第9話 番外編:厄災の落とし子④

あの模擬戦以降、戦局は膠着状態のまま動きがまるで無く、ユリスの実戦の機会も未だ来ずにいた。


退屈だけが支配するマックス・ハスの艦橋の艦長席で待機していると、唐突にオペレーターの1人である女がデイヴィットに提案する。


「艦長、今度の休暇は本社のコロニーにユリス君を連れてってあげてはどうですか?」


「何故だ?」


「以前コロニーに関する話を聞かせましたらあの子、凄い興味を持ちまして」


「フム……」


彼女の提案に彼は深く考え込む。


今までデイヴィットはユリスとの関わり方に悩みを抱いていた。


人として作られていながら人とはかけ離れた彼に対して軍人として接するのか。


或いは教育者、或いは父親としてか。


彼はこれをいい機会だと考え、これからの接し方を決める為にもユリスをコロニーに連れて行く事にした。


==========


《西暦2890年 レオナルド社第1コロニー》


「……ほら、見えて来たぞ」


「うわぁぁああああッ……!!」


休暇の日、デイヴィットはユリスを連れてレオナルド社の本社がある第1コロニーへと向かう民間シャトルに乗っていた。


民間シャトルを運営しているのはレオナルド社の傘下である物流企業の為、レオナルド社直属の一部上級士官は無料で最上級のファーストクラスに乗り放題だった。


実際に、同じファーストクラスの個室を出入りする乗客の中には軍服を身に付けた者が何人か見られた。


後はレオナルド傘下の他企業の重鎮や有名な資産家などといったいかにも、な富豪達である。


彼等と共に乗ったユリスは戸籍登録がされていない軍用アーティフィシャンである為、本来ならここにいる事は許されていない。


だがそれを押し通したのは、デイヴィットの長年の従軍歴が培った幾つものコネのお陰だった。


「人生初の私服にはもう慣れたか?」


「ああ、普通の人間ってのはこんな格好すんだな」


この世に生まれてから、人生で初めて軍服以外の私服を身に付けたユリスは最初こそ着慣れない服に戸惑っていたものの、すぐに適応し肉体年齢の若さもあって様になっていた。


「もうすぐ発着場に着く、荷物の支度をしよう。ゴミもしっかり片付けておけよ」


「分かってるよ」


発着場に着いたシャトルが停止し、乗降口が開いて乗客に降りる様に促すアナウンスが流れ始めた。


他の乗客と共に並び、乗降口から機外に出たユリスは周囲の景色を見渡しながら前へ進む。


発着場の天井には「セントラル・コロニーへようこそ」と書かれた3Dホログラムが浮かび上がっていた。


発着場を出て、二人はタクシーで都市部まで向かった。


都市部へと向かう最中でも、車の窓の外からの景色にユリスは再び感嘆の声を上げていた。


今まで基地の中の景色しか見てこなかった彼にとって、このコロニーは未知の景色で溢れている。


未知こそが、現在の彼が求めてた物だった。


遂に都市内に入ったタクシーを適当なところに停め、二人は降りる。


「さて、先ずは何をするか」


「そうだなぁ…えーっと」


ユリスは携帯のメモ帳アプリを開き、「やりたい事」と書かれたファイルを開いた。


中には、ユリスがコロニーに来たらやりたい様々な事がリストアップされている。


二人は、これからそのリストに従って行動する予定になっていた。


==========



「コロニーで食う飯は基地のPXとは一味違うなあ!期待通りだったぜ!」


昼食を食べ終え、残り半分となったリストを消化する為再び街中を歩き回る二人。


ここまで来て、ユリスに対する接し方には未だ悩み続けているものの面と向かって会話する時間がいつもより格段に増えたお陰か、距離は縮まってきている気もした。


それに、そんな会話を経て彼について知れた事も多い。


特に気になったのは、彼が産まれて間も無い頃の生活だった。


培養段階で軍用規格の全身への人工筋肉の移植や薬物投与、その他の身体強化を以て彼はレオナルド本社研究所の培養セルから産まれ、それからすぐにMSSの適正テストがあった。


これが彼が以前語った数十人の選りすぐりのアーティフィシャンの中から彼一人だけ生き残ったという、過酷な実験だ。


そんな生活をしてきた中でユリスが一番感じていたのは寂しさだった。


いつも周りにいたのはこちらと目も合わせようとせず、ただ実験内容とその結果だけを淡々と告げる研究員のみ。


同じ境遇にいるアーティフィシャンがいてもすぐに彼らは戦場や実験で死んでしまい、助けを求めようと誰もいない隣を見ては項垂れ、いつか隣に立ってくれる人が現れるのを祈り続けた。


街を歩いている最中、デイヴィットが今の生活をどう思うか尋ねると、ユリスは笑いながら言った。


「俺、今…すげえ楽しいよ。デイヴィットも他の皆も優しいし、それに俺に痛い事も苦しい事も不快な事もさせようとして来ないから…落ち着ける」


静かにそう語るユリスにデイヴィットは目を伏せた。


そして僅かな逡巡の果てにユリスに問うた。


「…ユリスは、自分をどう扱って欲しい?俺をどう扱いたい?」


ずっと悩んでいた事を彼に向かって口走った事を若干後悔しながら、答えを待つ。


対するユリスは珍しく深く考え込んでいた。


デイヴィットとは倍以上の時間を掛けて、漸く彼は答えを出した。


「扱うって言うのかは分かんねえけどさ、俺はデイヴィットの事血の繋がりは無くても父親だと思って接してるぜ。デイヴィットも俺の事息子だと思っててくれてたんなら嬉しいな」


輝くコロニーの照明を背景にそう言って笑う彼の姿を見て、デイヴィットは笑みを浮かべる。


―リンダ、俺は……父親に…なってみようと思う。

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