第28話 打ち上げ

「では、クラス賞おめでとう。かんぱーい!」


 亜紀が全員に向け、グラスを掲げた。


「かんぱーい!」


 全員でグラスを掲げ、打ち上げが始まった。

 ぶっちぎりで一位だったということを聞き、劇メンはほとんどが参加。用事のない他のクラスメイトたちもそこそこ参加しているため、二十人ちょっと来ているだろうか。

クラスの一人が喫茶店を経営しており、そこを貸切にしてくれたおかげで気兼ねなく騒ぎ放題なのである。


 私は何故かつばさと亜紀に囲まれ、輪の中心に陣取ってジンジャーエールを飲んでいた。みずきと香苗が不参加なので、有難いといえば有難いが。


「ほんっと有野さん、色々ありがとう!」

 もう何度言われたかわからない言葉を掛けられる。厳密には私は何もしていないので、御礼を言われても困るのだが……。


「ね、これ見てよっ」

 つばさが手にしているのは、アンケート用紙である。劇が終わったあとで、観た生徒が書いていくものなのだが、驚くほどびっしりと感想が書かれているのだ。


「ロミオの愛の大きさに震えました。最後のシーンは、私の今まで見てきたどんなドラマより面白く、感動的でした、だって!」

「こっちもすごいよ! ロミオとアリアナのキスシーンが美しすぎて涙が止まりませんでした、って!」

 亜紀も大興奮である。

「あー、ジュリエットとロレンスも褒められてるねー」

 亜紀がニヤつきながらつばさを見る。つばさの隣に座っている信吾が、

「まぁな! 俺の愛の力も演技に出ちゃってるからな!」

 等とおちゃらけてみせた。周りからヒュ~!と野次が飛ぶ。


「てかさ、有野さんすげーよ。いきなりキスされて、よく素に戻らないで芝居続けたよな。普通、あれ驚いて素に戻っちゃうだろ?」

「そうそう! あの時めっちゃ柔軟に反応しててさっ」

 男子たちからそんな声が上がる。

「もしかして、キスは初めてじゃなかったってことですか~?」

 お絞りをマイクのように手に握り、私に向けてくる。

「え? あ、初めて……では、なかった……かも」

 思わず正直に言ってしまう。

「おおおおおお!」

「有野ぉぉ!」

「お前、意外と進んでんのな!」

 驚きの声が上がった。


 あ、いや、その、だってあれが初めてではないのは事実だし……でも色々誤解されているな、これは。


「有野さん、初めてじゃないんだ! そうだったんだー、よかったぁ」

 亜紀が胸をなでおろす。

「え? なんで?」

「だって、私のせいでファーストキスが舞台の上で、なんて嫌じゃない?」


 ああ、そういう意味か。


 でもファーストキスに関しては間違いなく亜紀のせいでそうなったわけだが。

「なぁ大和ぉ! お前舞台の時のあれ、ファーストキスだったぁ?」

 同じ質問をタケルに投げる。少し離れたところに座っているタケルは、一瞬首を傾げるが、

「あれが初めてではない……けど?」

 と答える。


 おおおお!と辺りがざわめく。


「まー、お前はバンバンしてそうだよな、チューくらい」

 どっと場が沸く。

「てかさ、アンケートに書いてある感想で断トツ多いのが『ロミオとアリアナの二人は付き合ってるのか』って質問なんだよねぇ」


 それって感想じゃないじゃん。


「私も何人かに聞かれた! あの二人は付き合ってるのか、って」

「実際さぁ、」

 つばさと亜紀がじっと私を見る。

「付き合ってるの?」

「俺も知りたい! どうなってんのよ、お前ら?」

 関係ない男子までもが身を乗り出す。

「ええ?」

「だってさー、大和は転校初日に全員の前で告ってるわけじゃん? 有野さんがオッケー出せばすむ話だろ?」

「確かに!」

 亜紀が手を叩く。

「キスまでしちゃってるわけだし、もう付き合ってるってことじゃねぇの?」

「あれは、お芝居で……、」

「有野さぁぁん、大和のなにが駄目よ? いい男じゃん。もしかしてイケメン嫌い?」

「いやいや、そういうことじゃなくてぇ」

 私はなんと言っていいかわからず口篭る。

「馬鹿ね、あんたたち」

 つばさが口を挟む。

「大和君が本気だってわかってるからこそ、有野さんは安易に返事をしないのよ!」


 あれ、庇ってくれてる?


「はー、深いな~」

「そうよ、二人の愛はそんなに軽いもんじゃないの!」


 え、ちょっと、


「牧野さん、大人になったねぇ~」

 男子にそう言われまんざらでもないのか

「まぁね!」

 と嬉しそうである。

「てかさ、ロミオとアリアナ遠くね? 隣に並べてやれよ」

「そういえばそうね」

 亜紀が言う。

「ねぇ、相田君!」

 タケルの隣にいる翔を呼ぶ。

「えー? なにー?」

「場所、有野さんとチェンジしてー!」

「ええ? いいよ、別にっ」

 慌てて手を振るも、翔は「おっけー!」とグラス片手にこっちにやってくる。

「じゃ、有野さん行ってらっしゃーい」

 ポン、と肩を叩かれ、追い出される。


 仕方なく私はグラスを持って立ち上がる。

 はぁ。


 翔が座っていた場所に向かうと、タケルが片手を挙げた。

「お疲れ様です」

「うん」


 なんとなく、お互い黙り込む。


 タケルの周りにいた子達も何故か向こうのテーブルに行ってしまい、店の端の席で二人きりになる。


「……なんか」

 タケルが先に口を開く。

「色々めまぐるしかったね」

「あ、うん。そうだね」

 確かに色々ありすぎた。

「そういえばさ、斉藤兄弟を迎えに来た子、いただろ?」

「ああ、あのあずさちゃん……だっけ?」

「幼馴染らしいね」

「へぇぇ」

 なるほど、仲がいいわけだ。

「ミスターコンは、結局二人とも優勝出来なかったみたいだけどな」

「そうなの?」

「さっき水野が言ってた。ミスターコン見てたんだって」

 景品欲しい、って言ってたっけ。可愛かったな。

「ワンダーランド、好き?」

 急に遊園地の話をされ、一瞬「?」になる。

「ああ、うん好きだけど?」

「じゃ、デートはワンダーランドで決まりだな」

「へっ?」

 いきなりデートの話を振られ、驚く。

「約束、したよねぇ?」

 タケルがニヤリと笑う。

「……う、」

「今日は行けなかったけどさ、日を改めて、ね?」

「……うん」


 約束は約束だしな。


 タケルの触覚がピコピコしているのを見て、思わず笑ってしまう。


「え? なに? 何かおかしかった?」

「ううん、大和君、感情出やすいなって思って」

 視線を上に向けると、タケルが「あっ」と恥ずかしそうに俯いた。

「そうだ、有野さんにはわかっちゃうんだった。はずっ」

「ふふ、」

「あんま、見ないでよ」

 照れまくっている。

「あ、それからさっ」

 タケルが私の目をじっと見つめて、言った。


「一応言っておくけど、俺のファーストキスは、有野さんだからね?」


 ブッ、


 思わずむせそうになる。


「有野さんは?」

 キラキラの目で見つめてくる。

「ねぇ、有野さんも、俺? ねぇ、俺?」

「んもうっ! 知らないっ」


 私は両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏したのだった。

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