第11話 名前

 彼女を保護してから、早くも1週間が経過した。


 骨がはっきりと浮き出るほどに痩せていた彼女は、現在ある程度の脂肪が付き、骨が隠れ始めている。

 さらには、ちゃんとした食事を取るようになったからか、発育が良くなり、胸が膨らみ始めてたりと、女性らしい体つきになってきた。


 まあ、まだ痩せている部類ではあるが、少なくともパッと見たとき、『この子は女の子』と分かるような体になったな。


 しっかりとお風呂にも入っているから、肌にも艶が出てきた。死んだ魚のような目のように、光1つない瞳にも、僅かな輝きを取り戻している。


 なによりも、仕草で意思表示をしたり、目で見て気持ちを伝えようとする以外にも、だんだん自分でご飯を食べたり、歯を磨いたりが出来るようになった。


 入浴に関しては、まだぎこちないため、俺がサポート中。


 現在、いつも通りソファーに腰掛け、恋愛小説を読んでいる。

 彼女も、折り紙を全て使いきって、一時期暇そうにしていたが、つい先日くらいから、俺の読んでいる小説に興味を持ち、1巻から読ませている。


 そんな彼女は、俺に身体を寄せて、頭を俺の肩の上に乗せながら、小説を少し斜めにして読んでいる。


 俺もれっきとした男だ。女の子らしくなってきた彼女に、こうして身体を寄せられると、少し緊張してしまうな。

 それに、甘えてくるようになったのは、つい最近のこと。まだ耐性がなってないのだ。


 そして俺は、そろそろ頃合いだと見て、切り良く読み終わった小説を閉じ、彼女にあることを訪ねてみる。


「ねえ。ちょっと良いかな?」

「……?」


 俺の肩に頭を乗せた彼女は、肩に頭を乗せたまま、上目遣いで俺を見つめてくる。


「……っ」


 彼女の瞳に、少し光が宿やどっただけで、彼女の印象が全く違って見える。それに、ちょっとだけ……ドキッとしてしまった。


 俺は一呼吸ひとこきゅうを置いて、彼女を見る。


「そう言えばさ、君の名前を聞いてなかったよね?名前を呼べないと、色々と不便だからさ、せっかくだし教えてくれないかな?」

「……」


 当然返事は返ってこない。しかし、その質問を聞いた彼女は、俺の肩に頬っぺたを押し付けながら、俺の右腕を優しく掴んでくる。


 じっと俺を見つめる彼女。これは、何かを伝えようとしている目だな。

 俺は頭をフル回転させる。


「名前を当てて欲しいのか?」

「……」


 シュンとした顔になる彼女。どうやら違うようだ。


「うーん……名前が無いとか?」

「……」


 さすがに無いとは思ったが、案の定違うようだ。


「えっと……他に何かあるかな……?」


 俺は必死に考えるが、何も分からない。今の彼女が何を訴えているのかが、さっぱり分からない。


「ダメだ……分からない」


 俺がそう言うと、しょんぼりとした彼女が、俺の右手を優しく握ってきた。

 一体、彼女には何があったのかは分からないが、目が完全に死んでいるかのように、心が無になるほどだ。あまり良く無い事があったのだろう。


 名前を教えてくれない以上、どうやって彼女の名前を知れば良いのだろうか?


 長く考えていたその時、1つの案が思い浮かぶ。


 名前を教えてくれない上で、彼女の名前を呼ぶ方法……教えてくれないのなら、与えてやれば良いのでは?


 俺は昔から、こう言った『方法』を考えるのが、非常にえていた。


「ならさ……俺が君に、新しい名前を付けるのはどう?」

「……!」


 その案を聞いた彼女は、目をパアッと輝かせながら、俺の事を必死に見つめてくる。どうやら正解だったようだな。さすが俺。


「よし! そうと決まれば、名前を考えなくては」


 頭を抱えて考えていると、彼女は俺の肩にあごを乗せながら、興味津々に見つめてくる。


 とりあえず、思い付いた名前から順番に彼女へ聞いて、気に入ってもらえた名前を採用しよう。


「そうだな……ゆきは?」

「……」

「じゃあ、神奈芽かなめとか?」

「……」

「うーん……ならば、柚梪ゆずはどう?」

「……!」


 お、彼女が興味を示した。どうやら、『柚梪ゆず』と言う名前が気に入ったらしい。


「よーし。なら、今日から君の名前は……柚梪ゆずにしよう!」


 そう言ったとたん、柚梪は小説をソファーの上に置いて、俺の体へと抱き付いてくる。俺に抱き付く柚梪は、とても嬉しそうな顔をしていた。


「なんだ? そんなに気に入ってくれたのか? ははっ、ありがと。じゃあ、これからよろしくね。柚梪」


 柚梪は、笑顔で1回頷く。なんだ……?すごく可愛いんだが……


 そうだ、俺の名前もそういえば言ってなかったな。


「柚梪、俺の自己紹介をしてなかったな。俺は如月龍夜きさらぎたつやって言うんだ。覚えといてくれよ?」


 柚梪は再度笑顔で頷いく。くっ……まだ万全な体つきになっていないのに、天使みたいに可愛い……!


 無事に名前を付けれたし、表情が豊かになってきた可愛い柚梪。これからの生活も、実に充実しそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る