第30話 合同体育

 祭りのあと、とはよく言ったもんだ。


 先週までの熱気が嘘のように、なんだか校内が静かになっていた。ただ、変わっていることもある。


「でね、優君がね、」

 みずき、いつの間にか呼び方変わってる。

 周りを見ると、あちこちで男女が仲良く話している。文化祭の力って、すさまじい……、


「打ち上げ、行けなくてごめんね。志穂大丈夫だった?」

 香苗が心配そうに言う。

「あ、うん。なんだかんだ牧野さんが気を遣ってくれたから」

「へぇ、そうなんだ。彼女、すっかり三上君と仲良くなったよね。あのジンクスは本当なのかな、やっぱ」

「ジンクス?」

「クラス劇で恋人役をすると」

「絶対結ばれるってやつ!」

 二人がテンポよく言葉を繋げる。

「だから志穂もそろそろだね」

 香苗がにんまりする。

「そろそろって……、」


 そうこう言っていると、チャイムが鳴る。そして今日の時間割の変更を言い渡された。


「というわけで三組との合同体育になるから、よろしく」

 ざわ、と教室がざわめく。

「珍しいね、三組と五組で一緒になるって」

 私がそう言うと、香苗が

「でもみずきは嬉しそうだよ?」

 とみずきを指す。

「なんで?」

「原君、三組でしょ?」

「あ、そっか」

 ……ん? 待てよ? 優キングがいるってことは…、

「あ、斉藤兄弟もだね、志穂」

 香苗が楽しそうに、付け加えた。


 あああ、嫌な予感しかないよ。


*****


 体操着に着替え、ぞろぞろと体育館に移動する。体育館にはもうそれなりに人が集まっていて、ざわざわしている。


「あ、あーりのぉー!」

 舞台の縁に座っていた蓮が私を見つけ、駆け出す。そんな蓮を見た仁も、負けじと走る。何故か競争のようにして走る。

「ゴール!」

「ゴール!」

 二人がふざけて手を広げ私に向ける。

「有野が、ゴールなんだからさぁ」

「ちゃんと両手広げて待っててよ」

「は? そんなことしないし」

 私はサクッとスルーで体育館に入る。

「あ、優君!」

 みずきが手を振る。それに応えるように優希が手を振りながらやってくる。

「合同なんだってね」

「そうみたいだね」

 特に何がと言うこともないのだが、二人の周りに花畑が見える。


「男子はクラス対抗ドッヂボールで女子はバドらしいぜ」

「大和をけちょんけちょんにしてくれるわ!」

 双子が盛り上がっている。

「あっそ」

「有野、冷たい~」

「アイスクリームかよ~」


 馬鹿には付き合えん。


「みずき、先行ってるね。香苗、行こう」

 ラブラブなみずきを置いて香苗を促す。

「有野のジャージ姿いいね!」

「有野は何着てもいいね!」


 あいつら、小学生かっ。


「なんだか凄いね、双子」

 香苗が双子の勢いに若干押されていた。

「多分馬鹿なんだと思う」

 私は遠慮など微塵もない言い方で、貶しておいた。

「頭いいのに、馬鹿なのか…、」

 香苗が真面目な顔でそう言った。


 確かに。


*****


体育館の舞台側を、男子が。あとの半分を女子が使う。バドはラケットとコートの数が限られているため、時間で交代制だった。試合じゃない女子たちは男子の応援に回る。


「おりゃぁぁぁ!」

「でぇぇぇい!」


 大袈裟な掛け声と共にボールが飛び、、一人、また一人と外野に回る。さすがに背も高く運動神経抜群の双子はボールに当たることなく残っていた。タケルはというと、最初から外野にいたので勝負には持ち込めなかったようだ。


「有野……さん?」

 壁に背をつけボーッとドッヂボールを見ていると、声を掛けられる。

「あ、日野さん…だよね」

 あずさだ。

「昨日は……、」

「あ、うん、大丈夫だった?」

「うん……」

 なんとなく、気まずい雰囲気。

「ちょっと、いいかな」

 みずきと香苗を避けたいのか、呼び出される。私とあずさは少しだけ場所を移動し、並んで座った。


「ビックリしたでしょ、昨日」

「あ、うん」

 絡んできた相手が親だって言うのは、確かにショックではある。

「うちの親、最低でさ。ああやってお金せびってくるんだ。いつもあんな感じ。で、仁と蓮が助けてくれるの」

「そうなんだね」

「……今までさ、なんだかんだ言いながら、仁も蓮も私のこと大事にしててくれたんだ。だけど…、」

 俯き、膝を抱える。

「でも、最近二人とも変わった」

 膝に顔を埋めたまま、あずさ。

「有野さんのことばっかり言うの。私が誘っても遊んでくれなくなったし、前より勉強の時間も増えてる。それってこの前の中間のせいもあるけど」


 ああ、五位以内じゃないといけないって言ってたもんな。


「なんだか、色んなことに真剣になり出した」

 ぴょこ、と顔を出す。

「有野さんのこと、本気みたい」

「それは……、」


 どうなんだろう。ふざけてるのか本気なのか、私にはわかんないや。


「有野さんはさ、どうなの?」

 きゅるん、とした眼差しを向けられ、戸惑う。可愛い……。

「私は……好きではないよ」

「そうなのっ?」

 あずさがパッと頭を上げる。

「あの二人がどこまで本気なのかは知らないけど、私はそういう風にあの二人を見てない」

「大和君が好きだから?」

「えっ? いやぁ、それも……違うけど……」

「えええ? 違うのっ?」

 あずさが声を荒げる。

「あー……、えっと、私ちょっと鈍いのかな? 恋愛とか、よくわかんないんだよね」

 正直に答える。

「じゃあっ、仁か蓮を好きになる可能性だってあるってことっ?」

 必死だ。


「……それはないかな」


 否定する私を見て、あずさがきょとん、とした顔になる。

「え? それはないの?」

「ない」

「大和君は、可能性があるの?」

「え? ええ……?」

 混乱してる私を見て、あずさが笑った。

「なぁんだ、もう答えは出てるんだ」

「へ?」

「ふふふ、有野さんて、本当に鈍いんだ!」

 楽しそうに、笑う。

と、


「危ないっ!」

「きゃー!」


 背後から声。振り返ろうと思った瞬間、ガン、と頭に衝撃。そのまま体制を崩し、床に投げ出された。ボールが頭に当たったんだとわかるまで少し時間が掛かった。


「有野さんっ!?」

 隣にいたあずさが泣きそうな顔で私を見ている。ああ、大丈夫よ、と言おうとしても、視界がぐらついて言葉にならない。と、


 ふわり、と体が宙に浮いた。


「きゃ~!」

 さっきとは違うきゃ~が聞こえる。

 同じ悲鳴でも、黄色い声援のきゃ~はなんだか少し柔らかいんだな…などとどうでもいいことを考える。


「有野さん、大丈夫っ? 有野さんっ?」


 ああ、タケルの声がする。

 そんなに必死になって、どうしたのよ?

 また泣きそうになってるの?

 案外泣き虫なのかも……、


 なんてことをぼんやり思っていたけれど、いつしか私の意識は薄れ始める。

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