第3話 残る5つのルートの結果はいかに!?

国王からの2の矢は宰相からの提案によって放たれた。


『公爵令息ルート』


 手頃な独身令息がいなければ作ればいい!この国のためならば、貴族たちも喜んで身を捧げるだろう。


「公爵令息エトヴィンが婚約者、コローナ伯爵令嬢、おまえたちの婚約を白紙へと戻す!」


 華やかな夜会の場で、突然の婚約撤回宣言が行われた。

 けれどその場には、当人であるエトヴィンの姿はない。告げたのは宰相ブルクハルトで、コローナ伯爵令嬢に鹿爪らしい表情を向けているが、内心はかなり苦々しく怒鳴りつけたい気持ちを抑えている状態だ。

 いつも通り取り巻きの令息10人ばかりを周囲に侍らせていたコローナは、未だ15歳であるとは思えないほど、濃い目の化粧を施した派手で妖艶な美女然とした顔を怪訝に曇らせた。


「どういう事ですか……!?わたくしに何か瑕疵がございましたでしょうか!?」


 狼狽えてよろめくその肩や両腕は、素早く周囲の令息達によって支えられ、鮮やかな赤い髪にいくつも飾り付けられた白いアネモネがぱらりと落ちる。


(何か瑕疵、じゃないだろう!?不貞の現行犯と言われてもおかしくない状況じゃないかぁぁぁぁ!!!大体その首元の赤い痣は何だ!?周りの令息たちも一時も身体に触れる手を放そうとしないのは何だ!?伯爵は一体どんな教育を施したんだ!!)


 少し離れた所に居たコローナの両親である伯爵夫妻はひたすら狼狽え、恐縮している。魔王討伐に王太子と聖女らと共に旅立ったスキンシップ多めの公爵令息エトヴィン、その婚約者コローナの不貞疑惑は討伐の旅がひと月を超えたあたりから耳にするようになっていた。けれど、2つも爵位が上の公爵家に嫁ごうと云う身で、しかも14、5歳の少女が何を出来る……と、周囲は特に気にするでも注意するでもなくその噂をただ聞き流していた。

 その結果出来上がったのが「2つも爵位が上、しかも王家に連なる公爵家の色男と名高いエトヴィンに見初められた伯爵令嬢」と云う、男たち垂涎のブランドだった。

 もともとスキンシップ多めのエトヴィンに纏わりつかれることが常だったコローナにとっては、周囲に寄って来る令息のスキンシップなど同等か、取るに足りないほどのものだったし、いつ戻るか、戻らないかもわからない婚約者を待つだけの日常は寂しすぎた。だから寄って来るまま侍らせて作り上げられたのがコローナ令嬢ハレムだった。両親も、公爵家に縁付いて格上になる娘に強いことも言えなかったらしく、ハレムは放置されてきた。


 何が悪いのか本当に分からないと云う様子のコローナに、不貞についてどう伝えたものか頭が痛くなる思いの宰相ブルクハルトの肩に、壁をすり抜けて来た白いカラスがふわりと舞い降りた。


「カァー!アホ――!!いい加減にシロ、自分を大切にしない人間が本当に貴女を大切にする人間に振り向かれると思っているのカァ?カァーわりの男なんて侍らせても、何も埋められないって気付いてるから、そんな数ばカァり集めているんでしょ!」


 白いカラスは聖女の言葉を伝える聖鳥。その言葉を聞いたコローナは蒼白になり、周囲の令息たちの手を振り払って床に崩れ落ちた。


「エトヴィン様を想う気持ちに偽りは御座いません。代償の愛で寂しさを埋めようとした私が愚かでした……。かくなる上は修道院で見失い掛けていたエトヴィン様に捧げる真なる想いを思い起こすべく、祈りの日々を送りたいと存じます」


 白いカラスは満足げに頷くと、蹲る彼女の手元にぽたりと1本の花を落とした。

 その花は、美しく花開いた紫のアネモネだった。花言葉は「あなたを信じて待つ」魔法で言葉を届けられないエトヴィンが白カラスへ託した、彼の想いだった。


「ありがとうございます、エトヴィン様……この様に愚かな私を想ってくださるなんて……」


 泣き崩れるコローナに、白カラスが優しく囁きかける。


「ダレデモ間違えはあるカァら、気持ちが本物ナラ、やり直して真心を伝えれば良いカァー」


 この夜会を境にコローナは周囲の反対を押し切り、言葉通り気持ちの整理をつけるまでと修道院へ入ったが、エトヴィンとの恋は聖女公認で、彼がコローナを赦し、想う気持ちは美談として、後に演劇にもなった。


公爵令息ルート失敗。

国王の胃の耐久値が更に減った。




         ※ ※ ※




3の矢は国王によって再び放たれた。


 魔道士クルトンは父親に似て、馬鹿が付くほど魔道研究熱心で一筋。婚約者との交流など全く図っていないと聞いていたから、関心のない婚約者よりも、共に旅をして来た同士である聖女トワとの間に生まれる情もあっただろうし、行けるんじゃね?との判断だ。


『魔導士ルート』


 国王アーデルは、話があると呼び寄せたクルトの母の様子を見て遠い目になっていた。


「クルトが帰って来るのですね!あぁ、よかった……あのひと魔力ちからがこの世界を救ったのですね……」


 静かに流れる涙をそっとハンカチで抑えるのは、若き魔導士長クルトの母。彼女の夫であり、クルトの父である先代魔導士長は、異界からの聖女召喚によって命を落としている。聖女の異界渡りは、生命エネルギーの半分を使うほどの魔力の行使が必要であり、大賢者と名高かったクルトの父も例外なく召喚術によって命を縮め、聖女たちが旅する間に力尽きて儚くなってしまった。

 嘆く気持ちは痛いほど分かる。先代魔導士長はクルトと同じく馬鹿が付くほど魔道にのめり込むタイプの人間だったが、同時に家族をとても愛していた。だから遺された夫人が悲しむのは痛いほど分かる。

 誤算は、涙に暮れるその夫人に、親愛を込めた様子でそっと寄り添うのが、クルトとは殆ど交流が無いはずの婚約者だったと云うところか……。

 彼女は、まだ若いクルトの婚約者に背中を優しくさすられながら、静かに涙を流しつつも柔らかな笑みを浮かべた。


(本人が交流してなくても、家族ガッツリ『絆』出来てんじゃん……これ引き離したら情に篤いトワはまたぶちきれるんだよなー……)


魔導士ルート失敗。

国王の胃の耐久値がまたまた減った。




         ※ ※ ※




4の矢も王によって同時に放たれていた。


『騎士団長令息ルート』


「ダーヴィトが帰って来る!よかった……これで、魔物との戦いで片眼を無くした私を命がけで戦地から救い出してくれた戦友との約束が果たせます」


 鼻の頭を赤くして涙を堪える隻眼の騎士団長が、親友の形見であり、肌身離さず身に付けているペンダントをぐっと握り締める。命を賭して自分を救ってくれた親友との約束「彼の家族を守る」ために、ダーヴィトは幼い頃よりその一人娘との婚約を結んでいた。

 国王アーデルは、聖女と王太子らの旅立ちの時、まだ幼さの残る面立ちのダーヴィトが、厳しくも深い愛情を持つ父に心配をかけまいと鼻頭を赤くしながら涙をこらえた勇ましい顔つきで父に別れの挨拶をし、対する父の騎士団長も公衆の面前、厳格で鷹揚に振舞いながらも優しい光を湛える瞳でそれを受けているのを見ていた。最悪の覚悟を抱きつつも、互いに万感の思いで見詰め合う二人に、胸が痛んだ時が思い起こされる。

 騎士団長は、厳めしい顔に薄っすらと涙を浮かべて「さっそく親友の墓前に報告致します!奴の好きだった酒を添えて」と晴れ晴れとした笑みを浮かべた。


(こっちもだめだぁぁぁ――――!!!)


 クルトの父を責めることも出来ないほど情に篤いトワが、この2人の婚約を解消させてトワと結びなおさせようとするのを認めないのは火を見るより明らかだろう。


騎士団長令息ルート失敗。

国王の胃の耐久値がまたまたまた減った。



頭を抱えた王を、天井裏から見ていた意外な人物が一計を講じた。

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