第29話 偶然と必然

「じゃ、一旦ここで解散ね、また明日! あ、でもカラオケ行く人はこっちね~」


 つばさが仕切っている。隣には信吾。すっかり仲良くなったようだった。


「ね、有野さんはどうする?」

 翔が聞いてくる。

「うーん、私はいいかな。本屋に寄って帰るよ。疲れたし」

 文化祭の疲れも溜まっている。何しろ色々あったし。

「そっか、残念!」

「みんなによろしく言っておいて」


 声を掛けると無理やり連れて行かれそうだったので、私は翔にだけそう告げると、集団の中からそっと抜け出した。


 タケルは他の男子たちに囲まれていたので、あえて声は掛けなかった。


 文化祭も終わり、来年はいよいよ受験生。なんだか時間の流れはあっという間だ。

 私は商店街まで足を伸ばし、本屋に入った。欲しかった小説を手に取り、しばし中をうろつく。


 書店には、独特の匂いがする。

 実際本当に匂うのかは知らないが、なんとなく、紙の匂い? 森の匂い? だろうか、そんな香りがするような気がして好きだ。


「つっかまーえたっ」


「ひゃあっ!」

 後ろからいきなり抱き締められ、手にした本を落としそうになる。

「ちょっ、やめなさいよっ」

 遠慮なく肘鉄を食らわせ振り返ると、蓮がいた。

「痛い! マジで痛い……」

 脇腹の辺りを押さえ、悶える。

「有野、酷いっ」

「どっちがよ。変態!」

 いきなり抱きついてくるとはどういう料簡かっ。

「冷たい有野も可愛いな」

 頭を撫でようと手を伸ばしてくるが、その手を跳ね除ける。

「やめい!」

 そのままレジへ進み、会計を済ませる。その間、蓮は黙って私を待っていた。


「ねぇ、こんなところで会うなんて、運命じゃない?」

 レジから戻った私に蓮が嬉しそうに言う。

「単なる偶然でしょ?」

 私はそう言って出口に向かった。何故かぴったり付いてくる、蓮。

「どこか出掛けてたの?」

「文化祭の打ち上げ」

「ああ、そっか。で、他の人は?」

 辺りを見渡す。

「二次会は断ったの。ねぇ、付いてこないでよ」

 通りの隅、立ち止まって言う。

「つれないなぁ、有野。もっと普通に世間話しようぜ?」

「無理やりあんなことしてくる人と世間話は出来ません~」

 意地悪くそう言ったのだが、何故か蓮は嬉しそうな顔をする。

「無理やりあんなこととか、言い方! 有野エロいって」

「……はぁっ?」

 慌てる私を見て、また嬉しそうな顔をする。

「ほんと有野って、面白いな」

 馬鹿にされてるっ。


 私は蓮を無視して歩き始めた。

「ねぇ有野、私服めっちゃ可愛いな」

「そりゃどうも!」

 早足で歩くも、相手の方がリーチが長い。まったくもって差が縮まらない。

「このあと予定あるの~?」

「帰る!」

「ってことは……予定はないんだ。じゃ、これからデートしよう」

「しない!」

「断らないでよぉ、有野ぉ」

 あああ、しつこいぃぃ!


「おっとぉ、ヤバっ」


 蓮が遠くを見て何かに気付く。パッと私の口を後ろから塞ぎ、もう片方の手で腰に手を回した。そのまま引きずるように路地に連れ込まれる。


「むぅぅぅ!」

 精一杯暴れるも、蓮は背も高く力も強い。ビクともしない。

「有野、ちょっと黙って! あずさがいたっ」


 あずさ……ちゃん?


通りに背を向ける格好で、狭い路地に密着する。耳元で蓮の息遣いが聞こえる。

「有野、いい匂いする」

 わざと耳に掛かるような声で、蓮。

「あ、耳弱いんだよね。これ、ヤバい?」

 フーッと耳に息を吹きかける。

「むぅぅ!」

 肘鉄を食らわせたいところだが、私の両手を蓮が片手で拘束されており、抵抗出来ない。

「有野、可愛い。キスしていい?」

 私は全力で首を横に振る。

「駄目でもしちゃおうかな…」

 蓮が私を押さえつけたまま、耳たぶにキスをした。そして、私は、キレた。


 ゴンッ


 渾身の頭突きである。

 痛い……、


「ってぇ~」

 蓮の腕の力が弱まった。このチャンスを逃す手はなし! 私は蓮の腕を振りほどき、大通りへ駆け出す。しかし、逃げ出そうとした足が、止まる。あれって……、

「有野っ」

 すぐ後ろから、蓮が出てきた。

「ねぇ、あずさちゃん、絡まれてるみたいなんだけどっ?」

 私は蓮に向かって言った。

 道の端で、あずさが誰かに腕を掴まれているのだ。

「チッ、あの野郎」

 蓮の表情がこわばる。そのままダッと駆け出すと、あずさの元へ。


「お前、何やってんだよっ」

 あずさの手を掴んでいる男を引き剥がし、ねじ伏せる。男は「いてててて」と情けない声を上げ、大人しくなる。

「とっとと失せろっ」

 蓮が男の背中をバン、と叩くと、男は面白くなさそうな顔をしてその場から立ち去った。私は二人の元へ行くと、

「大丈夫っ? 警察、電話した方がいい?」

 と携帯を取り出した。


「駄目っ!」

 涙目であずさが言う。

「あれ、親だから……」

「……え?」

 父親……なのか。

「大丈夫か、あずさ?」

 蓮がかがんであずさに聞く。あずさは黙って蓮に抱きついた。

 私は蓮に「じゃ、私行くね」と言い、その場を後にすることにした。蓮はあずさをしっかり抱きしめたまま「悪い」とだけ答えた。


 そうね、あんたは悪いわね。


 私は大きく頷いて、家路を急いだ。


*****


 帰り道、携帯がブブブ、と震える。見ると、タケルからだった。


「もしもし?」

『あ、有野さん? あ、えっと、もう家に帰っちゃってるかな? 今、どこ?』

「今……、もうすぐコンビニの辺り」

「わかった! ちょっとそこで待ってて!」


 プツ


 こちらの返事は待たず、通話は途絶える。

「もぅっ」


 どいつもこいつも勝手だなぁっ。


 私は仕方なくコンビニに入り、カフェオレを買った。外に出て、飲んでいるとタケルが走ってやってくる。


「あっ、ありっ、有野さっ」

 息も絶え絶えだ。全力疾走しすぎだろう。

「ちょっと、大丈夫? 落ち着いてよ。何か飲むもの買ってこようか?」

 コンビニを指して言った。が、なにを思ったかタケルは私の手からカフェオレを奪い、それを飲んだ。

「ちょっ!」

「はぁぁぁ、生き返った~」

「私のっ」

「あ……ごめ……、」

「……いいよ、あげるから」

 私はそのままどうぞ、と両手を上げる。と、すかさずタケルが

「有野さん、なんかあった?」

 と私の手を取った。

「え?」

「手首、痣みたいになってない?」

 あ、蓮が力一杯押さえつけたせいか。あのやろっ。

「ううん、大丈夫だよっ、何もない」

 パッと両手を隠す。

「それより、カラオケ終わったの?」

「あ、いや適当なところで抜けてきた。さっき言い忘れてたこと、どうしても有野さんに言っておかなきゃと思って」

「え? なにかあった?」


「有野さん……、」

 真っ直ぐ私を見つめ、タケル。


「な、なに?」

 何を言おうというのか。


「有野さんの私服姿、可愛い!」

「……は?」

「言い忘れてたから!」


 爽やかな笑顔で、そう告げるタケルなのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る