第58話 俺の思う『大切』とは
朝の11時を回った頃、彩音が再度お出かけに出てから約1時間ほど、俺は柚梪を抱きしめながら、お互い何も喋らず、ひたすら気まずい雰囲気を味わっていた。
とうとう耐えられなくなった俺は、柚梪に『お腹が痛い』と言って、半強引にその場を抜け出してしまった。
現在はトイレかと思いきや、俺の自室のベットに腰を降ろし、心を落ち着かせていた。
(今日の柚梪……ずごい積極的だったな……甘えられるのは嬉しいし、可愛いんだけど……さすがに身が持たねぇ)
顔もスタイルも抜群へと成長した柚梪は、何かと刺激が多い。
俺はとんでもない美人さんを拾ったんだなぁ……
今思うと……あんなに細く痩せてて、何1つ喋ってくれなかった柚梪が、今では普通に会話出来るほどになっている。
柚梪を世話している時、『いつ声を出してくれるのだろう』と思っていた期間が……長かったようで、短く感じる。
(柚梪を引き取ったからには、責任を持って柚梪に楽しい人生を送らせてやりたい)
柚梪のお姉さんに関しては、何1つ連絡をしてこない。彼女自身、柚梪のことはどうでもいいのだろう。
今、柚梪を支えてやれるのは……俺。もう辛い過去を思い出してほしくない。出来るだけ、柚梪の側に居てあげたいし、俺も柚梪の近くに居たい。
俺は柚梪から離れるついでに、ソファーに置いたスマホを回収していた。
そのスマホの電源をつけて、ある場所に電話をかけ始める。
(龍夜さん……遅いなぁ……そんなに無理させてたのかな……)
俺がリビングを離れて約20分。リビングのソファーで座る柚梪は、俺が『長い間お腹を痛めてた』と思い、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(……謝っておかなくちゃ)
柚梪はソファーから立ち上がると、リビングを離れて、トイレへと向かった。
しかし、トイレの電気はついておらず、鍵も閉まってなかった。
(あれ? 龍夜さんが居ない……もしかして、怒らせちゃったのかな……?)
トイレに俺が居ないことが分かると、小説を読んでいる時に、中断させるような邪魔をしてしまったことに、俺が『怒っている』と言う解釈へとなった。
すると、柚梪は両手で胸をギュッと掴む。
(そうだよね……誰でも、集中してる時に邪魔されてら……怒っちゃうよね。きっと……龍夜さんの機嫌を悪くしちゃったんだ……)
だんだん目に涙を浮かばせる柚梪は、リビングへと戻ろうとした。
「……はい、お久しぶりです」
「……?」
すると、2階から俺の声が聞こえた。
柚梪は2階に俺が居ることが分かり、謝っておこうと慎重に階段を登り始める。
階段の段差を使って、登ったすぐ先にある俺の自室を覗く。そこには、ベットに座って電話をする俺の姿があった。
(電話中みたい……後でにしておこうかな)
「それで……要件ってのは、学校に通うのを……止めたいんです」
「……!?」
その言葉に、階段を降りようとする柚梪の足が止まる。
俺が電話をかけているのが、通っている大学の先生だった。
柚梪は階段の壁を使って隠れながら、俺の話を盗み聞きする。
「はい。確かに急にな相談ではあるんですけど、どうしてもお願いしたくて」
「具体的な理由は2つあります。まず、とある女の子を保護したことは、さっきも言いましたよね」
「彼女を正式に引き取って、一緒に生活していくには……資金面でちょっと問題が出てきまして」
(そっか……私が居るから、その分のお金がかかっちゃうんだもんね。私が居たら……龍夜さんに迷惑なんじゃ……)
柚梪の服や食事等を含め、学校に通い続けるとなれば、今の段階だとそこそこ厳しくなってくる。
しかし、次に俺が放った言葉に、柚梪の心にある気持ちは、全て消え去る。
「もう1つは……ちょっと恥ずかしですけど、彼女を幸せにしたいからです」
「……っ!」
思いもよらない言葉に、柚梪はドキッとして目を見開く。
「彼女が親から貰うはずだった幸せを、俺が彼女に与えてやりたいって思ったんです」
「……」
「彼女は親に認めてもらおうと、いっぱい努力しましたが、結局は実らず……9年もの間閉じ込められてました。ましてや、実の父親から捨てられることに」
「……」
「彼女には、もうそんな辛い過去を思い出してほしくないんです。出来るだけ側に居て、彼女が安心して、楽しい人生を送れるようにしてあげたい」
「龍夜さん……」
「何より……彼女を幸せにしてみせるって、約束しましたし、心に誓ったのです。だから、どうかお願い出来ないでしょうか?」
柚梪は両手で口を抑え、溢れ出そうな涙の声を必死に抑える。
「……っ! 本当ですか!? ありがとうございます! ……はい、分かりました。お電話お待ちしてます」
「……え?」
電話が終わったと思った柚梪は、今度こそ階段を降りようとしたが、まだ電話自体は終わっていなかった。
「俺にとって……その彼女は何か……ですか?」
「……っ」
その言葉に、再び柚梪は足を止める。
「そうですね……言えるとすれば……恥ずかしいですけど、宝物……いや、『大切な人』……かな」
「……!!!」
(龍夜さん……こんなにも私の事を思って……)
「……はい。失礼します」
そうして、俺は電話を切って階段を降り始めた。
しかし、柚梪はとっくに階段を降りて、脱衣場の壁にすがりながら立っていた。
脱衣場に柚梪が隠れていることも知らずに、俺はリビングへと戻っていく。
「……あれ? 柚梪が居ない……トイレかな?」
当然違うに決まっている。なぜなら柚梪は……
「……うぅっ、龍夜さん……龍夜……さん……」
(どうしよう……嬉しくて……涙が止まらないよぉ……)
俺に聞こえないよう、右手で口を抑え、左手で胸の服を握り、静かに涙を流していたのだから。
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