第40話 掛け替えのない宝物

「と言うことなんです。この後、4日目くらいの夜に龍夜さんと出会いました。これが私の過去です」


 約1時間ほど、俺と彩音はダイニングテーブルにて、柚梪から語られた過去の話を聞き終わった。


 最初こそ、柚梪の話し方がぎこちなく、所々話が途切れていたものの、徐々に喋ることが慣れてきた柚梪は、普通に会話が出来るようになっていた。


 柚梪が過去を語っている間、俺と彩音は一切口出しすることは無かった。いつの間にか聞き入ってしまっていたようだ。


「そっか。柚梪ちゃ……じゃなくて、えと……真矢さん。辛い過去を話してくれてありがとうございます」


 そうだった。柚梪は俺が考えた名前であって、柚梪には間宮寺真矢と言う本名があったな。


 それに、お金持ちの家系に生まれたお嬢様だと知ったからか、彩音が真矢さんに対する対応が非常に良くなった。


「……っ! そんな、真矢と言う名前はもう捨てたんです。だから、柚梪と呼んでもらって結構ですから」

「いや……でもなぁ。真矢さんがお嬢様だと知ったら、誰だって礼儀正しくなるものだよ?」

「うん。お兄ちゃんの言う通りかも」


 家族の縁を切っていたとしても、真矢さんは少なくともお嬢様として生まれてきた身だ。本人の同意があったとしても、すでにある名前を上書きして呼んでいたことに、少し申し訳なさがあるものだ。


 だが……お嬢様と知ったことで、今後どうせっしたら良いのだろうか。いつも通りと言われたとしても、多少なりに気を使ってしまうだろう。


「でも……真矢さんは警察の所に行きたくないんでししょ……じょなくて、行きたくないんですよね?」

「……はい。恐らく、お父様と姉様は……私が死んでるのだと思っているでしょうから、警察に保護されたとなると、迎えにくるかもしれないので……」

「帰りたくはないんだよね?」

「帰りたくないです。私が家に帰った所で、同じ過去をもう一度体験するだけでしょうから」


 真矢さんは家に帰る気など、全く無いようだ。


 確かに、真矢さんを元の家へと帰らせた所で、また辛い人生を送らせてしまうだけかもしれない。それなら、俺の家に居させた方が助けになる。


 だが……逆に真夜さんが他人の家で過ごしていたことがバレた時、最悪俺と彩音が変なことに巻き込まれる恐れがある。


「はぁ……どうしたものか……」


 俺はテーブルに肘をついて、頭を抱えながら悩みに悩んだ。


「お兄ちゃん。真矢さんがお兄ちゃんの家に居たいって言うなら、そのままでも良いんじゃない?」

「でもなぁ、お嬢様だし……もしも相手の親にバレた時どうなるよ?」

「関係無いじゃん。だって、真矢さんを捨てたのはあっち側なんだもん。それに、家族の縁を切るって言ったのも、相手側の親だし。私達に手出し出来る権利は無いと思うよ?」

「……そうかもしれねぇけど」


 俺は真矢さんを家に住まわせる分には、全く持って反対しない。だが、身分が身分だ。今は普通の一般人だとしても、その間宮寺家代々から受け継がれたねずみ色の髪と言う遺伝子や、お嬢様だったと言う事実は消せない。


「もう、お兄ちゃんは昔から深く考え過ぎなの! 本人がそれが良いって言うなら、その意志を受け入れてあげるべきなんじゃないの?」

「……でも」

「じゃあ、真矢さんにお金だけ持たせて、旅にでも行かせるつもり?」

「そうはしねぇけどさ……」


 俺はダイニングテーブル越しの椅子に座る彩音と、軽い言い合いをする。


「龍夜さん……」


 すると、俺の隣に座る真矢さんが、ゆっくりと俺の方を向くと、上目遣いで見つめくる。


「私、龍夜さんと一緒に居るの、すごく楽しかったですし……その、幸せだったんですよ……?」

「幸せ……?」

「だって……物心がついた時からは、ずっと勉強やレッスンで構ってもらえませんでした。でも、今日まで私の事を大事に世話してくれた龍夜さんから、たくさんの暖かい気持ちを貰って、嬉しかったんですよ」


 真矢さんはゆっくりと顔を近づけきながら、自分の気持ちを正面から俺に伝えてくる。


 真矢さんが過去の話をする前に、真矢さんの右手を、俺は左手で優しく握っていたのだが、その左手を真矢さんは両手で握り返してきたのだ。それも、ギュッと力を込めて。


「私の事情を話したことで、本当の身分だったり、どう言った存在だったのかを知って、戸惑うのも仕方ないと思います。でも……」


 すると、真矢さんは俺の目をじっと見つめながら、僅かに悲しげな表情を見せる。


「私、もっと龍夜さんと一緒に居たいです……ダメですか……?」

「……っ!」


 少し首を横に傾げる真矢さんの表情は、とても愛しいほど可愛いく見えた。もうほとんど成長した真矢さんは、女優にも負けないような美人さんになりつつある。


 3週間くらい前の、まだ痩せ細っていた真矢さんと今のほぼ成長した真矢さんでは、見違えるほどに可愛いく綺麗になった。


 例えるなら、ピカピカに磨いた鏡のような鉄から、透き通るダイヤモンド宝石に進化したみたいだ。


「……真矢さんがここに居たいって言うなら……俺は歓迎するけど……」

「……!」


 俺は顔を少し赤く染めながら、そっぽを向いてゆっくりとそう言った。

 すると、それを聞いた真矢さんは、目をパアッと開きながら、嬉しそうな表情を顔に浮かべる。


「本当ですかっ!? まだ龍夜さんと一緒に居られるんですかっ!?」

「えっ? まあ……そう言うことになる……かな?」

「えへへっ、嬉しいです」

「うわっ!? ちょっ……真矢さん……急に抱きつかないで……」

「お兄ちゃんってば、妹の居る前でこんなにイチャイチャしちゃって」


 クスクスと笑いながら、テーブルに肘をついて、手で顎を支えながら、俺と真矢さんのやり取りを眺める彩音。


 俺に抱きついた真矢さんは、ゆっくりと体を起こすと、俺と彩音の顔を見る。


「龍夜さん。妹さん」


 真矢さんに呼ばれた俺と彩音は、一度お互いに顔を見合わせてから、真矢さんの方に目を向けると、真矢さんはとても可愛いらしい顔で、ニコッと微笑む。


「私の事は、『真矢』ではなく『柚梪』って呼んでください。龍夜さんに付けて貰ったこの名前は、私からすれば……掛け替えのない宝物であって、とてもお気に入りの名前なんです」


 その言葉に、俺と彩音は少し目を見開きながら、真矢さんを見つめていた。


 宝物……か。少し大袈裟な気もするが、それほど気に入ってもらえてたのか……。


 その言葉1つで、なぜか分からないが……俺の心は嬉しさで満たされていた。

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