第53話 この裁判に終止符を

「私は、何も出来ないからと、9年間地下室に閉じ込められて、食事は残飯の一部、入浴は体を水につけたタオルを拭くだけ」


 何をしてもダメだった柚梪は、実の父親に呆れられ、光1つない暗い地下室へ閉じ込められた。

 食事は、使いかけの野菜や柚梪のお姉さんが残した残飯。

 入浴は、桶に入った1杯の水を、タオルで濡らして体を拭くだけ。入浴と言うより、掃除だよな。


「閉じ込められて9年後、お父様は私を車に乗せて、遠く離れた住宅地の道端に捨てて帰りました」


 髪の毛を掴まれ、車に柚梪を乗せた間宮寺鷹行……いや、鷹行は約2時間かけて車を走らせ、比較的人気のない道端に柚梪を残した。


「それから、お父様は私と家族の縁を切ったと言ってから帰って行きました」


 鷹行は、柚梪を知っている人達には、『病気で亡くなった』と伝え、家族の縁を切ってから去って行ったと。


 主な出来事を簡単に説明した柚梪は、少し黙り込んでしまった。また嫌な事を思い出させてしまったからだろう。


「ありがと柚梪ちゃん。嫌な過去をまた言わせちゃってごめんね」

「感謝して謝るって……」


 柚梪の話を聞いた鷹行は、チッと小さく舌打ちをした後、裁判長を見ながら深く頭を下げる。


(……っ! ついに降参したか?!)


「申し訳ない。娘はまだ治っていないようで。ここに来る前、頭を強く打ったせいで、少しおかしなことを言ってしまったようです」


 さすがに無理のある言い訳じゃないか?それに、柚梪だって聞いてるんだ。本人に聞けば分かる話だ。


「柚梪、本当に頭を打ったのか?」


 しかし、柚梪は答えてくれなかった。まさか、本当に打ったのか……?


「真矢も反応してないだろう。恐らく疲れて寝たのだろう。全くあの子は……」

「いやいや、さすがに無理があるよおじさん? どこの誰かは分からないけど、小型機械の電波が切られただけ。まだこんな奴に手を貸す、もしくは買収された奴が居るのね」


 柚梪から返事が無かったのは、外部に彩音と同じ、ある程度のハッキング技術を持つ者が、小型機械の電波を切ったからだそう。

 ハッキングって、電波を遮断することも出来るのか……無知な俺はそう思った。


「はい。電波を修復しました。真矢さんと喋れますよ」

「……え? 声、聞こえてるんですか?」


 柏木さんがそう言うと、再び柚梪の声が聞こえ始めた。すると、鷹行にやっと焦りが出てきた。


「言ったでしょう? 私は15年以上ホワイトハッカーとして務めて来たと。パソコン1つあれば、すぐにハッキング等は出来ますよ」

「くぅぅぅ……っ!」


 歯と歯を強く噛みしめる鷹行に、彩音がトドメに入る。


「柚梪ちゃん、頭打った?」

「いいえ、打ってません。元お父様が頭打ってると思います……っ!」

「あははっ! 言われてるじゃない。元お父様?」

「黙れぇ! この私をバカにしよってぇ!」


 とうとう怒りが爆発した鷹行は、怒りの意思に体を任せ、彩音に飛び掛かろうとする。ここが裁判所というにも関わらず。


 だが、待機していた別の警察方が突如と現れ、鷹行を6人と言う数で押し倒す。


「くぅぅぅ……離さぬかぁ!」

「お前達はどこの警察だ!? 私の部下じゃない!?」

「私が遅れた理由は、バスや電車じゃない。いざと言う時の為に、別の警察さん達を連れて来てたから」


 おいおい……お前何者なんだよ?本当に俺の妹か?


「間宮寺鷹行。これほどの情報・証拠・証言があって、どう対抗するつもり? まあ、もう無理だろうね。裁判長のあなたを見る目には、もう信用の欠片もないし」


 鷹行は、自分を見下す彩音を睨みつけると、ここには居ない柚梪に矛先が向き始める。


「真矢ぁ! お前の親は私だぁ! 父親を見捨てると言うのか!!」

「はあ、本当にバカね。もうばかでバカで馬鹿で呆れるわ」

「……」


 少し黙っていた柚梪だが、ゆっくりと落ち着いた声で、自分の本当の思いを告げる。


「もう、私はあなたの娘じゃない……それに、『邪魔者を死刑へと追いやった』と言ってましたよね? なら、少なくとも人の命を奪っているんですよね。なら、私の答えて1つです……しっかりと罪を償ってください」

「真矢ぁぁぁっ!!」


 確かに、そんな事を録音で聞いた覚えがある。すっかり忘れていた。


「実の娘だった人にも見放された。これで決まりね」


 ニヤッと笑う彩音は、裁判長の目を見る。


「裁判長。これで分かったでしょう? 誰が無実で、誰が真の有罪者なのか。まだ私の提示した情報や証拠が信用出来ないのなら、調べて貰って構いませんよ?」

「ふむ……」


 全てを理解した裁判長はついに判断をした。木製のハンマーを軽く振り上げる……


「待ってくれぇ! まだだ! まだ終わって……」

「では、判決を言い渡す……」


 ハンマーを振り下ろし、1度音を鳴らして判決がくだされる……


「まず如月龍夜を、無罪とする」

「マジか……! おっしゃぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は両手を上げて大喜びする。おもちゃを買って貰った子供のように。


「また、間宮寺鷹行と村上警察署長は、裁判を利用した不正殺人の疑いとして、結果が出るまでの間、牢屋に入ってもらおう」


 彩音の情報が、まだ完全に証明されていない事で、詳しく調べた後、場合によっては無罪取り消しになるそうだ。怖すぎ……


「安心して。お兄ちゃん。私の情報は改造されないよう、7種類以上のセキュリティロックをかけてるから。柏木先生でも、1ヵ月はかかるんじゃないかな」


 本当に大丈夫なのかは知らないが、とりあえずは彩音を信じてみるしかない。

 それと、まだ俺には鷹行さんに言わなければならないことがある。


 俺は、連れて行かれそうになる鷹行さんを見て、あることを伝えた。


「鷹行さん」

「……なんだ? 愚民が」

「あなたの娘さんである柚梪……ではなく、真矢さんは、俺が正式に引き取ります」

「……」

「あなたや奥さんから貰うはずだった幸せを……俺が彼女に与えますので。ご安心を」


(……っ! 龍夜さん……)


「ふんっ。好きにしろ。才能の無いダメな娘など……くれてやる」


 そう言い残すと、鷹行さんと村上さんは、別の警察署へと連行された。


「では、これにて裁判を終了とする」


 裁判長がそう言うと、裁判長含めた書記官・速記官・調査官・事務官・執行官と言った6人が、部屋から退場していく。


「さあ、2人とも。もう終わったから、帰っていいよ」


 柏木さんが俺と彩音にそう言う。けど、気になることが1つある。


「あの、柚梪は……?」

「真矢さんの事かい? 大丈夫だ。この裁判を元に別の警察達が動くだろう。少し時間は掛かるだろうけど、君の家へ連れて来てくれるはずだ。なにせ、君が引き取り人になったからね」


 柚梪は帰ってくるのか心配だったが、柏木さんは『気にすることない』と最後に言ってくれた。


「あと、人を保護する分には構わないけど、ちゃんと警察に相談するようにね。もし、親の人が探してるとなれば、誘拐と見なされてしまうから」

「はい、以後気をつけます」

「それから、彼女を引き取るのなら、ちゃんと手続きをしておくんだよ」

「あっ、はい。分かりました」

「では、私はこれで。残った夏休みを楽しんでね」

「はい! ありがとございます!」

「じゃあね。先生」


 こうして、俺の無罪は……現段階では証明された。


 これを切っ掛けに、柚梪も辛い過去を思い出さずに済むといいのだが。


 だが、俺は心に誓った。柚梪を……幸せにすると。

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