そのまま口の中へと突っ込む。

 口の中に、卵とチーズの風味がいっぱいに広がる。


 しかし、柚梪はまだカルボナーラに手をつけておらず、俺の方に視線を向けていた。


「あの、龍夜さん……」

「うん?」


 不意に声をかけられた俺は、柚梪に視線を向けながら、口の中にあるパスタを程よい大きさに噛み砕き、ゴクリと飲み込んだ。


「……、どうしたんだ……? そんな、真剣そうな目で見つめてきて……」


 柚梪は顎を引いて、下目使いでじっと俺の目を見つめてくるのだ……。


「龍夜さん」

「なんでしょうか……?」

「私に……『あ~ん』をしてください」

「……え? あぁ、いいぞ……?」


 柚梪は、俺に食べさせてほしいと要求してくる。


 一瞬戸惑ったものの、すぐに理解をした俺は、柚梪のフォークを手に持とうとする……


「待ってください……!」

「えっ? な、なに……?」

「龍夜さんのフォークでお願いします」

「ふぇ!? 俺のフォーク……? もう、口つけちゃったんだけど……」

「関係ありません! 早く、食べさせてください……!」

「……あぁ」


 俺は、柚梪のフォークから自分のフォークに持ち替えると、柚梪用のカルボナーラを少し自分の元へと寄せると、フォークでパスタを巻き取り、柚梪の口元へと持っていく。


「はい、あ~ん……」

「ん……あ~ん……」


 俺の合図に、柚梪は可愛いらしい声を出しながら、口をあける。

 そして、俺がフォークで巻き取ったパスタを、柚梪の口に入れる前に、柚梪自身がパクリとパスタを、1口で食べた。


「ん~! 美味しいです!」

「……、そうか……? 簡単に作ったやつだけど……」

「龍夜さんに食べさせてもらった料理は、なんでも美味しいです」

「そう……?」

「はいっ! 龍夜さん、早くもう1口くださいっ」

「分かった分かった……」


 そして、もう一度フォークでパスタを巻き取り、柚梪に食べさせる。

 

 しかし、忘れてはならない。柚梪に食べさせているのに使っているフォークは、元々俺が口をつけたフォークだと言うことを。


 海に居る時は、あんなに恥ずかしそうにして謝ってきてたのに、今では気にすることなく、堂々と間接キスをしてくる……


 柚梪が口を開くたびに、俺は心臓をバクバクと高鳴らせながら、カルボナーラを食べさせる。


 すると、柚梪は自分用のフォークを手に取ると、パスタを巻き取っていないにも関わらず、そのままフォークを口に入れると、流れるように、フォークを舌で舐めながら、口から抜く。


 フォークを口から抜き取る瞬間が……なんか、その……え、エロい……


 そして、口をつけたフォークで、俺用のカルボナーラをクルクルと巻き取ると、俺の口元へと差し出してくる。


 もしかして……


「今度は私の番です。はい、龍夜さん……あ~ん」

「……っ///」


 やばい、柚梪が可愛いく見えたせいか、顔が熱くなってきた……

 彩音にすらされたことのない、女の子からの『あ~ん』は、非常に緊張してしまう……


「どうしたんですか? ほ~ら、早くしないと冷めてしまいますよ? 私が」

「柚梪がかよ……」

「はい、あ~ん」

「なんか……急に積極的になったな……」

「あ~ん」

「うっ……あ、あ~ん……」


 少し怒り気味になった柚梪に負けて、俺はゆっくりと口を開くと、巻き取られたカルボナーラをパクリと1口で食べる。


 俺は今、柚梪と間接キスをしてしまった……


「どうですか? 美味しいですか?」

「ん……? あ、あぁ……美味しいよ」

「えへへ……よかったです♪︎」

(か、可愛い……)


 その後も、お互いに食べさせ合っていると、すでに20分ほどが経過していた。


 使った食器を洗って、片付け終わる。


「じゃあ……俺、お風呂入ってくるから……」

「……はい」


 そして俺は、着替えを取りに2階へと向かう。


 俺がリビングから出たことを確認した柚梪は、スカートのポケットから、小さなメモ帳を取り出すと、2・3ページを開く。


「……/// 心臓が破裂するかと思った……けど、龍夜さんに思いを伝えたからには……あとには引けませんね……えっと、次……はと……」


 謎のメモ帳に書かれた文字を読む柚梪……いったい、次は何をするつもりなのだろうか……


 そして、俺の心臓と理性を保つことが出来るのだろうか……

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