第2話 聖女トワは妥協しない

『来たれ 聖女よ! 我らが世の 安寧を もたらし給へ!』


 陳腐でテンプレな言葉!そんな言葉で呼び出されたわたしが聖女トワ、こと香椎かしい 永愛とわ。10代最後とは言え、社会的にはまだまだ若輩なはずのわたしなのに、召喚した大賢者とうにんは「貴女こそが私たち人類の悲願、最後の希望……!魔王を倒す事の出来る唯一無二の聖魔法を操る聖女様です!最期に拝顔の栄に浴する事が出来、もはや思い遺す事は御座いません―――」なんてわたしよりもまだまだ若い子供を遺して逝っちゃうから、イロイロ心情的にも責めることも出来ないじゃない?



 5人の弟の面倒を見ながら育ったわたしは、異世界に来ても年下男子に縁があったみたい。最初にわたしを召還した魔導士や、召喚されたわたしよりも青い顔をしてひたすら恐縮しつつ助けを懇願して来た王様は年上だったけど、一緒に旅立った男の子たちは皆10代半ばの少年たちだったわ。最年少は14歳の王太子アルスで、一番年上の公爵令息エトヴィンだって17歳。わたしより3つ下だ。もぉ、慣れない異世界なのに引率係確定ねーってちょっと気が遠くなったりもしたものね。



「トワよ、お前少しは言葉を取り繕ってはどうだ?城からの使者が悲壮な表情で帰って行ったぞ」


 魔王城から王都へ随分近付いた辺境の村で、婚約者希望の聞き取りではなく、妥協案の話し合いに訪れた何度目かの使者が重い足取りで去って行くのを見送ると、王太子アルスが呆れたような視線を向けて来た。アルスは柔らかなウエーブがかった長髪を無造作に一括りにした美少年。父王にとてもよく似ていて、5年後がとても楽しみな逸材イケメンね。


「嫌よ。それに取り繕ったところで内容が変わるわけじゃないんだから、ストレートに言った方が誤解も無くて良いでしょ?こうして約束通り無事魔王を倒したって言うのに、婚約者を押し付けるなんて、この国の用心棒として縛り付けようって下心が見え見えだもの。妥協なんてしないわよー。せいぜいわがままを言わせてもらうわ」


 言った途端、青白い顔の痩せ細った黒ローブ姿の少年がビクリと肩を震わせて、わたしの前にぱたりと蹲った。え!?体調不良?あー違うわ、体調は悪そうだけどそうじゃなくて、これはいつもの土下座ね……。


「――その節は私の父が済まなかった。分かっている、トワ。この世界を救って貰った貴女には返し切れない恩がある。罪深い血を継ぐ私の命など惜しくはない。王都への帰還後、速やかに貴女を元の世界に還すことを約束するから」


 陰鬱な影を背負って儚げな笑みを浮かべるのは若き魔導士長クルトだ。この子は自分だって召喚魔法で大賢者おとうさんを失ってるのに、責任感じすぎよ。


「だぁーかぁーらぁー、そんな魔法使ったら貴方が死んじゃうでしょ!?命を無駄にするのは許さないっていっっ……っつも言ってるじゃない。クルトは行動でも言葉でも、すぐに死にそうになるんだから。また昨日の夜もご飯も食べず、睡眠時間も削って魔法研究してたわよね!?貴方はもうちょっと自分を大事にすることを覚えなさい?こんなに可愛い顔してるんだから」


 言いながら、クルトの頭の上に手を乗せて、暗ーい雰囲気を作り出すのに一役も二役も買っている重苦しい深緑の髪をかき混ぜるようにワシャワシャと撫でつけた。


「しゃーねえなぁ、クルト。とっておきの俺の干し肉一切れやるから、取り敢えず食ってみ?元気になれっからさ!」


 騎士団長令息ダーヴィトが上衣のポケットから手の平ほどの大きさの干し肉をぺらりと取り出す。干し肉はもちろん包みなどに入っていない直入れだ。ちなみに16歳、食べ物の扱いを充分に知っている年齢のはずだ。その干し肉を鼻先に突き付けられたクルトは、青白い顔を更に青くして「うぷっ……」と口元を抑えてる。


「貴方はどうしていつも食べ物で全てかたが付くと思っていらっしゃるのでしょうね。しかもその保存方法は如何なものでしょう?それを人様にあげようとするなんて貴方の衛生観念を疑いますね」


 宰相令息コルネリウスが神経質そうに目つきを険しくしながら、眉間に近付けた中指で、細い銀フレームの眼鏡のブリッジを持ち上げる。


「クルトに食べさせるならせめて日光消毒か煮沸消毒くらいしないと、トワの手を煩わせることになってしまうと云うことがまだ学習できないんですか?」

「えぇーっ?俺はいつも平気だけど?」

がさつバリケードな貴方と違ってクルトは繊細デリケートなんですよ!」


「もぉ2人とも仲イイんだからぁ~。私も仲間に入れてくれよぉ~!」


 やいやい言い合うダーヴィトとコルネリウスの二人の肩を同時に抱く様に覆い被さったのは公爵令息エトヴィンだ。男女構わず距離感のとても近い彼は、剣の腕も立ち、甘いマスクも相まってとてもモテる。婚約者はいるらしいけど、行く先々でいつの間にか恋人?を作ってしまうようなチャラ男くんだ。いつか誰かに背後から刺されて、治癒の魔法が必要になるんじゃないかしら?治癒魔法の発動が速くなるように練習しておかなきゃいけないわね。




         ※ ※ ※




そんな一行に、さっそく国王から一の矢が放たれた。


『王太子ルート』


 王太子アルスは、王城からの使者が密かに伝えてきた彼への指示を受けて早速動き出した。


「トワ。ものは相談なのだが、この国の私の側で過ごす気はないか?私とともに国を支える立場は聖女のトワに相応しいと思うぞ」

「へ?何言ってるの?王子は公爵令嬢の婚約者がいるじゃない。お妃教育を長い間受けているうちに感情をストレートに表現してくれなくなって寂しい、だったっけ?あなたを支えるのに一生懸命身に付けたそのスキルこそがあなたを大事に思う気持ちの強さだって納得したんじゃなかったの?」


 1年続いた長い旅、黙々歩いたり、乗り物で移動したりと、話す時間はいくらでも取れたし、住む世界が違うわたしたちでも共通して話題に出来ることは限られていたから、若者の本質『コイバナ』はよくしたわ。


「うぐ、そんなことっ……何で覚えているんだよ」

「女子はコイバナが好物だから絶対に忘れないわよー。で、わたしはこの世界の常識すらよく知らないんだから、お妃教育なんて無理だし、堅苦しいのは苦手だし」

「妃教育は必要ないぞ?トワがなるのは側妃だ。こっ……子を産むのも強要はせん。私の側でのんびり過ごせば良い」

「はぁぁぁー?子供も産まない、愛もない、仕事もない。そんな結婚生活なんてどんな地獄よ!ちょっとあなたのお父様にお説教よね。わたしの条件一個も叶ってないし、そもそもアルスは婚約者ちゃん一筋でしょ!」


 トワの手から光り輝く鳥が生まれた。気持ちが籠ってしまった鳥は、白いカラスだった。カラスはトワの手を離れると、まっすぐに王城のアーデルベルト王の元へ飛んで行った。


 王の寝室の窓をすり抜けて、苦しい寝息を立てる国王の枕元に立ったカラスが、思い切り大声で鳴き出す。


「カァー!アホ――!!いい加減にシロ、息子の将来を何だと思ってル!?そんな薄情な人の国にはいられないワ。どうせ元の国に帰れないならほかの国に行クワ!」


 聖女の怒りに触れた国王は、ベッドから転がり落ちた。カラスだけれど白くて、鳥だけれど憤慨したのが伝わってくる聖女の伝達魔法カラスに、アーデルベルトは大慌てで縋る手を伸ばした。


「まっ……まってくれ!取り消す!取り消すからぁぁぁ!」


王太子ルート失敗。

国王の胃の耐久値が減った。

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