第5話 空白の始まり

「艦長、ユリスとの通信回復しました!」


「……!」


戦闘音も止み、静かなマックス・ハスの艦橋内でオペレーターの声にデイヴィットはハッとして顔を上げた。


ユリスと彼の駆るマスターマインドのお陰で壊滅状態の第141艦隊を殲滅したレオナルド社艦隊は、既に負傷者の救護や撤収の準備を始めている。


「敵のECMが止まった…?ユリスから何か来てないか?」


「たった今映像が送られてきました。開きます」


モニターにマスターマインドのメインカメラで撮られた物であろう映像が映し出される。


「これは……!」


送られてきた映像の内容を確認したデイヴィットは思わず声を上げ、他のオペレーター達も唖然とする。


映像には、真っ暗な宇宙を背景に燃え盛る何かの残骸が映っていた。


「映像解析によると……カリスティア社のエンタープライズと完全に一致しました……」


エンタープライズだった残骸は真っ二つに圧し折れて燃え盛り、時折爆発しながら崩壊の一途を辿っている。


宇宙空間でも燃え続けているのは、艦内にこれでもかと詰め込まれたロケットエンジンの燃焼材による物だった。


「なんという……」


どんな攻撃を食らったらこのような惨事が生まれるのか、とデイヴィットが面食らっているとユリスの方から通信が来た。


《こちらマスターマインドよりマックス・ハス、エンタープライズは蜂の巣にして只のデブリに変えてやったぜ!今から帰っから祝杯の準備をしときな!!》


「…お前はまだ酒も飲めん歳の癖によく言う」


《未成年だから飲めねえなんての連中みたいで古いんだよ!それに俺はアーティフィシャンだから過剰摂取したアルコールも自動で分解できるし!》


モニター越しにユリスの元気そうな表情を見たデイヴィットは、安堵の溜息を吐きながら彼の帰りを待った。


==========


暫くして、マスターマインドは艦隊の元まで帰り着いた。


作業中の一般部隊の傍らを240mの巨体が通り過ぎて行く。


多くの兵士達の視線を浴びながら悠々と進む姿は、さながら英雄の凱旋のように見えた。


《あれが、例の宙域制圧兵器…》


《マスターマインドとかいう名前らしい》


《あんなんでもAFの一種なんだな》


《パイロットはアーティフィシャンのガキだって聞いたぜ》


マックス・ハスの姿を捉えたマスターマインドは、ドッキングの為姿勢を整え始める。


《まさか我が社の未来がアーティフィシャン、それもあのような若者に救われるとは、な》


《アーティフィシャンだからこそ、というのもあるんでしょうが。我々人間の大人達は不甲斐ない限りですな》


細かい調整の後、マックス・ハスの船体下部とのドッキングを終えたマスターマインドの背部コックピットハッチが開き、宇宙服姿のユリスが出て来る。


《まだ酒も飲めねえ歳のガキが、エンタープライズを……数十万もの人間を葬ったってのか?》


《ゾッとするな……救われた身とは言え》


マスターマインドから出て艦内に移ったユリスの眼前には、デイヴィットとその護衛の兵士。


それに加えて医療スタッフが何人か背後に控えていた。


「すまんな、父親らしい歓迎も出来ずに」


デイヴィットは僅かに苦笑いを浮かべた。


「いいっての、そんでこの後は?」


「後ろの医療スタッフに着いて行って精密検査を受けろ。その後は検査の結果次第だな」


「分かった、直ぐに済ませて早く皆と祝杯を挙げっぞ!」


「そうだな…………ユリス」


「あん?」


「…この戦争が正式に終わったら、またお前をコロニーに連れて行ってやる」


そう言うと、ユリスは目を輝かせながらデイヴィットに迫った。


「マジか!?本当に連れてってくれんのか!!」


「ああ、約束だ」


「よっしゃああ!!体張って敵旗艦沈めた甲斐があったぜ!!」


大げさにはしゃぐユリスの姿を見て、デイヴィットはその堀の深い皺まみれの顔で微笑んだ。


―アイツが産まれていれば…今頃ユリスみたいに元気に育っていたんだろうな。


ただ、その笑みには様々な感情が混在していた。


……俺にこの子の父親は務まるのだろうか…?


==========



検査の結果では、極度の精神的・身体的疲労が見られユリスは抵抗空しく鎮静剤で眠らされ医療ポッドに収容された。


マインド・スレイヴ・システムなどという作動原理不明な得体の知れない兵器を使ったのだから無理も無い。


というより、マスターマインドの機体そのものが謎に包まれた得体の知れない兵器だった。


小型核融合炉や燃料電池を用いる一般的なAFと違い、マスターマインドはその動力部の構造及び動力源は一切不明。


それどころか装甲の材質、スラスターの燃焼材、今回使用されたカレイドスコープやクラウソラスにズヴェズダなどと言った兵装の動力源すら不明。


どこからあのような無尽蔵とも言えるエネルギーを得られるのか甚だ疑問だが、本社からは何も情報が無い。


しかしマインド・スレイヴ・システムに至っては、本社自らが忠告に来た。


の兆候が見られた場合、直ちにパイロットを殺処分せよ』


本社から唯一得られた情報。


それは、マインド・スレイヴ・システムによるパイロットへの精神汚染のリスクだった。


「ユリスはどうだ?」


医務室に来たデイヴィットは一人の女性医療スタッフに問いかける。


「ええ、ぐっすり眠っていますよ。肉体年齢に相応しく」


そう言って笑う彼女にデイヴィットも安心したせいか、笑みが漏れ出た。


だが、そんな雰囲気を艦内にけたたましく鳴り響く警報が台無しにした。


何事かと艦橋に駆け付けたデイヴィットにオペレーターは焦燥に満ちた表情で告げる。


「あ…アーセリアです!!突如アーセリアの艦隊が出現、我が艦隊に攻撃を仕掛けてきました!!」


これが彼、「ユリス・アートラウド」の1000年の空白の始まりであった。

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