第3話 思いは、人を殺せる

遂に、それは始まった。


「動力炉及び駆動系、機体制御、慣性制御システム全て異常無し!システムオールグリーン!!」


その巨体はそのあまりの大きさからマックス・ハスの格納庫に収めることが出来ず、船体下部に直接固定している。


彼が乗っているのもAFの一種であるがAFというのは、大きさによって定義はされていない。


同じAFという名前でも、地上での市街地戦用の全長5~6m程度の機体からこのユリスが乗る機体のような240mという超大型の物も存在する。


宇宙で運用されるのは殆どが全長9~10mの機体である。


「MSSも異常無し!いつでも発進出来るぞ!」


《了解、発進を許可する》


艦長がそう告げると、艦内に警報が鳴り響く。


《艦内各員に次ぐ!総員耐ショック体勢!繰り返す、総員耐ショック体勢!》


ユリスのAFのスラスターと補助ロケットブースターに火が灯り、それは急速に勢いを増していく。


コックピットの中でユリスは、閉じていた目を開き、一呼吸置くと叫ぶ。


「発進する!!」


その瞬間、宇宙空間に一際眩い閃光が迸った。


悍ましいレベルの急加速により、ユリスの機体は艦橋から見ると既に輝く一つの点になるまで遠ざかっていた。


急加速による衝撃波で激しく揺れるマックス・ハスの艦橋の中で、デイヴィットは敵艦隊へと向かっていくユリスを見届ける。


「必ず、生きて帰れ……我が息子よ」


==========


ユリスは内心焦っていた。


今までの戦場でも、彼と彼の機体は出撃を許されずただ味方が死んでいく様を唇を噛み締めながら見ている事しか出来なかった。


彼が出撃すれば多くの人々が助かったであろう戦いも沢山あった。


自分が助けられたかもしれない命。


それが目の前で無残に散っていくのを見てきたユリスは、この機会を逃すわけにはいかなかった。


だからデイヴィットにもあんなに取り乱して自分の言いたい事を好き勝手捲し立ててしまった。


そして、出撃が許されこうして戦場に降り立つ事が叶った今、彼の心は澄み切っていた。


「やれる事を全力でだ……行くぞ、!」


マスターマインド、それが彼の機体の名前。


宙域制圧兵器構想が生み出した一柱の巨神。


最新の技術と、載せれる限りの強力な武装と防御兵装を満載した言わば、レオナルド社の誇る最新技術の集大成である。


たった一機で敵艦隊を殲滅し、戦場をひっくり返すゲームチェンジャーとして開発されたその機体のテストパイロットとして選ばれたのが彼、ユリス。


ユリスは、母の胎内から生まれた自然の子ではない。


見た目も能力も、性格以外の全てを第三者の手によって設計され、培養セルの中で胎児から青年の肉体年齢に至るまでたった4日という日数で育てられた。


だから、ユリスには苗字が無い。


ユリスは只のユリスなのだ。


「見えた……敵艦隊!」


マスターマインドの複合型メインカメラが第141艦隊の姿を捉える。


彼等はレオナルド社艦隊とその艦載機の総攻撃に手一杯で此方に対処する余裕は無さそうに見えた。


これを好機と見たユリスはスラスターの出力を更に上げる。


拡大しないと見えなかった敵艦隊の姿が徐々に鮮明になっていく。


「よし……!全機体制御をMSSに委託。MSS起動!」


マスターマインドには、ある最新鋭の機体制御システムが搭載されている。


その名は「マインド・スレイヴ・システム」。


通称MSSと呼ばれているそれは、人間の意思を直接機体制御に反映するシステムである。


今までは人間の脊椎に専用の接続機器を埋め込み、伝達命令をダイレクトに機体に伝えたりなどリスキーな方法が試されていたがこのシステムは脳からの伝達命令ではなく人間の意思、つまり思いそのものを機体に伝える。


それにより、機体は完全にパイロットと一体化する事に成功した。


スピリチュアルな言い方をすると、パイロットの魂を乗っている機体に宿すような物と言える。


MSSの恩恵は、神経伝達を用いる旧世代のニューロ・リンク・システムが人間の脳内での動作命令をトレースするだけの為、手持ち武器しか使えないのに対して遠隔操作型の兵器など、人間の身体構造上操作不能な兵器も使用可能になったという所だ。


そしてMSSの性能を最大限引き出すには、を持つパイロットが必要だった。


レオナルド社が管理するアーティフィシャン人造人間の中でも感情の起伏が激しかったユリスが選ばれたのはその為である。


「MSS起動確認!思考転送開始まで5、4,3……」


ユリスがカウントダウンを始めると、座席の裏から拘束具が現れ体を座席に固く固定する。


MSS起動時に体から力が抜けてしまうため、怪我対策による物だ。


「2、1……!」


ゼロ。


そう言った時、ユリスの視界は暗転し、そして直ぐに明るくなった。


現在の彼が見ているのは、マスターマインドのメインカメラが捉えている映像だった。


この時、ユリスの魂は完全にマスターマインドに乗り移ったのだ。


「こちらマスターマインド!これより敵艦隊を突破する!!」


燃料切れの補助ロケットブースターを切り離し、身軽になったマスターマインドが艦隊の中央に突入する。


《12時の方向に未確認の機動兵器を視認!!》


《かなり大きい!!巡洋艦並みのサイズだぞ!!》


《速過ぎる!!迎撃間に合いません!!》


艦隊前衛が放って来た対空ミサイルもレールキャノンの砲弾もその悉くが掠りもせずに、マスターマインドのそばを通り過ぎていく。


《このままではエンタープライズに到達されます!!》


《あの機動兵器を何としてでも止めろ!!どのような武装を持ってるか分からんぞ!!》


マスターマインドの迎撃を試みる第141艦隊だが、艦隊中央に潜り込まれた時点で既に彼らの運命は決していた。


「エネルギー充填完了、全砲門展開完了!」


機体の全周を覆う装甲から、百を軽く超える小型の砲門が姿を現した。


その砲門一つ一つが眩く輝き始め、攻撃開始の予兆を報せていた。


視界内のHUDに発射可能を示すメッセージが表示されると、彼は躊躇い無くそれを撃った。


「カレイドスコープ、発射!!」


瞬間、マスターマインドの機体の全周から幾百もの光線が放たれた。


光線は艦艇やAFに接触するとその装甲を融解させ、貫いた。


マスターマインドが通り過ぎるだけで周囲の艦艇は黒焦げになり、運の悪い艦艇は弾薬庫や動力炉に直撃し大破、或いは轟沈した。


《こちらジャクソン!!敵は新型の光学兵器を使用している模様!!繰り返――》


《退避しろ!!当たればAFは只では済まんぞ!!》


《迎撃どころか近付く事すら出来ない!!》


たった数秒の照射で多くの艦艇やAFが周囲で爆ぜた。


この調子で敵艦隊を突破しようとスラスタ出力を更に上げる。


第141艦隊は何も対処をする事が出来ずにただ、彼の新路上から全力で逃げる事しか出来なかった。


正しくカレイドスコープ万華鏡の名に相応しい美しさの光の奔流は、瞬く間に第141艦隊の前衛を壊滅させた。


光線の照射を終えると、砲門は装甲内部へ収まり装甲自体も背部へ格納された。


敵艦の残骸漂うこの宙域で、ユリスは遂に目標をその目に捉える。


「やっとお出ましだ……エンタープライズ!!」




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