第67話 夕日の沈むその道で

 彩音と別れたあと、俺と柚梪はバスで家から最も近いバス停まで移動した。

 

 来た道を歩いて戻っている間、俺と柚梪は必要最低限の会話しかせず、ほとんど黙ったままだ。

 リュックサックを背負う俺と、両手でカバンの取っ手を持つ柚梪。


 時刻は16時30分頃。太陽は沈みはじめ、徐々に空はオレンジ色へと染まっていく。


 帰り道の途中、ある公園の前を通った。

 

 柚梪はその公園の中に居る、小さな少女を連れた親子を見かけると、ピタリと足を止める。


「えぇー、もっと遊びたいー」

「ダメだ。もう夕方だぞ? 夕方になったら帰るって約束だったはずだぞ?」

「むぅ……はーい」

「よし。良い子だな」

「今日の夕食は何にする? カレーライスでいいかしら?」

「え!? カレーライスっ! やったー! カレーライス!」

「ほら騒がない。カレーライス食べたいなら、早く帰るよ」

「うんっ!」


 それは、極々普通の親子の会話だ。父親と母親、その娘さんによる、1つの家族だ。


 そんな家族同士の会話を、柚梪はじっと見ていた。


「……ん? あれ? 柚梪……?」


 曲がり角を曲がった後、俺は後ろをふと振り返ると、ついてきていたはずの柚梪が居なかった。

 一瞬俺は、拐われたのでは!? と思って、すぐに道を戻って行くが、角を曲がった時、目の前には公園の中を見つめる柚梪が、その場で立っていた。


 ほっと一息をついた俺は、ゆっくり柚梪の所へと歩み寄る。


 柚梪の側へと行くと、柚梪が見ている方向に俺も視線を向けた。

 そこには、家へと帰って行く3人の家族だ。


 お父さんとお母さんに挟まれて、2人と手を繋ぎながら、楽しげに帰って行く女の子。


 もし、あの女の子が柚梪だったら……と思うと、胸が苦しくなる。

 あんな風に、柚梪だって家族から愛を貰うはずだったんだ。父親はグズで、母親不明、お姉さんは自分主義……柚梪にはもっと、幸せな家庭に生まれてきて欲しかったな……


「柚梪……」

「……はっ!? ごめんなさい……ボーっとしてました……」


 俺が柚梪に話しかけると、柚梪は無意識に立ち止まっていた事を自覚し、必死に謝ってきた。


「柚梪、やっぱり……家族が愛しいのか?」

「……、それは……」

「いや、言わなくていいよ。柚梪の思ってることは分かってるから」

「あ、いえ……別にそう言うことでは……」

「誰にだって、家族と言うのは……命の次くらいに大切な存在だからな」

「……。」


 柚梪はカバンの取ってを強く握り締める。


 どうやら、俺は柚梪に嫌な事を思いださせてしまったみたいだ。

 自分では良い事を言っているつもりなんだが、柚梪にとっては、『家族』と言う言葉自体が、過去を思い出させるものだって分かっているはずなのに……男として失格だな……


「ごめん……嫌な事を思い出させてしまって……行こっか」

「……て、くれないんですか」

「……え?」


 俺は柚梪に謝って、背中を向けて歩きだす。しかし、後ろで柚梪が何かを呟いたのだ。


 柚梪の方を振り返ると、柚梪は涙をポロポロ流しながら、俺の目を見つめてくる。


「確かに……私は、あの親子みたいな家族の所へ生まれてたらって……思ってました」


 柚梪はゆっくりと俺に近づき、俺の一歩前くらいまで歩み寄ってきた。


「でも……私は、龍夜さんに保護してもらって……お世話をしてもらって……美味しいご飯を作ってもらって……可愛いお洋服まで買ってもらって……お外にも連れて行ってもらって……」


 今すぐにでも、抱き寄せられるくらいまで俺の近くへと来た柚梪は、涙が溢れながらも、俺と目を離そうとしない。


「私からすれば、龍夜さんが親のような存在なんですよ……?」

「……っ!」

「あの時……龍夜さんと出会わなければ、今頃私は……とっくに命を落としています」


 そうだ……確かに、柚梪の捨てられたあの道は、朝昼晩関係なしに、人どころか……車すら滅多に通らない一本道だ。


 あの日の夜、バイト帰りに、いつも使っていた帰り道が、工事で通行止めになっていなければ、俺は柚梪と出会うことは無かった。

 逆に、柚梪はその道で……1人孤独にこの世を去っていたのかもしれない……


「龍夜さんは……私の親のような存在でもあり、命の恩人でもあるんですよ……!」

「柚梪……」


 そして、柚梪は少し間をあけると……


「そんな、大切な人を……じゃないですかっ!!」

「……っ!!」

「ずっと……物心を取り戻してきた時から、ずっと……! 龍夜さんの事が、頭から離れないんです」


 勢いに乗った柚梪は、止まることなく心に溜まった思い・気持ち・感情を全てうち明かす。


「龍夜さんに……この気持ちに気づいてほしくて、たくさんアピールして、寄り添って、なんとか気づいてもらえるように努力しました」

「……。」

「でも、気づいてくれなかったじゃないですか……お昼に起こったあの出来事だって……本当は逃げ出したいくらい、恥ずかしかったんですよ……!」


 お昼の出来事……あの、柚梪を押し倒してしまい、柚梪に口づけする寸前の事か……。

 確かに、柚梪が拒否してくるのではなく、逆に受け入れてくれたことには、俺も驚いた。


 そうやって、口づけを受け入れてくれたのも……俺に、自分の気持ちを気づいてもらたかったアピールだったんだ。


「この……『好き』と言う気持ちを……どうして、気づいてくれなかったんですか……?」

「……ごめん。柚梪」


 俺は柚梪をギュッと抱き寄せる。


 まさか……俺がここまで鈍感だったとは思わなかった。その結果、柚梪の口から言わせてしまった。


 本当に情けない……。


「気づいてやれなくて……本当にごめんな……柚梪」

「……っ、遅いですよ……龍夜さん……。もう、自分から……言っちゃったじゃないですか……」


 柚梪は俺の服に顔を押し当てながら、ギュッと抱き返してくる。


 それから数分、お互いに抱き合い、柚梪が顔を上げた。


「私……言いましたからね……?」

「……え?」


 すると、柚梪は腕を解放し、俺から一歩後ろへ下がった。


「私は、自分の気持ちを全て言いました。ですから……」

「ですから……?」

「今度は、龍夜さんの番です」

「……俺?」


 俺は、柚梪が何を言っているのか、その意味がよく分かっていなかった。


 しかし、次の柚梪が放った言葉で、俺は全て理解をするのだった。


「龍夜さんが心を開いてくれるまで、私はアピールを止めるつもりはありませんから。それと……」


 そして柚梪は、一呼吸を置くと、柚梪は右手をカバンの取っ手から、胸の上へとそっと乗せると……俺の目を真剣に見つめて、言葉を放つ。



















「私は、いつでも待っていますから……っ!」




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