第66話 柚梪との……

 柚梪にちょっとしたパフニングがあったとは言えど、お昼ご飯を済ませた俺達は、再び海水へ浸かりに行った。


 綺麗な海だからか、それなりの浅瀬でも小さな魚がたくさん泳いでいた。

 彩音は、必死に魚を素手で捕まえようと、格闘が繰り広げられている。

 逆に、柚梪は魚を驚かせないよう、ゆっくりしゃがんで眺めているだけ。


「そこだっ! ……あれぇ? また逃げられた」

「あっ……お魚さん、どっか行っちゃった……」


 彩音がバシャバシャと水の音を立てるがゆえに、柚梪が眺めていた魚は、より深い場所へと逃げてしまった。


「ん~……あっ! あっちに魚が見えた!」


 辺りの海水を、よく観察した彩音は、再度魚を発見し、少し離れた場所へと走って行った。


「彩音ー、気をつけろよー」

「分かってるー!」


 全く、海に来てからずっとテンションが高い。あいつには疲労と言うのが無いのか?


 それから柚梪に視線を向けると、しゃがんだままの柚梪は、海水に手を入れて、何かをしているようだ。


「ん? 魚を見ていると思ったけど、違うみたいだな」

「あ、龍夜さん。お魚さんどっか行っちゃったので、また探そうと思ったんですけど、綺麗な貝殻を見つけたので、貝殻探しに変更しました」


 すると、柚梪はピンク色の傷や欠けている所が一切ない、手のひらサイズの綺麗な貝殻を見せてくる。


「おぉ、確かに綺麗だな。大抵はどこか欠けてたりするんだが、それなりの大きさの割りに、傷1つないとは」

「海にはこんな綺麗な物もあるんですね。なんだか楽しくなってきちゃいました!」


 ニッコリと微笑む柚梪は、まさに天使のような可愛いさを誇る。

 

 あまりにも可愛い過ぎたからか、俺は無意識に目を逸らした。すると、その視線の先には、それなりに大きな魚が泳いでいた。


「ゆ、柚梪……ほら、あそこに大きな魚が……うわっ!?」

「あっ! あそこにお魚さんが居まし……きやっ!?」


 俺と同時に、別の魚を見つけた柚梪は、立ち上がって、その魚の近くに移動しようとするが、ちょうど波で足元が見えず、俺と柚梪は足を絡ませて体制を崩してしまったのだ。


「……っ、柚梪……だいじょ……なっ!?」

「……っ!? た、龍夜さん……」


 柚梪はその場に仰向け状態で倒れ、俺は柚梪の上を覆い被さるように、柚梪を押し倒していた。さらに、俺と柚梪の顔は極限まで近づいており、お互いの唇が触れ合うまで、2~3cmほど。


 まさに、ガチ恋距離と言うやつだ。


 柚梪と目を合わせる俺、柚梪の可愛い顔がすぐ目の前にあり、柚梪の息も多少なりに当たる。なにせ、あともう少し顔を近づければ、キスが出来る。


 薄いピンク色のプルっとした柔らかそうな唇……もういっそ、このまま柚梪に口づけしたいくらいだ……


 今はお昼時で、ほとんどの人が広場ゾーンへ行っており、俺が柚梪を押し倒している場所の周辺には、幸い全く人が居ない状態。


「柚梪……いい、か?」

「……っ、でも……ここは……」

「大丈夫。今、俺と柚梪を見ている人……居ないから」

「……ほんと、ですか……?」

「本当だ……」

「……。ん……」

「……っ!」


 心配になったのか、柚梪は少し周辺に視線を向けて、確かに周りに人が居ないことを確認した柚梪は、顔をほのかに赤らめてから、ゆっくりと目を閉じて、僅かに顎を上に上げた。


 水着姿の柚梪がキス顔を見せた。それを見た俺は、目を閉じながら、ゆっくりと唇を近づけ、柚梪の唇までの距離を縮ませる。


 そして、俺は柚梪のプルっとした柔らかそうな唇に、そっと口づけをし……


「お兄ちゃ~ん! 柚梪ちゃ~ん! 見てみてー! 魚を捕まえたよーっ!」

「……っ!?」

「……!?」


 柚梪の唇に口づけするまで、あと1cmを切った所で、タイミング悪く彩音が戻って来てしまったのだ。


 とっさに起き上がった俺は、柚梪から少し距離を取った。


「ど、どうしたんだ……? 彩音。そんなに、はしゃいでから……」

「見て! やっと捕まえたんだよ!」


 彩音は両手で掴んだ魚を、俺に見せてくる。


 捕まった魚は、口をパクパクとさせながら、ただただ彩音に握られているだけだ。


「そ、そうかそうか……ほら、早く返してやれ」

「はーい! バイバイ。お魚さん!」


 海に魚を逃がした彩音は、次に綺麗な貝殻を見つけて拾い始めた。

 その貝殻は、柚梪が転ぶ時に落とした貝殻だ。


「うわーっ! この貝殻綺麗だね! あっ、こっちにも!」


 本当に彩音は、体力に底が無いのだろうか?


 とりあえず、俺は柚梪に手を差し伸べ、体を起こして座り込んだ柚梪を立ち上がらせる。


「えっと……その、怪我は……無い?」

「は、はい……大丈夫……です」

「……」

「……///」


 お互いに顔を赤くして、気まずい雰囲気になる。


「……あと少し……だったのに」

「ん? 何か言った?」

「あっ……!? いえ、なんにも言ってないです……!」


 柚梪が何かを呟いたように聞こえたが、どうやら気のせいだったようだ。


 その後も、柚梪とは気まずい雰囲気が続きながらも、俺達3人は海を存分に楽しんだ。


 時間はあっという間にお昼の3時を過ぎようとしていた。


 海から上がり、鍵をカウンターから受け取ると、ロッカーから荷物を取り出し、フリーシャワールームである程度海水を洗い流し、持って来たタオルで水気を拭き取る。


 水着をビニール袋に入れ、別の私服に着替えると、彩音と柚梪の2人と合流、忘れ物が無いかを、確認して、海水浴場を離れた。


「じゃあ。彩音とは。ここでお別れだな」

「そうだね。すっごく楽しかったよ!」

「私も、彩音ちゃんと一緒に居た時間、すごく楽しかったです」

「まあ、また機会があったら遊びに来いよ」

「うん! 必ず行くよ!」

 

 そして、彩音は俺と柚梪に背中を向けて、キャリーバッグを引きながら、ゆっくりと歩き始めた。


「お兄ちゃ~んっ! 大好きだよ~っ!」

「はいはい。分かったから」

「柚梪ちゃんも好きだよ~っ!」

「ありがとうございます」


 伝えるだけ言葉を伝えた彩音は、再び歩き出すと、曲がり角を曲がって、建物によって姿が見えなくなった。


「じゃあ、俺達も帰ろうか……」

「そう、ですね……」


 そして、これからまた柚梪と2人きりの生活が、幕を開けることになった……

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