第2章 柚梪を辛い過去から救うために

第33話 放たれた言葉

「……えっ、柚梪が……言葉を……」


 俺の右袖を優しく掴んで、少し涙目で俺を見つめながら、柚梪は初めて言葉を口にした。


 『一緒に居たい』・『離れたくない』つまり、警察の所に行くのが嫌なのか?


「今のって……柚梪ちゃんの声だよね? すごく綺麗な声……耳が溶けちゃいそう」


 彩音は……柚梪の綺麗な声に魅了されているのか?


 だが、初めて柚梪の声を聞いた。声のトーンは僅かに高め。透き通った柚梪の声は、聞くだけで心臓が止まりそうなほど、大人っぽい声だった。


 しかし、今は柚梪の声に見とれている時じゃない。涙目になりながら、今まで一文字すら言葉を口にしてこなかった柚梪が、自分の意志で俺に伝えたのだ。


 よっぽど警察に行く……または、何か家族と関係があるのかもしれないな。


「柚梪、そんなに……警察へ行きたくないのか?」

「……うん」


 目を少し下に逸らせて、小声でそう言う柚梪。か……可愛い……。


「柚梪ちゃん、どうして警察に行きたくないの? 良かったら、教えてもらえると助かるんだけど」


 彩音はすでに冷静さを取り戻し、柚梪に理由を問いかける。


 すると、柚梪は俺の右袖から腕を優しく握ると、弱々しい声で、少しずつ話始める。


「理由は……2つあります……1つは、龍夜さんと居ると……その、安心して……もう1つは、私が生きてると知られれば……お父様が……探しに来る……」

「お父様……?」


 俺は少し引っ掛かる点があったが、今はおいておこう。話を聞いた限り、柚梪の父親と問題がありそうな感じか。


「柚梪、お父さんと何があったんだ? 別に、無理して言わなくてもいいから」


 俺は、柚梪に質問を投げ掛ける。もし辛い過去があったのなら、思い出させてしまうかもしれないが、聞いておいた方が、後々役に立つかもしれんからな。


「お父様……と……」


 しかし、涙目だった柚梪は、とうとう涙が溢れてしまう。


「あぁっ、すまん柚梪……思い出したくなかったよな。俺が悪かった」

「うぅ……」


 ポロポロと涙を流す柚梪を、俺は自分体へと抱き寄せて、優しく頭を撫でて落ち着かせようと試みる。


「どうやら、その父親と何か関係があるみたいだね」

「あぁ、よっぽど辛い過去があったんだろうな」


 俺は彩音と、柚梪の過去について話をした。


 それから数分後、泣き止んだ柚梪がそっと顔を上げる。


「もう、大丈夫……です。やっぱり……龍夜さんの温もり……落ち着く」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」


 柚梪は上目遣いで、俺を見上げてくると、あることを聞いてくる。


「龍夜さん……理由を、話します……から、私を手放さないで……ください」

「もちろん、俺は柚梪を手放したり、捨てたりなんかはしないよ。でも……理由を話しても、大丈夫なのか? 嫌な過去を思い出したく無いなら、言わなくても……」

「いいんです……龍夜さんと妹さんなら……心を寄せられる……と言うか、信頼できる……と言うか」


 ここ数週間、柚梪をしっかりと世話してきたおかげか、ついに柚梪は……自分の言葉で、俺を信頼できると言ってくれた。それだけで、俺の心は嬉しさで満ち溢れていた。


 彩音は、おそらく俺の妹と言うことで、同じ信頼出来る人だと、認識したのだろう。


「でも……やっぱり、あの頃を思い出すのは……嫌だし……怖い……だから、龍夜さん……お願いが、あります」


 柚梪は俺の右腕をギュッと強く握りしめると、愛しい水色の瞳を上目遣いで見つめてくる。


「言ってみて?」


 それに対して、俺も柚梪の目を見つめながら、少し小さな声でそう言う。


 すると、柚梪は俺の腕から、手の上に自分の両手を乗せると、綺麗な声で『お願い』を伝えてくる。


「私の手を……優しく……握ってて欲しいんです」

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