第28話 伝説と真実

私は「時の加護者」アカネ。

アリアの町の感謝祭は名物「アリアの鍋」が振る舞われ盛り上がりが最高潮に達した。そんな楽しい祭りに同い年くらいのフードを被った品の良い女の子と出会った。名前はラヴィエと言った。なんとその顔は現世の杏美ちゃんそっくりだったのだ。


—王国フェルナン アリアの町 —


感謝祭も終焉に近づくと、人々は家路に消えていく。残ったのはどの世界でも同じで吞兵衛の親父どもがいつまでも糸を引いてる姿だ。


私はラヴィエがまた来るのを待ったが、結局、子供と遊んでいる姿を見たのが最後だった。


「どうだい! お嬢様方、感謝祭は楽しかっただろう! 」


そう言うマジムさんの背中には酔っぱらったアコウがグデグデになっていた。


「すいません、うちのものが」


「大丈夫だよ。こいつを酔っぱらわせたのは俺だからな。キシシシ」


マジムさんはわんぱく少年のような顔で笑っていた。


「それよりもお嬢さんたち、泊まるところはどうするんだい? 」


「これから宿屋を探そうかと.. 」


「ああ、無理 無理。ほら、あそこで飲んでる奴ら見ればわかるだろうが、今日は町全体が祝日なんだよ。だから宿屋も受付すらしないからさ」


テーブルに突っ伏せて寝ている人、樽に持たれている人、吐きながらもまだ酒をかっ喰らう人。それらを見れば、確かにそうだと納得できた。


「困ったね、シエラ」


「まぁ、どこか地面に穴でも空けて寒さをしのぎましょう」


「ははは。そんなことしなくても大丈夫だよ。俺がいる衛兵用の宿舎に泊まればいい。実はもう上からの達しが来てるんだな。ムフフフ」


「上からの達し? 」


鈍感な私はこの時はまだ何のことだかわかっていなかったのだ。


— アリアの町 衛兵の宿舎 —


アコウをベッドに置くと、マジムさんは酔い覚ましのお茶を出してくれた。


「苦い!! 」


そう言う私の隣で、シエラは腰に手を当てながらがぶ飲みしている。


「はははは。アカネちゃんにはジュースの方がよかったかな? どれ! 」


「それって何とか虫の搾りジュースじゃないですよね? 」


「大丈夫だ。果実ジュースだよ。でもジュリアス虫はいろいろな果汁のエキスを体に溜め込んでいるから美味しいんだけどなぁ」


「見かけが絶対無理です! 」


あんな虫のジューサーを飲むなんて.. 考えただけでゾッと肌が泡立つ思いだった。


「あっ! 今日はいろいろ助かりました。ありがとうございます」


「いや、助かったのはこちらのほうだよ。さっきも言ったけど町の料理人が急に城に呼び出されて、ほとほと困っていたんだよ。まったく.. 大切な感謝祭なのに」


「あの、普通、感謝祭って実りの秋とかにやると思うのですが、今はこの辺は冬のようですよね。いったい何の感謝祭なんですか? 」


「やっぱりお嬢さんたちはビーシリーの出身じゃないね」


「あ、ごめんなさい」


「いいよ、もう。この感謝祭は世界最古の感謝祭なんだよ。アリアの勇者を称えるね」


「アリアの勇者? 」


横でシエラが頷いている。


「この『アリアの町』は変だろ? だって目と鼻の先に王都があるのに、飛び出たように町があるなんてさ」


そうなのだ。この「アリアの町」の防御壁を周っている時に気が付いたのだが、この町のすぐとなりに王都フェルナンがあるのだ。大きなお腹に付いている出べそみたいな感じだ。


「なんで、この町だけ出っ張っているんですか?」


「うん。そうだな。眠る前のおとぎ話として聞くにはちょうどいい話かもしれないね」


マジムさんは私たちに向かって話し始めた。


***


昔、昔、この世界に王国というものが存在する前の話。


人々は生き残るために集結し、各地で開拓が始まり、やがて住まいが造られ、そこが村となっていった。そんな時代の話だ。


今でこそ、ここは雪に包まれているがその時代、肥沃な土地に村人は田畑を耕しそれは豊かな村だった。近くの森には果実が実り、動物を狩ることもできた。村には恵の森であった。


だが、その豊かな森に魔獣達が住み着くようになった。人々は恐れ、森には立ち入らなくなった。森の果実や動物を食べつくした魔獣が次に目を付けたのは村だった。


最初は田畑を荒らす程度だったが、魔獣はついに人を襲い食べた。人を食べると魔獣は知識を付けた。人の肉の美味と知を持つことの恩恵に気が付いた魔獣達は、絶滅しない程度に村人を襲う事を覚えた。


ある日、傷を負った2人の剣士が村を訪れた。剣士の名はベンとアリアだ。傷の原因を尋ねると、2人は『森に住む魔獣を討伐したのだ』と言った。村人は2人を歓迎し英雄とたたえた。


三日三晩、村は歓喜の祭りで2人をもてなした。ベンは社交的で自分が如何に勇敢に魔獣達をうち滅ぼしたかを堂々と語り、その雄姿を誇示していた。一方、アリアは口数少なく控えめで優しい男だった。


『ベンがいなければ魔獣に食べられてしまっていただろう』と村人は語っていた。村は2人に衣食住を全て無償で与えた。


ベンは『自分のおかげで村はあるのだ』と当然のように贅沢三昧の毎日を過ごす。アリアは少しでも村に貢献しようと泥まみれになりながら田畑を手伝った。


そんな優しくひたむきなアリアの姿に村の娘パッシュは心惹かれた。村一番美しいパッシュとアリアが恋に落ちるのに時間は必要なかった。


だが、強欲なベンは美しいパッシュと恋仲となったアリアに嫉妬していた。


2人が村に住み始めて1年と数カ月が経った。魔獣に荒らされた田畑は奴らの糞尿の毒素により以前のような実りはなくなってしまった。恵みの森も同様で果実は実らず、動物は魔獣の匂いに警戒し、住み着くことはなかった。


村は2人の衣食住の世話をすることに負担を感じ始めた。村の集会では幾度とその事について話し合われていた。


鼻の良いベンはその話し合いの場に自ら赴きこう言ったのだ。


「俺達がいなくなれば、また村には魔獣が押し寄せてくるだろう。だが、仮にアリアだけが居なくなっても俺が居ればそうはならない。この意味はわかるだろ? 」


村の決定によりアリアは村を出されることとなった。パッシュは付いて行くと言ったが危険な旅に彼女を連れて行くことはできない。


「残念だ、アリア。パッシュの事は俺に任せろ」


ベンのその言葉を信じるとアリアは旅立った。パッシュは悲しみに打ちひしがれたが、愛するアリアを思えば強く生きようと決心した。


やがて数か月後、村に剣士アリアが居ないことに気が付いた魔獣は山から再び森に押し寄せてきた。そして今度は村を総攻撃しようとしていた。


村人は、今こそベンの剣に頼ろうとした。


ベンは『俺に任せておけ! 村の外で野営するから食料を用意しておけ』と村人に指示した。


村人はできる限りの食料をベンの家の前に用意すると、その晩ベンは村を逃げ出した。


そう、魔獣が恐れていたのは凄まじき剣の使い手アリアの方だったのだ。


村は魔獣に囲まれた。


その時、どこからなく剣士アリアが現れた。


その戦いは壮絶極まりないものだった。


腹をえぐられ片腕を無くしたアリアはその場に立ちながら絶命した。だが死してもアリアの目は愛する者を守る固い意志と闘志で燃えていた。


魔獣は山へ逃げ二度と村には近づかなかった。


村は己の愚かさを悔い、村に防壁を築き自衛の手段を身に着けると、アリアが村を救った日を『勇者アリアへ捧げる感謝祭』とした。


そして既に宿されていたパッシュとアリアの子孫がフェルナンを建国した。


***


「これが有名な勇者アリア伝説だ。今日はそのアリアが村を救った日なのさ」


「愛する人を救うためにアリアは.. 胸が熱くなる物語ですね」


熱くなった目頭で、ふとシエラを見たが、白けた顔で窓の外を見ていた。


「さ、もう寝ようか。2階にベッドがあるからそれを利用するといい。アコウはソファでいいだろう」


2階には2段ベッドがあった。私は下でシエラは上に寝た。


「ねぇ、シエラ起きてる? 」


「.. 」


「なんかシエラ、マジムさんの話を微妙な顔して聞いてたよね」


「 ..僕、その話あまり好きじゃないんです」


「なんでか聞いていい? 」


「 ..アカネ様は.. そっか、知らないんですよね」


「う..ん」


「あの話を聞くと僕は人間のずるさを感じてしまうんです ..あれはそんなにいいものじゃなかった」


「え? 」


「あの場には僕たちもいました。剣士アリアは強かったです。強さで言うと『ロウゼ』くらいは強かったかな。防壁ができたのはアリアの死後になってるけど、その時にはもう防壁がありました。アリアは魔獣と闘いながら村人に言ったのです。『一緒に闘ってくれ』と。ですが、魔獣を恐れる村人はアリアの言葉に耳を貸さなかった。そして壁の隙間からアリアの凄まじい戦いをただ見ていたのです。魔獣が退散した後、アリアは伝説通り奴らを見据えて立っていたけど、村人は断じて門を開けてアリアの傷を手当てしようとしなかった。『なぜかって?』 開ければあの凄まじいアリアの剣が今度は自分たちに向けられると思ったからです。アリアはそのまま絶命しました。パッシュの子が王家の始祖となっていますが、それも違います。パッシュは執拗なベンの求愛を拒み、アリアを想いながら自ら命を絶ったのです。王家の始祖はパッシュの姉の子です。真実はもっとずるくて残酷で悲しいもの。王家が話を変えたのか、何千年もの間に話が変っていったのかはわからないけど、伝説っていつでも人の都合で変わってしまうんです」


「なんでシエラと先代アカネは力を貸さなかったの? 」


「あの時、魔獣は村を襲おうとしたのではなく山から逃げだしていたのです。山に住み着いた災悪、全てを凍らせる冷鳥フロワから。僕とアカネ様はその冷鳥フロワを討伐していたんです。その時、流された冷鳥フロワの血の呪いが、この地を極寒にしてしまったのですが.. 」


「じゃ、ここが寒いのはシエラのせいなの? 」


「違いますよ。冷鳥フロアを放置してたらここは永久氷壁になってましたよ」


「そっか。ごめん」


「とにかく、そういう事です。もう寝ましょう」


「うん」


アリアへの愛を守ろうと死を選んだパッシュ、それを知らずパッシュを守ろうと命を懸けて闘ったアリア.. どこかの世界で一緒になれたのかな..

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