第55話 柚梪に実った恋心
柚梪が俺を避けていた理由……それは、恋による影響だった。
実際、柚梪はその気持ちが恋を意味していることを、分かっていない。
「そっか、実ったんだね。柚梪ちゃん」
「……え? 実った……ですか?」
彩音がそう言うと、柚梪は顔を赤くしたまま、彩音に目を向ける。
「柚梪ちゃんは立派な女の子になったんだよ。その恋心……忘れちゃダメだからねっ!」
「こいごころ……?」
グイッと顔を寄せてくる彩音に、柚梪は少し驚きながら、聞き慣れない単語を口にする。
恋……一部の人を除いて、誰しも一度はしたいと願う事だろう。好意を寄せあった男と女が結ばれ、より親密な関係になる。
また、聞いた話だと……恋は女の子からして、1つの理想でもあるらしい。
しかし、たとえお互いが結ばれたとしても、その関係が上手くいくかどうかは分からない。
結ばれた日から、結婚へと繋がる人達も居れば、結ばれてたった1日で別れると言うのも、そう少なくはない。
恋と言うのは、他から聞けば……甘酸っぱい関係で、幸せなんだろうと思うだろうが、実際は……案外難しい関係でもあったりする。
「柚梪ちゃん。恋って言うのはね、相手に対して好意を抱くことを意味するんだよ」
「相手に対して……好意を抱く……ですか?」
「そう。例えば……柚梪ちゃんの好きな食べ物は?」
「食べ物……ですか……? えっと、龍夜さんの作ってくれる物……?」
「じゃあ、好きな物か宝物は?」
「龍夜さんが買ってくれた、この洋服……」
「なら、好きな人は?」
「……っ、た……龍……夜……さん///」
「つまりそう言うことっ!」
「……っ!?」
彩音はビシッと人差し指を柚梪に向け、ビクッと体を震わせた柚梪に指摘する。
「今聞いた質問の返答に、全部お兄ちゃんの名前が入ってたでしょ?」
「た、確かに……龍夜さんの名前が、入ってました」
「自然と好きな人の事を考えて、ポロッと口に出てしまう。ましてや、その人の事が頭から離れなくて、心臓の鼓動は早くなる一方。恋の病って辛いよね」
「……?」
自分の胸に手を当てて、優雅に話す彩音だが、残念なことに……柚梪は意味が理解出来ていない。
チラッと柚梪の顔を見るが、意味が伝わっていないと判断した彩音は、普通に教え始めた。
「まあ、簡単にまとめるとね、柚梪ちゃんはお兄ちゃんの事が好きで、頭から離れないってこと」
「……」
「お兄ちゃんも、柚梪ちゃんに避けられ続けてたら、いずれ会話すらしなくなるんじゃない? それに、柚梪ちゃん自身も、本当はお兄ちゃんへ寄り添いたいんじゃない?」
「それは……」
柚梪は、恥ずかしいからなのかは分からないが、その先は口に出さず、代わりに小さく頷いた。
それを見た彩音は、口角を少し上げて、ニコッと微笑む。
「なら、またお兄ちゃんに寄り添ってあげな? 好きって事を口に出せなくても、しっかりアピールしていれば、いずれは気づいてくれるよ」
「……」
「逆に、今こうやって距離を置くことが良くないよ。例え、どんな理由であったとしても、人に避けられたら、誰だって不安になるでしょ?」
彩音は柚梪が落ち着くよう、優しく背中をさすりながら、ゆっくりと言葉をかける。
ベットから立ち上がると、彩音は俺の部屋から出て行こうとする。
扉の前でピタッと止まると、彩音が何かを呟き出した。
「あーあ、お兄ちゃんってばソファーで寝込んじゃったし、もっとお話したかったなー」
「……?」
「さーてと、私は寝る準備をしてから、部屋にでも行こうかなっと」
そう言い残すと、彩音は部屋を出ていった。
裁判から帰って来た後、1週間のお泊まりを2週間に延長した彩音は、俺の物置き部屋を整理して、一定のスペースを確保。そのスペース内に、キャリーバッグを置いて、保存しておいた俺の冬用毛布を床に広げて寝泊まりしている。
最初こそ、彩音をソファーに寝かせようと思ってたが、『お兄ちゃんの使ってた布団がいいの!』と言われて、いつも通り俺がソファーで寝ることに。
体が痛くならないか心配だが、彩音がいいって言うなら、別に気にしなくてもいいのか……?
それから数分後、彩音が家中の電気を消し終わり、物置き部屋へと入っていった彩音。
その音を聞いた柚梪は、ゆっくりと俺の部屋から出る。暗い廊下を歩き、慎重に階段を降りて、リビングを目指す。
リビングにはほのかに電気の明かりがついていた。いわゆる『常夜灯モード』だった。
ソファーのに寝っ転がる俺の前に立つ柚梪は、その場にそっと座り込み、ソファーの空いたスペースに両腕を置いて、それを枕にする。
俺の寝顔をじっと眺めていた柚梪は、気がつくと……そのまま眠りに入っていた。
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