第14話 悲しみの審判

 私は「時の加護者」アカネ。

 料理屋にて悪行を重ねる衛兵ルキとジキ。ジキのいやらしい手が私に触れた時、扉を開けてシエラが登場。シエラの虎のような威嚇にルキとジキは一目散に逃げていく。だけど、もっと前に扉の外にいたでしょ、シエラ!早く助けなさいよね!


—ビーシリー 料理屋—


 最悪な衛兵ルキとジキが店から逃げた後、若い店員が溜まっていた思いを両親にぶつけていた。


 「見たかよ! 『笑顔で神に祈りましょう』なんてことしてたら、あんな馬鹿野郎になめられっぱなしなんだ。彼女みたいに相手を『殺す』気持ちで俺たちが強くなる必要があるんだ! 」


 「あんた、馬鹿ね」


 何もわかっていないその息子についつい言ってしまった。


 「な、なんだと! お前だって無力でそこの彼女に助けられたくせに! 」


 「あなた、お母さんが闘っていたのが見えなかったの? あの笑顔の下はあなたを助けるために必死に闘ってた。それがわからないようなら、あなたは絶対に強くなったりしない! 私は闘いの素人だけどそれだけはわかる」


 その言葉に若者は返す言葉なく悔しそうに店を飛び出した。


 「アコウ! ごめんなさい」


 若者の母親が泣き崩れていた。


 「さすがアカネ様! 悪い奴もいなくなったし、ご飯食べましょう! 」


 シエラは空気も読まずに明るい声で言った。


 「お姉さんたち、いろいろ迷惑かけましたね。今日は店からのおごりです。どうぞそれでご勘弁ください」


 この店の店主、つまりアコウの父親が奥さんを抱き寄せながら言ってくれたが、とてもそんな好意に甘えるのも申し訳なく..


 「え、そんな..別に大丈—」


 「ほんと! やったぁ! もう腹に詰め込むだけ詰め込んじゃうぞ! アカネ様も遠慮なく注文しましょう! 」


 「こら、シエラちゃん」


 店主の言葉に甘えるだけ甘えて、シエラは胃に隙間が無くなるくらい料理を食べまくった。この世界にフードファイトがあったら優勝間違いなしだ。


***


—ビーシリー 宿屋—


 宿の部屋は簡易的な造りで、狭い部屋を有効活用するため2段ベッドになっていた。だけど、意外にも布団がフカフカで最高の眠りを迎えることが出来そうだった。


 私はベッドに腰掛けると窓際にあるロッキングチェアをカコカコと揺らして遊ぶシエラに質問をした。


 「ねぇ、シエラちゃん。あの悪い奴らに絡まれた時、お客さんも店員さんもみんな笑っていたんだけど、あれは何でなの? 」


 シエラは椅子をピタリととめた。


 「アカネ様、あのアコウという息子いたでしょ。あの子だけは怒りをあらわにして、弱い奴だったけど抵抗してましたよね。あれは世代の違いです」


 「どういうことなの? 」


 「本当はレギューラの丘に着いてから説明しようと思ったけど、あんなことがあったから説明します。あの笑顔が3人の加護者をばらばらにし、40年前にアカネ様が失踪した原因を作ったのです」


 シエラは大きく息を吸うと自分が見聞きしてきたことを話し始めた。


***


—この世界は神から与えられし絶対の力をもつ3人の加護者がいます。『時』・『運命』・『秩序』の3主です。


 ちなみに、それぞれの加護者には自分をモチーフにして作られたトパーズと呼ばれる凄まじい戦闘力を持つ従者がいます。そのひとりが僕です。


 世界はこの「3主の力」の均衡によって平和がもたらされていました。数千年という長い歴史の中には何度か自分の欲望を満たすために争いを起こすものがいました。だが、そんな争いも加護者の力でねじ伏せられるとまた平和の世界が訪れました。


 いつしか世界の人々は『大きな争いになっても、祝福の笑顔で加護者を待てば救ってくださる』という『教え』のようなものを広め始めます。そして平和が続く中で『宗教』というものが加護者を『空想上の存在』にしてしまったのです。


 空想上の存在にすることで神官達は加護者を全能の神と同等な存在にしてしまった。今、自分が死んでしまうような危機的な状況でも、加護者様を笑顔で迎え入れれば、すぐに現れて救ってくださると信じる者であふれかえってしまったのです。


 現実は違います。加護者たちには千里眼もなければ都合よく瞬間移動する能力もありません。3人の加護者たちはその人々の信仰心に悩み、どうすべきかを話し合いました。しかし結論などでるはずもないまま時が流れていきます。


 やがて世界にまた自分の欲望の為に力をふるうものが現れます。その者は狡猾に宗教を利用しながら自軍の力を高めました。そして欲望者は、力を示すため、辺境の村に住む人々を異端者として、軍や魔獣を利用しながら攻め滅ぼしていきました。女、子供関係なく惨殺し首をさらすことまで行ったのです。


 その話を聞くと『秩序の加護者』トバリ様が怒りに打ち震えました。『時の加護者』アカネ様がなだめても、そのお怒りはおさまることはありませんでした。


 そして欲望者が次の都市デュバーグに侵攻する話を聞きつけると、トバリ様はヒューにまたがり後を追いました。


 そこでトバリ様は見てしまわれたのです。笑みを浮かべながら槍で刺し殺す兵士と加護者の救済を信じて笑顔で息絶える母子の姿を。


 トバリ様は我を失った。まるでもう自分が違う何かになってしまうのでは無いかと思うほど凄まじい怒りにトバリ様は『審判の瞳』を露わにしてしまったのです。


 兵士も街の人々も、いや、その街がまるごと消え去ってしまいました。何もない砂漠に帰すことで公平な審判としてしまったのです。


 そして悲しみのあまりトバリ様は姿を消しました。


 トバリ様を愛していたアカネ様は嘆き悲しみ、この原因を招いた欲望者を死ぬことも叶わない「無限の狭間」に落とした後、トバリ様を探す旅に出られました。


 何百年もトバリ様を探し続けたアカネ様は、ついにトバリ様がこの世界にいないことをお認めになられました。


 そしてアカネ様は、時空間を歪ませた道を作りそこから『魂で繋がるもうひとつの世界』へトバリ様を探しに行ってしまわれたのです。


 何百年も前に異世界に行ってしまったトバリ様が生きているはずもない。それを承知でアカネ様のお心はトバリ様を追うことをお選びになられたのです——


***


 「それが40年前に起きたことです。トバリ様とアカネ様がこの世界から居なくなってしまった為、『運命の加護者』シャーレ様の力も弱まってしまった。やがて、世代が変わって、加護者の力を目撃する者もいなくなり、アコウのように自分で道を切り開こうとする者が生まれたとしても不思議じゃないです」


 「つまり加護者を信じる者が笑顔で心を覆い、新しい世代の者はアコウのように感情のままに行動するのね。何か皮肉ね」


 「え? 何がですか? 」


 「ううん。何でもない..」


 私は加護者の力を知らない新世代のほうが人間らしいと思ったが、その言葉は胸にしまった。


 「でも、その後、大変だったんですよ。時空間の歪みから、各地で『時の狭間』という裂け目ができるし、加護者の力が弱くなった為に、僕らは石になって砂っぽい社(やしろ)に閉じ込められちゃうし..」


 「あの、何か凄く悪いことしたみたい。ごめんなさい。でも、やっぱり私はあなたの言うアカネ様じゃないと思うのよね。私、何百年も生きてなんかいないもの」


 「むふふ..知ってますよ」


 「え、なに! 知っていて記憶喪失がどうのこうの言っていたの!」


 「まぁ、落ち着いてください。前のアカネ様ではないのはわかります。だって、前も言ったけど僕の方がちょっぴり可愛いですもん。でも、アカネ様、それでもアカネ様はアカネ様なんです。加護者は変わることないんですよ。肉体を新しくするか、魂を受け継ぐかなのです。だからアカネ様、この世界をよく知ってくださいね」


 何かとてつもなく重たい話になってしまった。


 —ベッドの中で考える


 まっ、とりあえず、明日、街まで目立たない服を買いに行こう。


 あと、私の方がちょっと可愛いんだから..

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