第65話 柔らかい何かと、間接的な何か

 なんだかんだで海を楽しんでいる俺達3人。


 彩音と柚梪は、その可愛いさと美貌で砂浜を通って行く人達からの視線を集めるが、そんなことは気にせず、とにかく楽しんでいる様子だ。


 それから数時間、後ろで彩音が『お魚ー!!』とはしゃぎながら、海の中へ潜っていく中、柚梪は砂浜でしゃがみ込んで、何かを見つめているようだ。


「柚梪、どうしたんだ?」


 ずっとしゃがんで動かない柚梪に、そっと歩み寄りながら、そう問いかけてみた。


「あ、龍夜さん。これ……カニって言うんですよね?」

「どれどれ……うん。これはカニだね。見た感じ、親子だろうか?」


 柚梪が見ていたのは、手のひらくらいのカニと、その子供らしき小さなカニが、仲良く横移動している所だった。


「……ゆっくり海へ向かってるカニさん、すごく可愛いです」

「そうか? 俺は柚梪の方が可愛いと思うがな」

「はい……え? 今、何て言いました……?」

「ん? 俺、なんか言ったかな?」

「あっ、いえ……なんでもないです……///」


 突然の『可愛い』に、柚梪は顔をほんのりと赤くする。

 どうやら、俺は無意識に言葉を口にしていたようだ。当然、柚梪に『可愛い』と言った事も覚えていない。


 俺は、砂浜に少し高い位置に設置された時計を見る。


 時間はお昼の12時になる10分くらい前だった。


「柚梪、そろそろお昼を食べに行こうか」

「は、はい……」

「彩音ーっ! 彩音ー!」

「……んん? なぁに? お兄ちゃん」

「そろそろお昼だから、飯を食べに行くぞー!」

「はーい!」


 彩音と柚梪に声をかけて、俺達3人は広場ゾーンへと向かった。


 


 ビーチサンダルを履いた俺達は、広場ゾーンへとやって来た。


 太陽によって熱された砂や石の地面は、とにかく熱い。ビーチサンダルは必要不可欠だ。


 お昼なだけあり、皆屋台を回ったり、食事を取っている人達でいっぱいだ。


「人が多いな。2人とも、はぐれないようにな」

「りょーかい」

「はい……」

「……柚梪ちゃん」

「え? なんでしょう……?」

「もっとアピールしなきゃ。水着の時は、最大のアピールチャンスだよ。無駄にしたらダメ」

「……///」


 歩きだそうとする俺の後ろで、彩音が柚梪にこそこそと囁く。


「……? 柚梪?」


 すると、柚梪は俺の右手を握ってきた。


「えっと……ちょっと怖かったので……」

「あぁ、はぐれることがか。じゃあ、行くか」


 しかし、彩音は柚梪の耳元で『もっともっと』と囁く。それに対して、柚梪はより顔を赤くする。


 ……ムニュッ


 次の瞬間、右手を握っていた柚梪が、俺の右腕に抱きついてきたのだ。

 それと同時に、いつも以上に柔らかい感触が伝わってくる。


「柚梪……? 何を……っ!?」


 俺は抱きつく柚梪を見下ろした時、俺の目に入ってきたのは、俺の腕に押し付けられる、柚梪の大きく膨らんだ柔らかい胸の谷間。


 柚梪が少しでも抱く力を入れると、さらにムニュッとした柔らかい感触が伝わってくる。


 さすがの俺も、顔を赤くしてしまう。


「……こ、こうした方が……はぐれ……にくくなります……から……///」

「そ、そうだな……。じゃあ、今度こそ行くぞ……」

「(なんか……柚梪ちゃんを見てたら、羨ましくなってきちゃった)……えいっ! 私も私もー!」

「彩音……!?」


 すると、空いた左腕に、今度は彩音が抱きついてくる。

 当然彩音も、俺の腕にしっかりと柔らかい胸を押し付けてくる。

 柚梪ほど大きくは無いが、それでも……手にピッタリとフィットしそうな、ほどよい大きさの胸に谷間。


 なんだ? この2人は……俺の理性を破壊しに来てるのか……?


 両腕から伝わってくる胸の感触……ゆっくりと歩き出すと、もちろん2人も歩き出す。

 歩いた時の振動で、2人の胸は僅かに揺れ、ムニュッ……ムニュッ……とした感触を、何度も味わうことに。


 周りの男達から、とてつもない殺気を感じるが……気にしたら負けだ……


 こうして、2人の美女に抱きつかれながら、屋台でお昼ご飯を買いに、進み始めた。


 まさに、『両手に花』どころか『両腕に胸』だな。




 やがて、屋台で焼きそばを3人分と、リンゴのジュースを3本買って、近くの空いてるテーブルを、囲うようにして椅子に座る。


「よし……とりあえず、ささっと食べてしまおうか」


 本音を言うと、もう少し柔らかい感触を味わいたかったが、さすがに理性が持たない。


 3人で『いただきます』と言ってから、先ほど購入した焼きそばを、付属している割り箸を使って食べ始める。


「んん~っ、美味し~!」

「とっても美味しいですね……! 動いた後だからでしょうか?」


 黙々と食べ進める俺達は、10分も経たない間に食べ終わってしまう。


 まあ、それなりに動いたから、案外お腹減ってたのかもしれないが。


「うん……値段が少し高かったが、その分美味しかったな。これなら、あともう3つくらい行けそう」

「お金無くなるよ~? 私は出さないからね」

「分かってるよ」


 俺と彩音が喋っている間に、柚梪は左側に置いてあった、キャップの開いたリンゴジュースを手に取り、そのまま口をつけて飲み始めた。


 しかし、柚梪は自分用のジュースが右側にあるのだ。そして、柚梪の左隣は俺。

 俺と彩音も、ジュースは右側に置いているんだ。


 つまり……


「ゆ……柚梪?」

「……はい? なんでしょう?」

「そのジュース……俺のなんだけど」

「……え? あ、すみません……間違えてしまいました……」

「いや、それはいいんだけどさ……俺、それに口つけてるんだわ」

「……っ!?///」


 その瞬間、柚梪はとんでもなく顔を赤く染め上げた。


「あーあ、柚梪ちゃん、それ……間接キスだね。完全に」

「あ……、ごっごめんなさい……! 私、なんてことを……」

「いやいや……! 別に怒ってなんかないから」


 間接キス……他人が口をつけた物に、自分の口をつけることを意味する。


「まあ、落ち着いて? 別に新しいのを買えばいいだけだから……ね?」

「はい……すみません……」


 俺は、柚梪の背中を優しくさすりながら、少しずつ柚梪を落ち着かせたのだった。

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