第4話 宙域制圧兵器

護衛艦隊が一瞬で突破され、最奥で守られていた超大型戦闘母艦、エンタープライズの艦内は騒然としていた。


「敵機動兵器、変形しました!!」


「形状から推測するにAFのようです!!」


管制室のオペレーター達の声を聞きながら、艦長のデニスはやはりそうか、とモニターに映し出されたマスターマインドの拡大画像を見ながら呟いた。


「宙域制圧兵器構想……我が社が失敗したプロジェクトをまさか奴らが完成させるとは」


「敵AF、接近します!」


レーダースクリーンを見ると、マスターマインドは他の艦艇やAFとは比べ物にならない速度でこのエンタープライズに向かって来ていた。


音速の何百倍という超高速で向かって来るのを確認したデニスは次の指示を出す。


「VLS発射管200番から600番を解放!目標敵超大型AF、サルヴォー斉射!」


「FCSオールグリーン、射撃モードサルヴォ。VLS発射管200番から600番の解放を確認」


オペレーター達が落ち着いた所作で淡々と操作を行い、エンタープライズの全周に搭載された夥しい数のVLS発射管が一斉に開いた。


「目標敵超大型AF、捕捉。攻撃準備完了!」


ッッ!!」


「発射!サルヴォ!!」


デニスの号令に応じて、合計400発もの艦対空ミサイルがマスターマインド向けて放たれる。


マスターマインドのメインカメラも、その大量のミサイルを捕捉した。


普通なら生還を諦める程に過剰を極めた攻撃だが、一個艦隊を相手にすることを想定されたこの宙域制圧兵器の名は伊達ではない。


マスターマインドはミサイルから逃げるどころか更に加速して突っ込んでいく。


「さあ、動いてくれよ!!」


ミサイルの群れは加速するマスターマインドの回避機動を予測し、逃げ道を絶つように機体の周囲を取り囲む。


この時、マスターマインドのHUDには「エネルギー充填率100%」と表示されていた。


取り囲んだミサイルは、高速で加害範囲内にマスターマインドを収めようと接近してくるが、ここである兵装が起動する。


「…エネルギー放出!!」


瞬間、マスターマインドの周りを巨大な爆炎が包み込んだ。


数百発のミサイルが一斉に炸裂したのだ。


「当たったのか!?」


様子を見ていたデニスは思わず立ち上がる。


オペレーター達は敵AFの状況を調べていたが、目の前に広がる現実を見た彼らは悲鳴にも近い声を上げた。


「どうした!」


「か、艦対空ミサイル…全弾……こ、効果なし!!目標健在!!」


「……馬鹿な!?」


爆炎の中から姿を現したのは、未だ速度の衰えぬ無傷のマスターマインドだった。


==========



「全く、全兵装が試験運用段階ってのは生きた心地がしねえな…!」


あの時、敵艦の対空ミサイルを迎撃したのはマスターマインドに搭載された最新型のハードキルAPSアクティブ防護システム、「ズヴェズダ」。


内部に充填したエネルギーをバリアとして全方位に放出する兵装だ。


放出されたエネルギーはほんの一瞬だが、球状のバリアの様な物を形成し敵弾を防ぐ。


ミサイル系統の兵器なら完全な無力化が可能であり、その他の無誘導の砲弾などに関しては持ち前の機動力で躱せる上にズヴェズダでも完全な停止は望めなくとも、大幅な威力の減衰は期待出来る。


「この調子ならエンタープライズの懐に飛び込める…!!」


ミサイルが効果なしと知るや否や、エンタープライズはCIWSや副砲のレールキャノンでの迎撃に切り替え始めた。


機関砲弾と高速徹甲弾がまるで嵐のようにマスターマインドに襲い掛かる。


メインカメラで敵弾を捕捉し、機体内部のコンピュータがコンマ1秒を遥かに下回るスピードで弾道を予測。


HUD上で即座に幾つかのパターンの回避機動を提案する。


「当たるかァ!!」


提案された幾つかの機動パターンの中で、最もエンタープライズに素早く接近できるパターンCを選択しそれに従って砲弾の嵐を掻い潜る。


時に手近なデブリを盾にしながら、進路を変えず高速域を保ち続ける。


嘗て何千ものAFや艦艇を葬って来たエンタープライズの誇る苛烈な弾幕を躱すマスターマインドの姿は、まるで未来予知でもしているかのように見えた。


カリスティア社最新鋭のFCSでさえ追跡が追い付かないという事実に、エンタープライズの艦橋の人々は皆開いた口が閉じなかった。


「駄目です!!懐に入り込まれます!!」


「クソ!!全カタパルト解放!!AFを全て発艦しろ!!」


「しかし攻撃を受けている最中にカタパルトを解放するのは危険です!!」


エンタープライズは、基本的に付近に敵がいる時はカタパルトを解放してはならない。


何故なら1200機同時発艦可能という性能を実現する為に、エンタープライズの船体は至る所の全周にカタパルトを配置している。


つまり、敵機が近くにいる状態でそれを全部解放しよう物なら敵に向けて1200ヵ所の弱点を曝しているのと同じなのだ。


「構わん!!このままではどの道沈められる!!」


「艦長!!て、敵AFの温度急上昇!!」


「今度は何だ!?」


モニターに映し出されたのは、高速で迎撃を躱しながら肩から巨大な砲身の様な何かを展開するマスターマインドの姿。


給弾機構と呼べる物が見当たらず、実弾兵器には見えなかった。


拡大画像を見たデニスはそれが何かすぐに検討が付いた。


「光学兵器……荷電粒子砲か!!」


嘗て艦艇に搭載する兵器として開発が進められていたが、使用電力やコストパフォーマンスなど諸々の問題が解決できずに量産計画が頓挫した兵器。


カリスティア社で唯一荷電粒子砲を使用しているのはこのエンタープライズの主砲である3基の5連装砲のみ。


デニスはAF用に小型化するなど有り得ないと思ったが宙域制圧兵器構想を完成させたレオナルド社なら、と内心納得しかけてしまう自分もいた。


だが、荷電粒子砲に関してはエンタープライズは想定済みだった。


対光線攪乱弾ABD発射用意!!」


「発射管解放!予測弾道への照準固定完了!」


ッ!」


VLSとはまた別に配置された発射器から10発のミサイルが放たれる。


しかしそれは只のミサイルではない。


荷電粒子砲が開発された直後に対抗手段として生まれたのが、対光線攪乱弾である。


荷電粒子束を粒子加速器で放つ荷電粒子砲は電磁場の影響をとても受けやすく、容易に偏向或いは消滅してしまうという特性を持っている。


対光線攪乱弾はその特性を利用した、弾道上に一時的に強力な磁場を発生させ敵が放った荷電粒子砲を攪乱する兵器。


これもまた、荷電粒子砲と共にエンタープライズしか装備していない兵器だった。




一方で、肩部の射撃兵装の展開を終えたマスターマインドはエネルギーの充填も間も無く終えようとしていた。


右肩から顔を覗かせるのは本体と大差無い程に長大な砲身と、尾部には動力部から送られたエネルギーを充填するセルが8つ繋がっている。


苛烈な対空迎撃を受けながらの攻撃準備だが、マスターマインドの素の性能の高さのお陰で順調に進んでいた。


「やっぱりABDを撃って来たか。まあ……普通はそうするよな」


視界のHUDの傍らにエネルギーの充填が完全に完了したことを告げる通知が表示された。


「エネルギーセル接続、動力路解放」


砲尾部で横倒しになっていエネルギーセルが直立し、エネルギーを供給し始める。


「目標エンタープライズ、カタパルトハッチ。照準固定完了」


砲身内部に込められたエネルギーはやがて強い光を放ち始める。


それはみるみるうちに肥大化し、光はマスターマインドの機体を覆い尽くす程になった。


砲身はエネルギーの急速な集束によって凄まじい熱を放ち、砲身内部の加速装置が赤熱し始める。


「不沈艦の称号を今ここで引っぺがしてやる!」


予測弾道上ではすでにABDが着弾し磁場が発生しているが、それを意に介さずユリスは引き金を引いた。


「クラウソラス、発射ッ!!!」


クラウソラス、地球のブリテン島に古より伝わる光の魔剣。


民話の中で描かれたように、この暗黒に包まれた宇宙を照らす太陽の光よりも眩い光が一筋、迸った。


クラウソラスの光線は、ABDの磁場による影響を全く受けずに通過した。


それも当たり前だ。


この兵器は荷電粒子砲などという既に常識化された原理と技術で作られた兵器ではないのだから。


「焼けろおおおおッッ!!!」


放たれた光線は、見事エンタープライズの上部カタパルトハッチの1つに命中した。


対艦ミサイルやレールキャノンの撃ち合いを想定して作られた筈の強固な装甲は、まるで水飴の様に溶けて吹き飛ばされ、大穴が穿たれた。


内部の格納庫どころかその後ろのまた後ろ、と直線状にある全ての区画を一瞬で貫いた光線は反対側の装甲を突き破って飛び出た。


エンタープライズの弱点を作戦開始前に既にデイヴィットより聞かされていたユリスは、クラウソラスが無事命中し装甲を貫通する様を見て笑みを浮かべた。


「装甲さえブチ抜かれれば只のハリボテよォ!!」


不沈とさえ恐れられたこのエンタープライズの弱点とは、装甲を貫徹された際の損傷に対する船体基部の脆弱さだった。


スペースコロニー並みの大きさの船体を艦隊に追従させる為に大量に配置したロケットエンジンの燃焼材。


そして夥しい数の砲台とミサイル発射器、数千機の艦載機の為の弾薬庫。


こんなものを大量に積み込んだ船が被弾し、装甲を破られればどうなるかなど一目瞭然だった。


「第72ブロック及び第69、61、78ブロック完全に消滅!!第74ブロックを中心に複数の区画を巻き込んだ甚大な火災が発生!!」


「副兵装の28%が機能停止!!」


「消火だ!!第56、57、58ブロックの部隊を消火に向かわせろ!!他のまだ無事の区画は弾幕を絶やすな!!」


的確な指示を出しつつも、デニスの脳内は錯乱していた。


―何だ、何だ、何だと言うんだ。


荷電粒子砲だと確信したそれはどう見ても荷電粒子砲の威力ではなかった。


最高の防御力を誇るこのエンタープライズの装甲が解けるどころか、まるでかのように貫かれた。


「消火活動、現在も進行中!順調との通達です!」


「撃ち抜かれた格納庫がもぬけの殻だったのは不幸中の幸いか……」


幸運にも、撃ち抜かれた区画はほぼ全てのAFが不在であり度重なる出撃により弾薬庫も空だったので船体の崩壊は免れた。


しかし、マスターマインドにクラウソラスを使わせた時点で結末は既に決まっていた。


「敵AF、温度再上昇!!次弾が来る恐れあり!!」


モニター上で再び輝きを放つマスターマインドを呆然と見ながら、デニスは艦長席から滑り落ちながら叫び出す。


「……馬鹿な!!嘘だ!!ふざけるな―――」


次の瞬間、デニスのいた艦橋は周りの区画を巻き込んで消滅した。


《第23、15、19ブロックの音信途絶!!》


《こちら第18ブロック!!誰か、誰か応答してくれ!!》


《第98ブロックで弾薬庫誘爆!!第60ブロックもだ!!》


《燃焼材に引火してる!!メインシャフトが焼かれてるぞ!!》


《外郭だけじゃない!!メインシャフトそのものが融解し始めている!!ダメコンが間に合わない!!》


《燃焼材が、燃焼材が!!》


《船体が歪み始めた!!もう駄目だ!!》


《総員退艦!!エンタープライズがぞ!!!》




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