第38話 公認

「マジかっ」


 目を輝かせ喜んでいるのは信吾。


 週明けのサッカー部朝練。タケルは、翔と信吾に志穂と晴れて両想いになったと話したのだ。もちろん、細かい話は全部省いたが。


「有野さん、やっとわかってくれたか~」

 翔も安堵の息を漏らす。

「二人にはほんと、色々協力してもらって、ありがとう」

 改めて礼など述べるタケルに、二人が笑う。

「真面目かっ」

「ま、これからだぞ、タケル」

「そうだな」

 両想いになったからそこで終了なわけではない。どちらかというと、これからなのだ。

「嫁までの道は遠いな」

 ボソッと呟くタケルに、二人が爆笑する。

「嫁って!」

「そんな先のことまで考えてんのかよっ!」

「はっ? 考えるだろ? 普通にっ」

 ムキになって言い返す。

「いや~、さすがにそこまでは……なぁ?」

 翔が信吾に言う。

「まー、俺もつばさのことは好きだけど、結婚までは考えないわなぁ」

 信吾も続く。

「先の話は別として、とりあえずは長続きするように頑張れや、タケル」

「そうそう。応援しててやるからさ」

「お、おぅ」

 なんとなく、腑に落ちないタケルであった。


*****


「有野さんおはよう! 聞いたよ、やっと纏まったんだね、おめでとう!」


 教室に入るなり、翔が大声でそう言った。教室中の注目が私に集まる。


「へ?」

 私は赤面しながら、その場に固まった。

 クラスが一瞬で一つになった瞬間である。


「え? もしかしてっ?」

「やっとなの~?」

「付き合うことになったんだ!」

「おめでとう! 有野さんっ」

 大騒ぎで私の周りに人が群がる。

「はよー」

 何も知らずに入ってくるタケル。当然、

「タケル、おめでとう!」

「お前、やっとかよ!」

「大和君よかったね!」

 と、もみくちゃにされ……、

「は? なに? え?」

 混乱するタケル。


 更に混乱が続く。


「おいこら、大和ぉぉ!」

 教室に入ってきたのは、蓮。

「お前、ガセネタ流してんじゃねぇぞっ。なんだよ、大和と有野が付き合うとか根も葉もない嘘をっ、」

「嘘じゃないよ、それ」

 蓮の後ろから、信吾が言った。

「はぁぁ?」

 蓮が、目で私を探し、

「有野っ?」


 私、視線を外しながら、頷く。


「嘘だろぉぉぉぉ!」

 蓮がその場に崩れ落ちた。教室がドッと沸く。蓮は茫然自失、といった風。


「蓮っ、こんなとこにいたのっ?」

 タイミングを見計らったかのように今度はあずさが現れる。

「あんたねぇ、今日は私と一緒に日直なんだから、ちゃんと仕事してよねっ」

 蓮の背中をバシンと叩き、立たせる。

「さ、行くよっ」

 ふにゃふにゃしている蓮の背中を廊下に押し出す。ひょこ、と顔だけを教室に戻し、

「有野さん、おめでと!」

 と言って去った。


「なんだかすごい祝福されちゃってるねぇ?」

 のんびりと、香苗。みずきはまだ朝練から戻っていなかった。

「そんなに大騒ぎすることじゃないのにぃ」

 私はこれ以上の視線を拒否するため、机に突っ伏した。しかし、


「有野さんっ!」

 頭上から、声。つばさだ……、


「聞いたわよ! おめでとうっ。やっと二人が結ばれたのねっ」

 うっとりした視線で、つばさ。

「いつ告白されたのっ? どこでっ? あ、そうか、告白はもうされてたんだっけ。ってことは、どんなシチュエーションでOKしたのっ? なにが決め手?」

 弾丸トーク炸裂である。つばさと仲のいい子たちまでが群がり、私は質問攻めにあっていた。


「おはよ……って、志穂が囲まれてる……」

 みずきが教室の入り口で立ち止まり、遠巻きに志穂を見る。

「一気に広まったな」

 情報を広めた張本人である翔が、満足そうに腕を組んで深く頷いている。

「相田君の仕業?」

 みずきが聞いた。

「うん。俺の仕業」

「何のため?」

「面白がったの半分と、あとは、二人のため。こうやって周り巻き込んで一気に広めちまえば、誤解も生まれないし、やっかむ暇もなくなるかな、って」

「うん、いい仕事したと思う」

 みずきが翔の肩を叩いた。


 「付き合っているのかもしれない」は誤解を生む。だったら最初から大々的に「付き合うことになりました」の方が分かりやすくていい。みずきも同意見だ。タケル狙いの女子への牽制にもなるし、双子への拒絶の意も示せる。


「実際はそう簡単じゃないのかもしれないけどね」

 今更つまらない嫌がらせなどはないと思うが、どこにでも納得しない輩というのはいるものだ。

「これからだろ、この二人は」

 そう言うと、囲まれてる大和の輪の中に入っていった。


*****


 昼休みである。


 私は、今日三度目になる呼び出しを食らっていた。

「じゃ、本当なんですねっ?」

 一年生三人組が私に詰め寄る。私が頷くと、三人の顔がパーッと晴れた。

 後夜祭で話しかけてきた三人だった。どうしても真相を確かめたかったとのこと。

「嬉しい~!」

「やっとロミオとアリアナがっ」

「結ばれてよかった~!」

 思ってたのと違う内容に、私は若干の肩透かしを食らう。休み時間に呼び出された前二件はどちらかというとクレーム?に近かったのだ。いわゆる『なんであんたみたいなのが大和君の彼女なのよ!』というそれ。


「お幸せに!」

 そう言い残し、三人は楽しそうに去って行った。そんな三人を見送っていると、後ろから肩を叩かれる。

「ん?」

 振り向くと、仁。

「あ、仁君」

「有野、マジで?」

 悲しそうな顔でそう言ってくる仁に、私は頷く。

「ごめんね」

 謝るのもおかしな話かもしれないが、この場面でごめんねは間違っていないはず。

「あーあ、あいつに取られちゃうのかぁ」

 仁が私の髪を触った。

「取られちゃうって……私、別に誰のものでもないし」

 やんわりと仁の手をどける。

「ま、そうだよな。有野は有野だ。大和に飽きたら俺んとこ来いよ。待ってるから」

「待たなくていいよ」

「じゃ、奪いに行く」

「それもダメ」

「ケチだな」

「そうだね」

 ふふ、と私が笑う。


「……蓮がさ、すげー落ち込んでた」

「ああ、日野さん迎えに来てたね」

「あの二人、くっつくのかなぁ」

 仁が複雑そうな言い回しで、呟く。

「反対なの?」

「いや、賛成。あずさはずっと蓮が好きだったみたいだし」

「じゃ、やきもち?」


 どっちにだろう? あずさに? 蓮に?


「当たり前だった関係がなくなるかもって思うと、怖くなる。あずさも蓮も、俺には大事だからな」

「そっか。仁君は優しいね」

 何の気なしに、言ってしまう。

「……お前、ほんとにっ」

 仁が口元を抑え、顔を赤くする。

「そういうとこっ! 気を付けろよ!」

 ワシワシッと私の頭を撫でつけ、戻って行った。


「そういうとこ……とは?」

 私はよくわからず、ぐしゃっとなった髪のまま、教室に戻ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る