第10話 大正ロマンの街ビーシリー

 私は一ノ瀬茜

 私を助けてくれたシエラは何と私のおばあちゃんの若い頃にそっくりだった。シエラは私のことを「主」とか、世界の「恩恵」とかわからないことばかり言うのだ。ただ、ここは私がいる世界とは別の世界であることは理解した。


—ヒューが曳く荷車—


 2匹のヒューが曳く荷車は私とシエラを乗せて「レギューラの丘」へ向かっていた。荷車の中で私は今の時点で一番気になることを聞いた。それは杏美ちゃんの安否だった。


 過去の経験から「元の民」は1度や2度妨害したところで決してあきらめない。ほぼ目的を遂行するのだ。それは先日の桜水丘駅から一度助けたサラリーマンが、その日のうちにホームからの転落事故で殺されてしまったことからもあきらかだ。


 だが、シエラの言葉を借りれば『杏美ちゃんは既に容易に近づける存在ではなくなった』らしい。『それはどういう意味? 』と尋ねるとシエラは私にまっすぐ指を向け『アカネ様です』と笑って答えた。


 つまり杏美ちゃんと私が友達であるということは、杏美ちゃんに近づくことは猛獣の口に手を入れるようなものだというのだ。私はそんなに怖い存在ではないのだが、この世界では私はそれほど強大な力を持つ者なのだそうだ。


 『アカネ様! あなたはこの世界の「三主の力」のひとり、「時の加護者」なのです!』


 そんなこと急に言われてもなぁ..


 ゴトリと音を立てて荷車が止まった。そしてヒューが『きゅ~ん』と愛らしい声で鳴いた。


 「ちょっと! なんて可愛い声でなくの! ヒューって」


 「え? そうですか? 僕には『ついたよ』としか聞こえないのですが..」


 私たちは「レギューラの丘」へ行く前に身支度をするため、近くの街に寄る必要があった。そして、今到着したのだ。


 牧草の丘からは夕陽に染まり黄金色に輝く街が見えた。ここはウェイト国最西端の街『ビーシリー』


 フカフカと鼻を鳴らすヒュー。


 「ここまで乗せてくれてありがとう」


 すると目を閉じながら鼻を押し当てて来て、何て可愛いのかしら!


 「ねぇ、シエラちゃん。この子たちって名前あるの? 」


 「いいえ。ヒュー族には名前の概念はありませんよ」


 「着けちゃってもいいかな? いちいち『ヒュー』て呼ぶのも、どうもね..」


 「アカネ様のお望みのままに」


 「じゃ、この右の子は鼻筋に白いラインがあるから『ライン』。こっちの子は前足に白い靴下をはいているようなので『ソックス』。ラインちゃんとソックスちゃんね」


 2匹は鼻をフカフカさせながらほっぺにペタペタ触れて来た。


 「どうやら気に入ったようですよ」


 「ところで街に行っている間、この子たちをどうしたらいいかな? 」


 「ああ、それならもうその辺に放しておいても大丈夫ですよ」


 「大丈夫かな? 連れて行かれないかな? 」


 「ははは。大丈夫ですよ。だって今、その者たちはアカネ様と死しても共にあるものになったじゃないですか」


 「..? 」


 何か話がかみ合ってないようだったけど、2匹を丘に放すと私たちは街に続く道を歩いた。


 歩く道は石畳と変わり、白壁の建物が綺麗に並ぶ街となった。これは大正時代の西洋式建物。つまりは大正ロマンの街だ。

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