第24話 願いを一つだけ

 廊下を歩く足音が段々近付いてくる。

 教室の扉の前で止まる。


 ガラガラ、と扉が開く音。そして、ほのかなソースの匂い。

 カサ、と、目の前に何かを置く音と、たこ焼きのいい匂い。


「ありがと」


 顔は上げずにたこ焼きの包みに手を伸ばす。

「あったけぇ……、」

 二人には本当に助けられている。改めてそう思うタケルだった。


「舞台ってお腹空くよね」


 ズザザザッ


 タケルが勢いよく椅子を引いた。顔を真っ赤にして(多分)私を見る。

「あっ、ああああ、有野さんっ?」

 私は椅子に座ると、頬杖を付いてタケルを見上げた。

「たこ焼き、美味しいよ?」

「なっ、なななんでっ」

 タケルは動揺を隠すことも出来ず、思いっきり取り乱していた。

「相田君と三上君に頼まれた。あと、牧野さんと椎名さんとみずきと香苗」

 全員の名を挙げておく。

「大和君が机に同化しちゃいそうだから助けて欲しいって」

「あいつらっ」

 タケルが唇を噛み締める。


「……さっき香苗に言われたんだ。アリアナは幸せじゃなかったの? って」


「え?」

「あんな風にさ、悪いことして、最後は自殺して、でもロミオはそんなアリアナを一生懸命助けようとしてくれて、幸せじゃなかったの? って」

「……、」

「あの時、私舞台の上でロミオの顔見て、ああ、泣かないで、って思ってた。あなたは何も悪くない。私を救ってくれてありがとう、って。多分、幸せだったんじゃないかな?」


 我ながら何を言ってるのかよくわからないのだが、とにかく感じたままを告げる。こんなんで伝わるのだろうか?


「でもっ、有野さん……あの時泣いてた」

 タケルが苦しそうにそう言った。

「え? ああ、そうだね。私もよくわかんないんだ。なんか、感情がぶわって溢れ出しちゃって、気付いたら泣いてて。お芝居って凄いね」

「え……? じゃ、嫌で泣いてたわけじゃ……なく?」

「へ? 嫌って…?」


 ハタ、と気付く。


あああ! キスされたのが嫌で泣いたと思われてる!?


「ああっ! 違う違う! キスが嫌で泣いたわけではっ、あ、えっと、だからってよかったわけでもないけど、ええ!? 説明できないよ!」


 今度は私が赤くなる。


 タケルがぷっと吹き出す。

「有野さん、慌てすぎ」

「やっ、大和君だってさっき慌ててたじゃないさっ!」

「ま、そうだけど。ああ、そっかー、そうなんだ」

 うーん、と大きく伸びをして、タケル。


「泣かせちゃったんだと思ってた」

 真剣な顔で、言う。


「カラオケボックスのときは本当に無意識だったんだ。でも今日のは……わかっててやったから」

「え?」

「牧野さんが、」

「ああ、うん。聞いたよさっき。というか、私知ってたんだ」

「えっ?」

「牧野さんと椎名さんが話してるの聞こえてきて、本番はやったもん勝ちだ、って。本当にやるかはわからなかったけど、企んでるのは知ってた。でも、それを告げ口するのも、そんなことするのやめて、って言うのもなんだか違う気がして誰にも言わなかったの」

「知って……たのか」

「ごめんね」

 タケルは俯いたまま黙っていた。


「……どう思ったの?」

 少し低いトーンで、タケル。


「え?」

「牧野さんが俺にキスするかも、って知った時、どう思った? 何も思わなかった?」

「それは……、」


 もやっとした。

 一瞬だけど、あの時もやっとしたのだ。


「私、恋愛とか経験なくてよくわかんなくて。でも誰かを好きになると、思ってもいなかった凄いことしちゃったりするんだ、ってことはわかるの。で、牧野さんの話聞いたときも、ああ、本当に大和君が好きなんだな、って思って、でも、なんていうか、その」

「なに?」

 タケルがじっと私を見つめる。


「もやっとは……したかも……ちょっとだけ」


 タケルの触覚がピーンと跳ね上がった。


「もっかい言って」

「え? なんで!?」

「いいから、もう一回」

「……うう、もやっとした。ちょっとだけ」

「ちょっとだけ、はいらない。もう一回」

「なんでよぉ! もういいじゃない!」

「やだ。もう一回」

「もやっと、しました! ちょっとだけね!」

 私はやけくそになって叫んだ。

「おしまい! 早くたこ焼き食べて! 冷めちゃうからっ」

 ピッとたこ焼きを指し、私。


 タケルはニコニコしながら椅子に座ると、勢いよくたこ焼きを食べ始めた。頭の触覚がピコピコ揺れている。


「それとさ」

 私は、どうしようか迷っていたことを思い切って切り出す。

「なに?」

 最後のたこ焼きを飲み込み、タケル。

「中間の勝負の結果、出てるでしょ。私の負け。お願い、なにしてほしいの?」

 言わなければ忘れていたかもしれないのに。でも、勝負は勝負だ。逃げるわけにはいかない。強い姿勢で臨む。

「有野さんって……」

「なによっ」

「馬鹿正直だなぁ」

 そういって、笑う。


 む~~~!!

 私は恥ずかしくなって、俯く。


「俺の願いはいつだって一つだけだよ」

 立ち上がり、私に歩み寄る。

「有野さんが、俺の横で笑っててくれますように」

 にっこり、笑う。


 甘ーーーーい!!


「そっ、そんな抽象的なのわかんないっ」

「そっか。じゃ、明日デートしよう」

「はっ?」


 唐突なデートの誘い。


 確かに、明日は文化祭の振り替え休日なので学校はお休みだが。

「敗者は一つだけ勝者の言うこと聞いてくれるんだったよね?」

 くぅぅ、そうですけどぉ。

「ね?」

 念押しされ、黙って頷く。

「よっしゃ!」

 タケルがガッツポーズを取る。

「今日の夜、連絡する。DMでいいよね?」

「ハイ、イイデス」

 カタコトで返す。

「楽しみだな! あ、それからさ、」


 まだ何かあるのかいっ。


「有野さん、後夜祭って出るの?」

「え?」

「俺、翔と信吾と回るんだけど、一緒にどうかと思って」

「ああ、えっと、」

 そういえば双子にまだ返事をしていない。どうしよう……。

「もし回れそうだったら声掛けてよ。ね?」

「うん、わかった」

「よし、じゃ、お腹も満たされたことだし、みんなのところに戻ろうか」

 タケルがさっと手を差し出す。


 私は迷わず、空っぽになったたこ焼きの容器を渡したのである。

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