第22話 ごめんなさいの応酬
舞台袖ではみずきと香苗が号泣していた。
「ちょっと、志穂、あんた、なんなのよぉ!」
「私、もう感動して鳥肌が止まんないよぉ!」
私に抱きついてくる。
実際自分でも不思議な感覚だった。あのシーンでだけ、私は私ではなかったかのような。
「ねぇ、拍手、鳴り止まない!」
亜紀が役者たちに声を掛ける。
「カーテンコール、行こう!」
クラスの劇でカーテンコールなんて前代未聞である。キャストが全員舞台に並ぶ。そして再び緞帳が上がる。拍手が、より一層大きくなった。順番にお辞儀をする。カーテンコールのやり方などわからないから、適当だ。しかし、ジュリエット、アリアナには他のキャスト以上に大きな拍手が送られた。そして最後に、ロミオ。
「きゃ~~~!!」
正真正銘、本物の黄色い声援が飛ぶ。
舞台は、大成功のうちに幕を閉じたのである。
*****
教室へ戻る。
それはもう、大騒ぎだった。
「めっちゃすごい! 感動しちゃった!」
「椎名さんの演出、半端なかった!」
「まさかの展開、すご過ぎ!」
「大和、お前役者になるん!?」
「ジュリエットがまさかああいう立ち位置って斬新過ぎでしょっ」
もみくちゃである。
つばさは放心状態で立っていた。無理もない。あんなふうに悪者にされて、主役の座を奪われて……。
各自着替えを済ませ、自由行動に移る。
教室にはタケルと、翔と信吾。最初に口火を切ったのは信吾だ。
「どういうつもりだよ」
今にも掴み掛からん勢いで、信吾。
「なんであんなことしたんだよ、タケル。あれじゃいくらなんでも牧野さんが可哀想だろうがっ!」
信吾の言うことはもっともだった。いきなり本番であんな風に
「反省してる」
タケルは正直にそう言った。あんなこと、するつもりじゃなかった。なのに…、
「ねぇ、何かわけがあるんでしょ? タケルが意味もなくあんなことするなんて思ってないよ、俺」
翔が庇う。
「牧野さんに……キスされそうになった」
タケルが溜息混じりに言う。
「はぁ?」
「マジでっ?」
「二人とも知ってると思うけど、俺がロミオやる条件として、キスシーンはあくまでもフリだけ。有野さんに嫌な思いをさせない。これだけは譲れない、って言ってただろ?」
「うん、」
「確かに。最初に言ってたよな」
配役が決まって最初の頃、それだけは守ってくれと言ってあったのだ。
「なのに、始まってみたら有野さんはハブられてるし、挙句、本番にいきなりあんなことされて、俺、なんか我慢できなくなっちゃってさ…、」
「なるほどねぇ」
翔が苦笑いで答える。
確かにつばさのやり方はあまり褒められたもんじゃない。亜紀が本番直前にアドリブの話をしたのも、そういうことか。
「だけどさぁっ、」
信吾が納得出来ないとばかり、食い下がる。と、教室の扉が開いて、
「三上君、もういいよ!」
入ってきたのはつばさと亜紀だ。つばさがタケルの元に歩み寄った。
「あの……、大和君」
泣き腫らした顔で、俯く。
「私、あの、ごめんなさい……、」
目に一杯涙を溜め、謝る。
タケルは一瞬困った顔をし、それから、頭を下げた。
「俺こそごめん! あんな風に、話変えちゃって、酷いことして、」
二人の間に信吾が割って入る。
「牧野さんは頑張ってたよ! 誰よりも一番頑張ってた! 俺はちゃんと見てたよ? 何も悪いことなんか、」
「ううんっ、違うの!」
つばさが声を荒げる。
「私、卑怯だった! 自分の好き放題、やりたいことだけを、みんなを巻き込んで、独りよがりで、だから、」
「牧野さん、」
信吾がつばさを見つめた。
「私もごめんなさい」
亜紀が謝る。
「アドリブオッケーって言ったの私だし、計画持ちかけたのも私だし、大和君には本当に迷惑かけた」
「いや、俺が一番悪いよ。話の内容めちゃくちゃにしちゃってごめん」
なんとなく、謝罪大会になる。
「ううん、大和君の演技すごかった! あれって、相手が有野さんだったからでしょ?」
「いや、自分でもよくわかんないけど…」
「かなわないよ、ほんと」
つばさが泣き笑いでそう言った。
「私、あとで有野さんにも謝るね。いっぱい意地悪してごめんって」
「ありがとな」
タケルが微笑む。
牧野つばさ、失恋記念日である。
「それと、三上君」
つばさが信吾に向き直る。
「へっ?」
「本当にありがとう。最後、ジュリエットを救ってくれて。ロレンスがいたから、ジュリエットは救われたんだよ。こんな私のこと、見捨てないでくれて…ほんとに、」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「ああっ、泣かないでよ牧野さん! 俺、牧野さんの一生懸命なとことか尊敬してるし、牧野さんは笑ってる方が断然可愛いしっ、って、俺なに言ってんだっ」
慌てふためく信吾に、翔が突っ込む。
「どさくさに紛れて告ってんじゃん」
「やだ、もう、」
つばさも亜紀も、思わず笑い出す。
「さ、まだ文化祭は半日あるんだし、みんなちゃんと楽しもうぜ!」
翔が明るく宣言し、その場を収めたのだった。
*****
その頃私はというと、みずきと香苗と、たこ焼きを頬張っていた。
「お腹空いた~」
たこ焼きが美味しい。舞台って、あんなに疲れるんだ。優キングはすごいな……。
そんな私を、すれ違う人がニヤニヤしながら、またはコソコソ何かを言いながら通り過ぎる。何故?
「なんでみんな私を見てるんだろう、って顔してるね、志穂?」
みずきが言う。
「え? よくわかったね?」
暢気に答えると、香苗が頭を抱える。
「まったく、あんたって子は」
「ん?」
「さっきの舞台を見た人だよ! あんた、公衆の面前で大和君とキスしたんだよ? わかってるの?」
言われて初めて、気付く。
「あ……、」
「もうっ、ほんと鈍い!」
「あああ、そうだった! 忘れてたよぉ! だってあれ、舞台じゃん? 劇じゃん? 現実じゃないじゃん? 私じゃなく、アリアナじゃん?」
今更である。
「でもほんと、あれは凄かった。前半の大和君が棒読みなのは操られてたからってことでしょ? もう、途中まで大和君が滅茶苦茶下手なんだと思って見てたもん! 騙された!」
いや、実際は騙してないですけどね……、
「あの演技力は凄いよ。俳優さんみたいだった。特に最後のシーンなんかさ、もう、切なさが滲み出て、もう、見てられない感じで」
「そうだよ~! アリアナが目を覚まして涙を流してさあっ」
ああ、恥ずかしい。
「志穂も凄かったよ! 最初の悪徳令嬢からの、あの最後の涙!」
「めっちゃ綺麗だった~!」
「はぁ、」
感動してもらえたのは嬉しいんだけどね。なんだか複雑だな。
「これでもう、大和君と志穂がくっつくことに誰も異論はないと思う」
「……え? なんでそうなるの?」
純粋な、疑問。
「だって二人は結ばれたんだよ? なんで邪魔する必要が?」
至極当然、みたいに香苗が言う。
「だって、あれは劇の中の話で、」
「志穂、あんたってほんと、」
「何もわかってないんだぁ」
友人二人に哀れみの眼差しで見つめられ、私はひたすら頭に「?」マークを浮かべていたのである。
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