第32話 柚梪の方針

 お昼の2時を回った頃のことだ。


 ダイニングテーブル越しに、椅子へと座っている俺の妹、彩音に柚梪についての知ってることを、全て話し終わったところだ。


「なるほどね。ある程度の過程は分かったよ。うーん……」


 話の内容を聞いた彩音は、右手を顎の下に添えて、何かを真剣に考える。さっきまでとは全く雰囲気が違う。急に部下が上司になったみたいだ。


「つまり、柚梪ちゃんは……ひどく痩せていて、その上ボロボロで汚れていた。さらには、瞳に光が宿ってなかった。間違い無い?」

「あぁ、間違い無いぞ」

「だとしたら……柚梪ちゃんが家出をしてきたって可能性は低いかな」

「え? 何でそんなことが分かるんだよ?」


 彩音の考えに、しばし理解が追い付かない俺。だけど、彩音の頭の回転速度は非常に早い。だからか、勉強が出来て、頭が良いのだろうか?


 彩音は、出来るだけ俺に、分かりやすいよう説明をし始める。


「だってさ、瞳に光が無いってことは、希望を失っているのと一緒なの。自分で考えるどころか、体を動かすことすら出来ない。魂が抜けた、ただの抜け殻みたいなもん。その時の柚梪ちゃんは、たぶん絶望でもしてたんじゃないかな? 例えば……過激な暴行をされたとか、心を破壊するような、最低なことを言われたのか。それらを踏まえて、柚梪ちゃんは捨てられた。の確率が高いね」


 少し長かったが、ある程度は理解できる。つまり、心は人を動かすための大切な柱であり、その柱を失えば、体を動かすことは出来ない。


 体を動かす時は、必ずその時の気持ちがあるはずだ。お菓子を買いに行こう。だとか、この坂を登ろうと言った、事前に目的を示すことで、体が動く。


 しかし、目的を示すため……気持ちを表すのに必要なのが、『心』なのだ。


 彩音は、家出の場合なら、瞳に光が宿っている状態じゃないとおかしいらしい。なぜなら、『家を出る』と言う目的があるからだ。


 最初に柚梪と出会った時は、死んだ魚のような目をしており、光が宿って無かったことから、彩音は暴行および精神的ダメージのある、何かしらの暴言を吐かれたあとに、捨てられたと予想したようだ。


 改めてそう聞くと、確かに分かるような気がする。


「柚梪ちゃんの口から、真実を聞ければー番手っ取り早いんだけど……今までー度も話してくれたことないんでしょ?」

「そうなんだ。『あ』の一文字すらね」


 柚梪を保護して約4週間。未だに言葉を発してくれたことはない。


 なぜ喋ってくれないのかは分からないが、何か理由があることは間違えない。


「お兄ちゃん。やっぱり、警察に連れてった方が良いんじゃない? あくまで予測だし、両親の人が探してる可能性も0じゃないし」

「やっぱり……そうだよなぁ」


 俺としては……叶うならば、柚梪とこうしてもっと一緒に居たい気持ちが強い。それに、いざ何かあった時、俺じゃ柚梪を守り切れるかどうかも分からない。


 そう考えれば、警察に預けた方が安全だよな。


「私は、お兄ちゃんの好きにすれば良いと思うよ?」

「えっ? 何で?」

「確かに、警察に相談も無しで保護しているのは、ちょっとどうかと思うけれど、最初に柚梪ちゃんを保護したのはお兄ちゃんだし。私がどうこう言う権利は無いからね」


 たくっ、いつからそんなに頼もしくなったんだ?


 しかし……逆にそう言われると、迷ってしまう。


 自分の意志に従って、柚梪をこれからも家に置くか、安全性も考えて、警察へ連れていくべきか……


 俺が頭を抱えて考えていると、柚梪が俺の左袖を、軽く掴んできた。


「ん? どうかしたか? 柚梪」


 俺はゆっくり柚梪の方を向くと、柚梪は俺の目を見つめてくる。


 すると、柚梪は少し涙目になり……


「わたし……龍夜さんと一緒に居たい……離れたくない……お願い」

 

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