第59話 悩み過ぎは良くないよ

 リビングで待機し続けること約20分。


 柚梪が戻って来たこと確認した俺は、昼食を用意して、柚梪と一緒に食事を取った。

 その後は特に何も起こることはなく、バイト時間になった俺は、支度を済ませて家を出る。


「柚梪、バイト行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃい……」


 見送りに来てくれた柚梪にそう言うと、俺はバイト先へと向かった。




 それか10分ほどのことだった。


「ただいま~! 彩音ちゃん2度目の帰宅~」

「あ、彩音ちゃん。おかえりなさい」


 どこをほっつき歩いていたのか知らないが、今度こそ正式に彩音が帰ってきた。


「彩音ちゃん。お昼は……」

「あぁ、適当に食べてきたから大丈夫だよ~。それよりも、どう? お兄ちゃんと何か進展あった?」

「……」


 柚梪の反応を見た彩音は、『う~ん』と顎に手を添えてそう唸った。


「やっぱり、私が帰ってくるタイミングが悪かったかなぁ……」


 最初に帰って来た時が、ちょうど俺と柚梪が甘々かつ気まずい雰囲気を漂わせていた時だ。

 彩音が邪魔をしてしまったことに、彼女自身は根に持っているのだろう。


「進展は……特にありませんが……その」


 柚梪は少しモジモジとしながら、彩音に何かを言おうとした。


 もちろん、彩音がその仕草を見逃す訳がない。


「何何? 何があったの?」

「それは……」


 柚梪は俺が電話をしていた時の内容を、出来るだけ細かく説明した。




「なるほどね。お兄ちゃんが柚梪ちゃんを思う気持ちは、私の想像よりも大きかったんだね」


 説明聞きを終えた彩音は、柚梪の座るソファーへ一緒に座ると、柚梪の顔を見る。


 顔をほのかに赤らめながら下を向く柚梪。


「柚梪ちゃん。単刀直入に聞くけどさ、お兄ちゃんとどういう関係になりたいの?」

「……ふぇっ!? 関係……ですか……?」


 突然問いかけられた質問の内容に、柚梪は思わず声が上がってしまう。

 確かに、単刀直入ではあるな。


 すると、彩音は窓から外の景色を眺めながら、ゆっくりと話始めた。


「私はね。ずっとお兄ちゃんの事が大好きで、将来はお嫁さんになりたいなぁ~っ思ってたの」

「……お嫁さん?」

「そっ、いわゆる結婚相手のことだね」

「結婚相手……」


 結婚……それは、誰もが小さい頃に憧れる言葉だろう。お互いに好意を示し合った男と女が、正式な儀式の上で、1つ夫婦及び、新しい家族として結ばれること。


「でもね。私とお兄ちゃんは兄妹。血が繋がっているから、結婚出来ないんだ」

「……」

「お兄ちゃんは優しいけど、恋愛経験はゼロ。ましてや、女の子と滅多に会話しないせいか、いくら好意を示しても、気づいてくれない事が多いんだ」


 確かに俺は、恋愛経験は皆無であり、小・中・高校でも、よっぽどの理由がない限り、女子と言葉を交わす事はなかった。


「柚梪ちゃんを幸せにしてみせるって言うのも、多分柚梪ちゃんが楽しく人生を歩んで行けたら、それでいいんだと思う」

「それって……つまり……」

「うん。お兄ちゃんは柚梪ちゃんを引き取ったけど、少なくとも今年中には、柚梪ちゃんを解放する気なんじゃないかな?」

「……っ」

「お兄ちゃんがその電話で、口にしたことや思っている事は、本当なんだと思う。けど、学校を止めるのは、いずれ柚梪ちゃんを解放した時に、ある程度のお金を持たせる為だと思う」


 彩音の言葉を聞き終わった柚梪は、スカートを両手でギュッと握りしめる。


「もう9月に入ろうとしてる。3ヵ月って言うのは……案外、あっという間に過ぎるものだよ。それに、私も明日の夕方には、実家に帰るからね」

「……え?」


 その言葉に、柚梪が彩音に視線を向けた。


 そう、こう見えて彩音は刻々と時間が迫って来てきていたのだ。

 彩音も学生。当然夏休みが終われば、学校が再開される。


「一応、電話番号はメモしておいてあげるよ。でも、学校や家のお手伝いで、電話に出れるのは少ないと思う。それに、お兄ちゃんは『自分よりも、きっと柚梪と気が合う良い人が居るだろう』とか思ってるだろうね」

「龍夜さんよりも……良い人……」


 柚梪は下を向きながら、小さく呟いた……


「私、龍夜さんじゃなきゃ……嫌だよ……」


 その言葉に、彩音がニコッと微笑んで、その場から立ち上がり、柚梪の前でしゃがみ込む。


 彩音が柚梪と目を合わせると、彩音が柚梪に言葉をかける。


「その心と気持ちを忘れないようにね。それから、別に急げとは言わないけど、3ヵ月はあっという間に過ぎる。私もサポート出来るのは、多分今日までだろうから……あとは、柚梪ちゃんの行動次第だよ」


 すると、彩音は突然バッと立ち上がる。


「でも、ずっと悩んでばかりじゃダメ。時には気分を入れ換えないとねっ!」

「気分を入れ換える……?」

「そう! 私も明日の夕方帰る。でも、明日は日曜日! つまり、お兄ちゃんのバイトお休みデーなのだ!」


 そう言うと、彩音は柚梪の手を引っ張って、ソファーから立ち上がらせた。


「私ねっ、ずっとお兄ちゃんや柚梪ちゃんと、遊びに行きたい所があったんだぁ~」

「遊びに行きたい所……ですか?」

「そう! 夏休みはあと1週間くらいで終わっちゃうけど、夏自体は終わらない。だから……」

「……? きゃっ……!?」


 彩音は柚梪の手を引きながら、駆け足で玄関へと向う。


「……え? どこに行くのですか……?」

「決まってるじゃん! ショッピングモールだよ!」


 彩音は柚梪を、以前買い出しに行ったあのショピングモールへと、連れて行こうとする。


 その理由とは……


「柚梪ちゃんは自分用のを持ってないでしょ? だから、買いに行くよ! み・ず・ぎ☆」


 彩音は柚梪に、半強制的に靴を履かせると、外に出て家の鍵を閉めたあと、柚梪を連れてショピングモールへと向かい始めた。


 彩音、3度目のお出かけに行く。


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