第20話 誘い

「で、有野さんにするお願い決めたのか?」


 翔が聞く。

 帰り道、タケルと翔と信吾、いつものメンバーである。


「まだ」

 タケルはアイスを頬張りながら、答える。

「まだなのか! てっきり、最初からお願い決めてるのかと思ってた」

 と、信吾。

「付き合ってください、でいいじゃん」

 安易な翔の提案を、タケルが否定する。

「そんなのダメに決まってるだろ。そんなんで付き合っても嬉しくないしっ」

タケル、現実的である。

「でもさぁ、最近の有野さん、異様にモテてるじゃん? 今日だって休憩中、斉藤弟来てたし」

仁が兄、蓮が弟らしい。

「あ、俺も見た! あいつ、後夜祭誘ってたらしいぜ!」

「マジで!? ヤバいじゃん、タケル」

二人に言われ、タケルが首を傾げる。

「後夜祭?」

キョトン、としているタケルに、二人が説明を始める。

「あ~! タケルは知らないか!」

「あのな、うちの学校の後夜祭って…、」


一通りの説明。


「だから、後夜祭に誘うのは、イコール付き合ってください、と同義語!」

信吾が語尾を強め、言った。

「……そうなの?」

「そうなの!」

「俺、牧野さんに後夜祭誘われたけど」

「おおおおお!」

「ついに動いたか、牧野つばさ!」

「で、オッケーしちゃったのかよっ?」

「いや、翔と信吾と行くからって言った」

 しれッと、タケル。

「よし!」

「意味が分からなかったにしちゃ、ナイスな返答だ!」

 二人が褒める。

「オッケーなんかしちゃってたら大変だったぞ、お前」

「危なかったな~」

 盛り上がる、二人。

「有野さん、なんて返事したんだろ…、」

 急に不安になるタケル。と、信吾が

「じゃ、お願いそれにすりゃいいじゃん。『後夜祭一緒に回って』って!」

 しかし、タケルは首を振る。

「お前、さっき言ってたろ? 後夜祭誘うのイコール付き合ってくださいだ、って。ダメだろ、それ」


 真面目かっ!


 じれったくなる二人なのであった。

「ま、お願いは考えておくけど……そうか、後夜祭ってそういうやつなんだ」

 タケルはじっと遠くを見て、呟いた。


*****


「えっ? 後夜祭誘われた!?」


 みずきが声を上げる。

「ちょっ、みずき、声大きいって!」

 私が慌てて窘めると、みずきが口元を抑え、頷く。

 いつもの中庭。いつものランチである。

「思い切ったね、弟君」

 香苗がのんびりと言った。

「兄には誘われてないんだ」

「うん。まぁ」

「で、どうするの?」

 と、香苗。

「断るよ」

 私はそう言ってオレンジのパックジュースを一気に啜る。

「断るのか~」

「そりゃそうでしょ。うちの学校の後夜祭の誘いって、つまりそういうことでしょ?」

「ま、そうだねぇ」

「そしたら、返事はごめんなさいじゃん」

 ズズズ、と嫌な音を立てる。ああ、もう空っぽだ。


「ね、志穂ってさ、斉藤君二人と大和君、三人だったら誰が一番好きなの?」

 香苗、真剣な眼差しである?

「ええ? なにそれ」

「だーって、今のところ三人からモーション掛けられてるじゃない? 誰が一番可能性あるのかな、って」

「あ、それ私も興味あるな」

 みずきも乗ってくる。

「そんなの、知らないよぉ」

 笑って誤魔化す。というか、本当にそんなの知らない。

「志穂って恋愛経験ないんだっけ?」

 香苗が不思議そうに訊ねる。

「ない。ビックリするほど、ない。私、恋愛不感症なのかな」


 なんだか悲しくなる。

 香苗など、初対面恐怖症なのに彼氏がいるのだ。しかも年上。私にしてみればそっちの方が不思議なんだけど。


「私なんか割と惚れっぽいからな。多分私なら転校初日の大和君でもう既にアウトだったと思う」

「え? 香苗、ほんとに?」

「いや、あれでオチないのって志穂くらいじゃない?」

 みずきまでもが、そう言う。

「えええ、ますます私がおかしい説誕生じゃないかぁ~」

 頭を抱える。

「あはは、まぁいいじゃない、志穂は志穂だよ!」

 バン、とみずきが私の背中を叩く。

「そうだよ、志穂は志穂だよ!」

 香苗が真似をして私を叩く。

「痛いよぉぉ」

 女子の友情は若干痛い。


 すると、

「あ、噂をすれば、兄が来たよ」

 香苗が渡り廊下の方を見て、言った。仁がキョロキョロしながら歩いている。そして私を見つけると、大きく手を振った。

「おーい、アリー!」


 アリーってなんだ!!


「アリーだって。いつの間にそんな仲に?」

 みずきが突っ込む。

「私が聞きたい!」

 私は拳を握り締めて立ち上がると、仁の元へ足を向けた。

「アリーって何!?」

 不満げに言うが、仁はニコニコしている。

「あだ名」

「いらない」

「じゃ、下の名前で、」

「却下」

 速攻否定、断固拒否、の構え。

「何か御用ですか? 斉藤兄」

 面倒くさそうに訊ねると、仁が眉間に皺を寄せた。

「その呼び方やだ。なんで俺は名前で呼んでくれないんだよ」

「じゃ、仁君、何か用?」

「ふふ、名前呼びいいな。じゃ俺も、」

「却下」

 手のひらを仁に向け、突き出す。

 なぜか仁は私の手に自分の手を合わせる。

「平行線タッチ」

「な、なんじゃそりゃっ」

 私は慌てて手を引っ込めた。

「あはは、有野は面白いな」

 楽しそうである。

「からかいに来たわけ?」

「あー、違う。誘いに来た」

 急に真面目な顔になって、仁。


「有野、後夜祭なんだけ、」

「ごめんなさい」


 即答である。


「はぁぁ? なんでだよ! 蓮には考えておくって言ったんだろっ?」

 仁が食って掛かる。

「いや、申し訳ないけどそっちも断る予定なので」

 キッパリ。

「まさか、大和と行くのかよっ?」

 険しい顔で、仁。

「は? なんでよ、違うわよ」

「じゃあなんで。いいじゃん一緒に行こうぜ、後夜祭。二人きりが嫌なら、最悪蓮と三人でもいいし!」

 しつこく粘ってくる。

「他に一緒に回ってくれる子沢山いるでしょう? 私じゃなくたって、」

「お前なぁっ」

 仁がガシッと私の手を掴む。

「俺はお前と回りたいって言ってんの! 他の誰かの話なんかするなよ!」


 あ、なんだろ、デジャヴ……、


「……ゴメン」

「あ、俺もごめん、大きい声出しちゃって。でも、考えておいてよ。うちの学校の、いわゆる付き合う云々じゃなくて、単に一緒に後夜祭楽しまないか? っていう誘いだから」

「……うん、」

「じゃ、またな、アリー!」

 仁が私の頭をポンと撫でる。そして走り去った。その背中に私は叫んだ。

「アリーは却下~~~!」


 遠くに、仁が手を振る後姿が見えた

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