第39話 柚梪の過去 その5

 姉様が部屋を訪ねて来てから、早くも1年くらいが経過した時のことでした。


 地下室での生活も、これで約10年目になってしまいました。年齢は17歳と、高校2年生と同じなのですが、身長は中学生くらいのまま。


 あれから姉様は、一度も部屋を訪ねて来ることはありませんでした。


 そんなある日の夜。だいたい深夜の2時くらいだったと思います。壁に身を寄せながら、座って眠る私の所に、お父様がいらっしゃったのです。


 なぜ座って寝ているのかと言うと、床には大量の埃があるので、寝っ転がると埃を吸ってしまうからです。もちろん、ベットにも白くなるほど埃が溜まっていますので。


 座り込んで眠る私を見たお父様は、ゆっくりと私へ近づいてきます。


 キィ……キィ……


 お父様が歩くたびに、床が軋む音が部屋に鳴り響き、私はその音で目を覚まします。


 私は顔を上げると、片手にオレンジ色のほのかな色を放つランプを持ったお父様と目が合いました。


「ちっ、起きなくて良かったものを……やはり、長年整備していないせいか、床の軋む音が鳴り響いたか」

「お父様……?」


 お父様は目が鋭く、どこか苛立っている様子でした。お父様は何か不満やストレス、腹の立つ事があれば、メイドの中から適当に誰かを選び、ある部屋へと連れて行くのです。


 その部屋で何をしているのかは分かりませんが、次の日からそのメイドさんは、姿を表しません。


 恐らく、暴行を受けたのだと思います。その暴行に耐えられず、止めて行ったとメイドさん達はこそこそと話ている所を聞いた事があります。


 なので、常に間宮寺家に居るメイドさんや、ボディーガードマンさん、私と姉様は、お父様の機嫌を伺って行動するのが当たり前でした。


 苛立っているお父様が私の所へ来た時は、どんな暴行をされるのか、怖くて怖くてたまりませんでした。


「真夜……こっちへ来なさい」

「えっ……、嫌……行きたくない……です」

「つべこべ言うなっ! さっさと来いっ!」

「……あっ!? 痛い……痛いですお父様……」


 あの謎の部屋へ連れて行かれると思った私は、初めてお父様に反論しました。しかし、お父様は強引に私の背中の中央らへんまで伸びた髪を掴んで、縄のように引っ張って来ました。


 そのまま髪を引っ張られたまま、廊下を歩くお父様の後ろを、髪を掴まれてても痛く無い距離を保ちながらついて行きました。


 私はあの部屋へと連れ込まれて、とてつもない暴行を受けるのだと思うと、私は声を噛み殺しながら、涙をポロポロと流していました。


 深夜な上、お父様の近くで声を出して泣けば、よりお父様の機嫌を損ねてしまう可能性があるからです。


 私の生まれた間宮寺家は、一般の家族が住む家系ではありません。元々お父様の性格は荒いですから、娘が泣いた所で、慰めるなんてことはしないと思います。姉様だった場合は……分かりませんが。


 それから数分後、私の髪を掴んだお父様は、謎の部屋へ行くことは無く、外でした。


 涙を流していた私は、外に連れて来られたことに困惑し、涙はとっくに止まっていました。


「乗れ」

「……え?」


 お父様は外に停めてあった、金の塗装がされた高級車の後ろ席の扉を開くと、私に乗るよう命令しました。


 一瞬戸惑いましたが、また痛い事をされると思った私は、恐る恐る車へと乗り込みました。


 普段お父様が自分の車を使うことは無く、常に車庫に停めてあるのですが、今日は珍しく外に車を出していました。


 お父様は車のエンジンをつけると、私を乗せて家を後にしました。


「お父様……どこへ行くの……?」

「お前には関係無い。黙って座ってろ」

「……はい」


 当然お父様は答えてくれるはずもありません。私は、ただただ車に揺さぶられながら、お父様にどこかへ連れて行かれるだけ。


 約2時間と言う、長い移動をした後、ついにお父様が車を止めたのです。深夜の移動と言うこともあり、私が起きていた時は、全く別の車は走っていませんでした。


 眠りかけていた私は、うとうとしながらも、お父様がどこへ私を連れて来たのか知るために、外を覗いたのですが、そこは……たくさんの一軒家がある住宅地でした。


「さあ、真夜。到着だ。降りろ」

「……え? はい……」


 お父様の指示通り、私は車を降りると、お父様は車の窓を半分だけ開きました。


「よかったな。真夜」

「……? どういう、ことですか……?」

「お前はこれから自由なのだ。嬉しいだろう?」

「……え? じゆう……?」


 意味が分かりませんでした。全く知らない住宅地に降ろされて、自由になると言われても。


 しかし、次に放たれた言葉は、思いもよらないものでした。


「お前とは家族の縁を切る。間宮寺家の娘と名乗る資格など無い。今日からお前は、名も無いただの凡人に過ぎないのだ」

「……えっ?」

「使えないやつを敷地内に置いていても、邪魔なだけだ。だが、少なくともお前は元私の娘だ。それにともない、お前を解放してやろうと思ってな。家で死なれては困る」


 お父様は綺麗な言葉で言ってるつもりでしょうけど、当初の私でも分かっていました。


「お父様……待って……」

「あぁ、それから……」


 お父様に声をかけるも、あっけなく流されてしまいます。


「お前の事を知ってる人達には、『病気で亡くなった』と伝えておいた。それに、ここなら汚いお前を元間宮寺家の娘だと分かる者は居るまい」

「お父様……お父様っ!」

「じゃあな。せいぜい残された時間を、有意義に過ごすんだな。それに、ここは昼でも人通りが少ない道だ。助けて貰えると思うなよ?」

「お父様っ!!!」


 結局お父様は、車のアクセルを踏んで、すぐにその場所を去って行きました。


 徐々に空が明るくなる中、誰も居ない……どこか分からない住宅地の道に、私は捨てられてしまいました……


 

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