第23話 たこやき

「で、なんでタケルは復活しねぇの?」

 信吾が机に突っ伏したまま動かないタケルの頭を小突く。

「もう牧野さんだって許してくれたし、お前だって謝ったし、ハッピーエンドじゃん?」

「馬鹿だな信吾、わかんねぇの?」

 全てお見通し、みたいな言い方で、翔。

「え? お前わかるの?」

「わかる」

「なんで!?」

「わかんないお前がおかしい」

「はぁぁ?」

 信吾は改めて考える。そしてポン、と手を叩く。

「あ、有野さんにチューしちゃったから?」

 あれを許可なくやったんだとしたら、そりゃ確かに問題ではある。

「そういうこと。いくらそういう流れだったとしても、だ、マジキスしちゃったんだぞ? あれだけの生徒の前でさぁ。そりゃ、いくら鈍い有野さんでもカンカンだろ?」

 その言葉を聞き、タケルが海より深い溜息をついた。


「でもさ、劇終わったあとの有野さん、普通じゃなかった?」

 信吾がそのときのことを思い出し、言う。

「……ま、確かに動揺してる感じはなかった……ような……気もする」

 カーテンコールが終わった後も、演者同士でお疲れハイタッチなどしていたが、普通だったよな……。

「鋼の心臓なんじゃないかな、有野さん」

 翔が至極真面目な顔でそう言った。

「俺もそんな気がする。な、タケル?」

 同意を求めるも、タケルは相変わらず動かない。

「あー、もうっ、こんなことしてたら文化祭終わっちゃうって! とりあえずなんか食べようぜ!」

「だな。タケル、何食べたい?」

「……たこ焼き」

 二人は同時に吹き出す。

「おまっ、」

「そこはちゃんと主張すんのかよっ」

「仕方ねぇ」

「買ってきてやるから、待ってろ!」


 そういい残し、二人は教室を出た。


 タケルは首だけを動かすと、窓の方を見遣った。外からは賑やかな音楽や楽しそうな声が聞こえてきている。

「ああ、マジで俺、なにやらかしてんだ」

 つばさと唇が触れたのは一瞬だ。なのにあの時、とてつもない不快感に襲われたのだ。つばさの唇の感触を払拭したかった。だからって、志穂にキスしていいことにはならないのだ。なのに……。

「最低だ……、」

 ゴン、と机に頭をぶつける。


このまま机に同化してしまいたいタケルなのであった。


*****


 最後のたこ焼きを口に放り込んだところで、声を掛けられた。


「あ、有野さんだ」

 翔と信吾である。

「ひはひふん、はひはふん」

「ぶっ、何言ってっかわかんないって!」

 翔が笑う。

「ああっ、ロレンス修道士~!」

「お疲れ様! 劇、めっちゃ良かった! 最後に泣き崩れるジュリエットを優しく抱き締めるロレンス、めっちゃ良かった! ねぇ、二人は結ばれるんでしょ?」

 恋愛体質の香苗が早口でそう言う。信吾は照れながら、

「あ、うん、多分」

 などと言っている。

「あれ? 大和君は?」

 みずきが訊ねる。と、二人の顔が途端に曇った。

「あー、タケルは教室の机の上で溶けてふにゃふにゃになってる」

 翔が言う。

「なんで?」

「自分がやっちまったことの重大さに気付いたから」

「あー」

「あー」

 みずきと香苗が深く同意した。

「そしてなに? やっぱり有野さんは鋼の心臓ってこと?」

「は?」

 私、何のことかわからず聞き返す。

「察しがいいね、相田君。志穂は間違いなく、鋼の心臓」

「やっぱりか!」


 なにがやっぱりなのか、さっぱりだ。


「タケル、牧野さんに無理やりキスされそうになってキレたっぽい」

 翔が言った。私はその言葉を聞き、ああ、と思った。やっぱり、決行したんだ。

「え!? そうなの?」

 何も知らないみずきと香苗が驚く。

「練習中も色々我慢してたんだよ、あいつ」

 チラ、と私を見て、信吾。

「……ん?」

 首を傾げる私に、肩をすくめて翔が言った。

「有野さん、ハブられたりしてたでしょ?」

「え!? やだ、志穂、そうなの!?」

 みずきが心配そうに私を見た。

「へ? えーっと、そう…だった?」

 確かに、一人だけ早く帰されたりはしていたが、特に気にしてはいなかった。

「これだもんなぁ」

 信吾がやれやれ、と頭を振る。と、


「有野さん」


 後ろから声を掛けられる。そこにはつばさと亜紀が立っていた。

「あ、お疲れ様でした」

 ペコ、と頭を下げる。

「有野さん、ごめん!」

 突然二人に頭を下げられ、私は困惑した。

「ええっ? なに?」

「私、意地悪なことばかりしてて、本当にごめんなさいっ」

 今にも泣き出しそうな顔で謝ってくるつばさ。亜紀も同じような顔で、

「私も! 悪徳令嬢とか考えたの、私だし」

 そうだったのね、やっぱり。

「えっと、」

 私が困惑していると、信吾が口を挟んだ。

「牧野さん、有野さんわかってないみたい」

「え?」

 つばさが私を見つめる。

「この子、鋼の心臓だから」

 みずきまでもがそんな風に言い出す。

「え? 私のした意地悪、わかってないってこと?」

 まさか! とばかりにつばさ。

「えっと、私だけ早帰りさせてくれてたこととかが意地悪だった……のかな?」

 答え合わせをする私を見て、つばさと亜紀が吹き出す。

「ちょっと待ってよ! 嘘でしょ!?」


 えええー、笑わないでよぉ……。


「だから、気にしなくていいみたいだぜ?」

 信吾が優しい声で、言った。

「きゃあっ、ロレンスはジュリエットを庇うのね! いいわ! きゅんとする!」

 香苗が言うと、つばさと信吾が顔を赤くした。なんというか、初々しい。

「あ、ねぇ有野さん、タケルにたこ焼き届けてやってくれない?」

 翔が、手にしていたたこ焼きの包みを差し出す。

「え? 私が?」

「あいつ、マジで落ち込んでてさ、あいつを立ち直らせることが出来るの、今のとこ世界中で有野さんだけなんで」

「そうだねっ。有野さん、私からもお願い!」

 つばさが顔の前で手を合わせる。

「えええ、」

 私はどうすればいいかわからず躊躇していたが、香苗が突然強い口調で

「志穂、アリアナはラストシーンでロミオにキスされて生き返ったんだよね? あの時、幸せだったんじゃないの?」

 と聞いてきた。

「え?」

「今、ロミオが落ち込んでるんだよ。アリアナ、助けに行ってあげて!」

 どこまで本気なのかわからないが、その目は真剣そのものだ。


 私は小さく頷くと、

「わかったよ。行ってくるね」

 と、たこ焼きのパックを手にした。


 みずき、香苗、つばさ、亜紀が同時に「きゃ~!」と言った。

 まったく……。


 「有野、よろしく頼む!」


 翔と信吾が追い討ちをかけるように私の背中にお願いポーズをしているのだった。

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