第7話 番外編:厄災の落とし子②

《西暦2889年 軽巡洋艦マックス・ハス艦内》


レオナルド社で最も生産されている艦艇、ジュリウス級軽巡洋艦。


その姉妹艦であるマックス・ハスは例の試作型宙域制圧兵器、マスターマインドの運用の為に主砲や副砲にVLSなどの数も減らされ、実質的に只の輸送艦と大差無い役割を与えられていた。


配置も艦隊の最後方へと移された為、戦闘の機会も無く最前線と比べて艦内は平和そのものだった。


故にマスターマインドのパイロットであるアーティフィシャンの青年、「ユリス」とは顔を合わせる事が多かったが、一年経っても互いの関係は未だ深まらずにいた。


ある日、格納庫でユリスと話している時に彼はデイヴィットにマインド・スレイヴ・システムの実験に関する話をした。


「実験には俺と同じ肉体年齢のアーティフィシャンが男女半々くらいで大勢参加してたけどよ、どいつもこいつもMSS起動した瞬間頭抱えて訳分かんねえこと叫びながらのたうち回ってくたばってやがんの」


無重力の格納庫で宙に浮きながら喋るユリスの話を、通路の手摺に身を預けながら耳に入れるデイヴィット。


「一番最後の実験なんか凄かったぜ!元気そうな性格の女だったんだがそいつなんか叫び散らしながら実験室内走り回って、挙句の果てに壁に頭突きかましまくって自分で頭砕いて死にやがったんだ。研究員の連中が『スイカ割りみたい』とか言ってたけどスイカ割りって何だ?」


「……お前は平気だったのか?」


質問には敢えて答えずに質問で返すと、ユリスは特にそれを気にする様子も無く笑顔で答える。


「そりゃピンピンだぜ!あいつらみてえなあんなみっともねえ死に方は御免だ!」


笑いながらそう話すユリスを見ながらデイヴィッドは互いの間にある大きな差を改めて実感し、静かに顔を伏せた。


アーティフィシャンは今や人間社会に適応し、共存の道を歩むことが出来ているが、軍用のアーティフィシャンは違う。


兵器としての運用の為だけに育てられる彼らに人間的な倫理観など必要無い。


自分を生み出した企業の為に命を使う。


これを最高の美徳と信じて戦う彼らはその死に何の疑問も抱かず散っていく。


彼等は人間ではないのか。


それとも人間が、人の心を捨てたのか。


デイヴィットも、誰もこの問いに確かな答えを出す事は出来なかった。


==========


《西暦2888年 A-7120宙域》


戦局が膠着状態に陥り前線に何の動きも現れなかった頃、ユリスはマックス・ハスへの配属後初のAFによる模擬戦闘を行った。


トライデント級母艦エーリカの第2369AF中隊「ストレルカ」に加わったユリスの相手は同型艦ヒンメルの第3104AF中隊「レッドバック」。


ユリスの搭乗機は双方の主力機と同じF-7G2「ヴァルチャー」。


F-7「タロン」の武装強化型であり、積載量の増加により火力を重視して高めた戦闘攻撃機型AF。


「おおっ!流石武装強化型、いっぱい積めるな!」


タブレット端末で搭載可能な武装とその数を確認しながら、自分の欲しい物を選択していく。


後は自分が選択した搭載兵装のパターンを送信すると、母艦の格納庫内で注文したデータ通りのアームス・パッケージを構築し、搭載も全て自動でやってくれる。


それぞれの武装を積み終えたヴァルチャー達は電磁カタパルトにセッティングされ、出撃の時を待つ。


《模擬戦開始まで60秒前。ストレルカ隊、レッドバック隊、双方戦闘準備宜しいか》


《ストレルカ01、全機出撃準備完了。いつでもスタートシグナル構いません》


《レッドバック01、同じく》


コックピットのHUD上でカウントダウンが進められる中、ユリスは人生初の対AF戦に胸を躍らせていた。


「今までやたらすばしっこいちっさな標的機ばっかだったからな!生きた人間が乗ったAFと戦えるなんて楽しみだな!!」


《ユリス、あまりはしゃぐなよ。部下達の鼓膜を破壊する気か?》


冗談交じりにストレルカ01がそう言うと、遂にカウントダウンが終了し司令部からスタートシグナルが発信された。


シグナルを受信した双方のAFは次々とカタパルトから射出されていく。


レーダー上で先に発進した部隊がフォーメーションを組み始めている様子を見ながら、ユリスは自分の発進を今か今かと待つ。


《ストレルカ34、ランチ発進!》


《ストレルカ35、ランチ!》


《ストレルカ各小隊、フォーメーション「スプリッツ・クアドロ」! 身を隠せるデブリ群も近くに無い以上、真正面から叩き潰すしかない!》


集結したヴァルチャーの編隊は列を成し、やがて四つの柱を形成する。


対AF戦に於いて真正面からの射撃戦に特化したフォーメーションである。


一寸の狂いも無く編隊を成していく姿を見ていると、ユリス機への発進命令が出された。


待ってましたと言わんばかりにフットペダルを最大まで踏み込み、スラスター出力を最大まで上げる。


「ユリス、「ヴァルチャー・カーネイジカスタム」出るぞ!!」


《支給されたAFに勝手に名前を付けるな!》


ストレルカ01の叱責を意にも介さず、電磁カタパルトによってユリスのヴァルチャーは船外へと射出される。


急加速によって体に一瞬かなりのGが襲い掛かったが、慣性制御システムが作動しすぐに楽になった。


射出された後も最大出力を保ち、フォーメーションを組んでいる味方部隊に追い付く。


数十機もの数のAFが乱れの無い列を成して飛んでいる様は圧巻で、肉眼で初めてそれを見たユリスは感嘆の声を漏らした。


《アーティフィシャンのガキが来たか。編隊最後尾に入れ》


ストレルカ隊の隊員がデータリンクで進路を表示し、編隊への追従を促そうとするがユリスのヴァルチャーは編隊への合流どころか最大出力で追い越してしまった。


「んじゃお先に!」


《あっおい、待て!!》


味方部隊の編隊を無視し、たった一機で真っすぐ敵部隊がいる方へ向かっていく。


《あのガキ……!!管制室、早くアイツの機体を強制停止させ――》


《構わん、寧ろ奴の性質なら自由にさせた方が良い暴れっぷりを見せてくれるだろうさ》


《隊長……》



激昂する部下をストレルカ01が諫める。


その間にもユリス機は加速していき、遂に肉眼ではその姿を捉えられなくなってしまった。


宇宙を極超音速で駆ける一つの光は、上下左右前後と自由自在に動きながら時折飛んで来るデブリを避けつつ向かって来る敵部隊を目指す。


耐Gスーツと慣性制御システムがあるとはいえ、精鋭のパイロットですら速攻で音を上げているような高負荷を齎す機動を行いながら、彼は笑っていた。


「あッははははああああああああッ!!!サイコオオオオ!!!」


狂ったように笑いながら最大出力で飛び続ける。


そしてそんな宇宙空間上の異端な存在をレッドバック隊が見逃す筈も無い。


《12時の方向より高速接近反応!》


《ストレルカ隊の斥候か?》


《いえ!真っすぐこちらに向かって来ているようです!》


レーダースクリーン上を明らかに異常な超高速で移動する光点を見て、レッドバック01はすぐに結論を出す。


《例のアーティフィシャンだ!全機散開、何をしてくるか分からんぞ!》


ストレルカ隊と同じくフォーメーション・スプリッツクアドロで飛行していたレッドバック隊は散開を始める。


4本の柱は崩れ去り、散開した部隊は上下左右それぞれの方向に広がっていく。


ユリス機は散開した編隊の中心に入り込む。


即座にレッドバック隊が攻撃するが、数十機ものヴァルチャーによって放たれた機関砲弾は悉くがユリスの並外れた機動によって躱された。


《避けやがった!?》


《この距離で!?G型であんな機動ができるのか!?》


視界を埋め尽くすほどの100mmアサルトライフルの弾幕をほぼ自身の感覚だけで掻い潜り、編隊を通り過ぎるとユリス機は反転した。


《来るぞ!!》


《第2から第8小隊は弾幕で敵の動きを鈍らせろ!我が隊で奴を落とす!》


《了解!》


反転したユリス機は背部に搭載したアームス・パッケージを展開し、中に格納されていた武器を両手に装備する。


左腕には50mmガトリング砲、右腕に対艦スカッターキャノンを持ち、レッドバック隊へと向かう。


「味方の為に、いっちょこいつら引っ搔き回してやっか!!」








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