ロミジュリ ~タケルの呟き~

 タケルは面白くなかった。


 なんで志穂が悪徳令嬢なんだっ。


 劇なんか出たくない。そもそも芝居なんかやったこともないのに。転校して来たばかりで、あまり強く出られないのをいいことに、勝手に主役を押し付けて、更には志穂が悪徳令嬢……。


 とはいえ、一緒に練習に参加出来るのは単純に嬉しい。絡みはほとんどないが、練習に出ていれば話す機会だってあるだろう。


「キスシーン? そんなのしないよ」

 タケルは実行委員兼舞台演出の椎名亜紀にきっぱりと断りを入れる。

「でも、ロミジュリだから、ロマンティックにいきたいのよ! もちろん本当にするわけじゃないし、クラスの演劇って投票もやるから、どうしても一位を取りたいのっ」

 熱っぽく、語る。

「……ね?」

 亜紀の押しに負ける形でしぶしぶ承諾する。後ろでつばさがガッツポーズをしていた。


 この牧野つばさも悩みの種だった。とにかくしつこく追い回してくる。教室でも、昼休みでも、張り付いて離れないのだ。おかげで志穂とぜんぜん話が出来ないでいた。


 しかし。


 ここでつばさを刺激するのは志穂のためによくないことはわかっている。女子とはそういう生き物だ。だから劇をやるときの条件として『有野さんに迷惑を掛けないでほしい』ということも伝えてある。


「じゃ、放課後とか個人練やったり、」

「あ、それは無理。俺サッカー部あるし」

「ええー、そうなの?」

「みんなで練習するときに、同じようにやればいいだろ?」

 面倒くさい。なんで自主練まで付き合わなければならないのか。

「まぁ、大和君がそう言うなら……」

 納得してもらって、話は終わる。


 そして初めての練習。タケルは皆を驚かせる。その、驚くべき棒読みっぷりで。


*****


「まぁ、有野さんのことマジだっていうならさ、俺たちも協力してやっから、な?」

 翔がそう言った。


 まさかそれがこんなに早く現実のものになるなんて思わなかった。

『タケル、駅前のカラオケボックス十四番で有野さん確保! 早く来い!』

 そんな連絡が入る。つばさと亜紀の「打ち合わせ」を早々に切り上げ、走って向かう。


 呼吸を整え、十四番の扉を開ける。

「ごめん、遅くなった」

 中には、本当に志穂がいた。

「おう! やっときたか~!」

「今一曲ずつ歌い終わったとこ」

 翔と信吾がマイク片手にそういって出迎えてくれる。

「な、なななんで、」

 慌てふためく志穂を二人がなだめる。

「有野さん、とりあえず座って~」

「そうそう、この後タケルが歌うから」

「は? なんで俺がっ」

 唐突にマイクを渡され、勝手に曲を入れられた。あ、でもこれなら歌える。歌詞が自分の心情に似ているな、と最近よく聞いていたのだ。目の前には志穂。そう、彼女に捧げるための歌だ。


 曲が終わると、翔と信吾が立ち上がって「ブラボー!」などと囃し立てた。そして二人は

「俺と信吾、もう行くわ」

「まだ四十五分くらい時間あるじゃん? ちょっと二人で台本の読み、やってよ」

「そうそう、有野さん経験者だし、タケルの練習見てやって」

 と言って先に帰ってしまったのだ。

 狭い部屋に、志穂と二人きり。ああ、奇跡のような時間!!


「ごめんな」

「へっ?」

「あいつら、悪気はないんだよ」

「あ、うん……」

 志穂は明らかに戸惑っているようだった。当然か。いきなり連れてこられた上に二人きりにされたのだから。

「折角だからさ、ちょっと練習付き合ってもらえないかな?」

 にこっと笑って、タケル。

「まぁ、いいよ。でも私、経験者ってほどのもんじゃないんだけど」

「俺よりは上手いでしょ?」

「ぷっ」


 !!


 志穂が、笑ったのだ。

 ずっと困った顔ばかりだった志穂が、目の前で、笑ってくれた!


「あーっ!」

「あ、ごめんね、笑っちゃって。失礼だったよね」

 慌てて否定する志穂に、タケルは首を横に振って言った。

「初めて笑ってくれた」

 パッと花が咲いたかのような、可愛らしい笑顔。ずっと笑っていてくれたらいいのに。


「えっと、どこ練習したいとかあるの?」

 志穂が恥ずかしさを誤魔化すように台本を開く。

「さっき牧野さんに言われたのは、とにかく最後のシーンだけはちゃんとやろう、ってことだったけど」

 ジュリエットとのラブシーン。でもまったく気乗りしない。大体、最初の舞踏会で俺が好きになるとしたらアリアナだ、ジュリエットではない。

「有野さん、なんかアドバイスとかない?」

「アドバイスって言われても……、そうだなぁ、気持ちを込めて言えばいいんじゃないかな?」


 気持ち……か。


 改めて台本に目を通す。目の前にいる志穂にこの台詞を言うとしたら、どうやる?


「とりあえずやってみる?」

「うん」


 タケルは一瞬目を閉じ、天を仰ぐと、パッと台本を離し、志穂をじっと見つめた。愛しいジュリエット。目の前で事切れそうになっているジュリエット。そんなの駄目だ!


 志穂を横から抱きしめるように胸に押し付ける。ああ、もう離したくない!


「ジュリエット! あなたは私を置いて天へと召されようというのか。私にはあなたが全て。あなたなしで生きていくことなどどうして出来ようか。ああ、ジュリエット、私を置いて逝かないで。あなたを取り戻すためなら、この命尽きようと構わない。私の元へ戻って、あの笑顔を再び見せてくれ。頼む……」


 グッと抱きしめる腕に力を込める。


「神よ。私の命の半分をジュリエットに与えてはくれないだろうか。この口付けで」

 志穂の顔を覗き込む。そのままゆっくりと顔を近付け……優しい、キス。


 あ、しちゃった。


「あ、ごめん、思わず……」


 気持ちを込め過ぎた。


「ほんとごめん!」

「いっ、今のは、お芝居だったってことだよねっ? うん、わかってる、うん。っていうか、大和君めちゃくちゃ上手だよね? 練習、もう終わりだね。じゃ!」

 志穂が荷物を纏めて部屋から出て行く。


 タケルは取り残された部屋で頭を抱えた。

 思わずしてしまったのだ。ジュリエットが愛おしくて。愛おしかったのは志穂か。

「気持ちを込めろなんて言うからじゃん」

 責任を押し付けてみる。

「でも…柔らかかったなぁ。ああ、もっかいしたいなぁ」

 一瞬のキスの感覚を思い返し、自分の唇にそっと触れる。

「恋の引力、半端ねぇなぁ~」


 引き寄せられたのだ。いわば、不可抗力である。そう、言い訳をする。


*****


 そして本番。


 結局つばさ相手では同じような感情になるはずもなく、それどころか練習は散々で、志穂は孤立させられている。こんな舞台に何の意味があると言うのか。


「アドリブOKにするから!」


 本番直前になにを言ってるんだ?


 タケルは心底嫌になっていた。こんな茶番、早く終わってしまえばいい。

 舞台に上がる。練習と同じように劇は進み、誰もアドリブなど出しやしなかった。そしてクライマックス、ジュリエットが生き返るシーンで事件は起きる。


 なんと、キスシーンでつばさが本当にキスしようとしてきたのだ。これがアドリブOKの本当の目的だとわかる。あとで文句を言わせないための小細工だと。


 タケルの中で何かがキレた。


 俺が好きなのはジュリエットじゃねぇ!


「なんということか! 私は今、全てを思い出した!」

 弾けたかのように言葉が出てくる。目の前のアリアナを見て、死んでしまったアリアナを見て黙ってなどいられるか!

「アリアナ、長く辛い思いをさせてすまなかった。もっと早く、私が気付いていたならこんなことにはならなかったのに……。もう一度お前の笑顔が見たい。お前の声が聞きたい。どうかもう一度……、」


 溢れる言葉。止まらない、思い。


「お前のことが、好きなんだ」


 そしてキスを。あなただけに、愛を。


 ……ああ、やってしまったぁぁぁ……。

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