第8話ノアと幼女

 ノアとミーシアがまちに繰り出した日、メディアス家にはある男爵家が面会に来る予定が入っていた。

 男爵家の家紋を意匠とともに貼り付けた馬車に乗っているのは男爵家の当主と召使い、そして雇っている魔法使いである。


「メディアス様の領地は賑やかですなあ。我がまちもこれを目標にせねば……!」


「そうでございますなあ。これだけ活気あるまちを領内につくれたならば、我々も民も喜ぶでしょう」


 窓から活気あるまちを見ながら熱い理想を語る男爵と、微笑ましげに同意する年老いた召使い。

 彼らはメディアス家の派閥ではなかったが、あまり位が高くない爵位である分対立意識も薄い。

 尚且つ先代が武功で爵位を手に入れ、先代の武人らしい仁義や思いやりを重視する教育を受けた聡明な人物であるため、男爵は素直にメディアス家の政を尊敬していた。


 一方その会話をつまらない、と内心で吐き捨て、何気なく窓の外に目をやるのは魔法使い。

 彼はなかなかに優秀な魔法使いであり、高い出世欲とそのためにはなんでもできる精神性を持ち合わせていることから、一時は伯爵家に雇われている時期もあった。

 そして、不祥事がバレて派閥内の男爵に仕えることに不満を溜めていた。


「やはりもっと商人を呼び込んでーー」


「アリでごさいますぞ!ーー」


 盛り上がる二人の言葉を聞き流しながら、流れる景色をぼーっと見ていると、青髪のとんでもない美人が目に入る。


「やべぇな、あれ」


 気の強そうな顔を、プライドをぐちゃぐちゃにへし折って最後には侍らせて好き放題する。

 下衆な妄想が捗る。

 しかし、ピンク脳はその女に首輪をつけられている女みたいな美顔の子どもを見た時に吹っ飛んだ。


「……! あいつは」


 昔伯爵家の依頼で襲った風の大魔法使いの奴隷じゃねえか!


 奴隷にこのことを暴露され、伯爵家ごと消されるリスクと、この生き証人を消したことによる再出世を想像し、魔法使いはノアの暗殺を決意した。




 ☆☆☆☆☆☆




 俺はハグ号泣事件以降、屋敷内での自由行動を許されていたのだが、最近ストーカーに遭っている。


「……なーんか気配を感じるなー?」


 ちらり、と後ろを振り返ると、青い髪の毛がふぁさあっ、と棚引いて廊下の角から消えていくのが見えた。


「気のせいかー」


 とん、とん、とん

 とてとてとてとてとて


 俺の歩く音とは違った足音が耳に入る。


「んー? 足音がするな?」


 ちら、と後ろを見ると、植木鉢に植えられた植物の後ろに何者かが隠れている。


「おかしいなあ、確かに足音が聞こえたと思ったんだけどなあ」


 俺は頭をポリポリと掻きながら自室へと入った。


 そして数秒後。


「おりゃーっ! あんしゃつせーこー!」


 扉がバタン、と開いて幼女が俺に飛びついてきた。


「う"、うわ〜、たおされた〜」


 そして俺は幼女に倒されたのだった。


 ……なんてお遊びを最近はよくしている。

 ことの経緯はハグ号泣事件の後、子どもには面倒見がいい事を知ったミーシアが妹を部屋に連れてきたのだ。

 ふと初めて出会った日のことを思い出す。




「ねえちゃ、このおんなのこだあれ?」


 まだまだ幼いが、将来は姉に似て美人になりそうな幼女がミーシアに連れられてきた時は俺もびっくりした。

 妹いたなんて知らなかったし。あと女じゃねえし。


「この子は妹のリリムよ。最近いろんなものに興味持ち出して、屋敷内を動き回るのよ。うちのメイドはみんな仕事してるからつきっきりで面倒見るのは難しいって言ってるの。だから遊び相手になってあげてね」


 あ、確定なんですね。

 ミーシアは「あのお兄ちゃんはノアって言うの。これから毎日いつでも遊んでくれるって言ってるわよ!」なんて言いながら俺を指差す。

 リリムちゃんは目をキラキラさせてぴょんぴょん飛び跳ねている。

 ……断れない。


「のー、あそぼっ!」


「わかった! 何して遊ぶ?」




 なんて流れで俺たちの交流は始まったのである。

 最近はスパイごっことか暗殺者ごっこが流行っているらしく、リリムちゃんはよく俺を暗殺する遊びをやっている。


「のーっ、えほんよんで?」


 そう言って彼女は服の中から本を取り出す。

 ぶつかられたとき妙に痛かったのは本の角が腹に突き刺さったからか……。


「いいよ、なんの本?」


「これっ! こんやくしてるおうじさまが、うばわれちゃったけんについて、っていうやつ!」


 え、ええと婚約してる王子様が奪われちゃった件について……?


「え!? ち、ちょっとそれはダメかもな〜。……ほら、これとかどう!? "フェンリルと魔法使い"ってやつ!」


「いーやーだー! これがいいのーっ!」


 なんつータイトルだ。

 流石に教育に悪いと思い、他のを薦めるもリリムちゃんの意志は固いらしく、全然折れてくれなかった。

 俺はどうしよう、と頭を悩ませるのだった。




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