第19話 リア充のための後夜祭
みずきと二人で教室に入る。香苗が「おはよ」と片手を挙げた。
教室では、つばさを中心とする女子軍団にタケルが囲まれていた。
「大和君、めっちゃすごい!」
「ねぇ、今度勉強教えてよ!」
「私も~!」
学年三位の話題で持ちきりだった。
「ちなみに志穂、どのくらい上がったの?」
香苗が聞いてくる。
「過去最高だよ! 順位で言うと、八十番くらい順位上がってたんだよ?」
こちとら、受験以来の気合で挑んだのだ。そりゃ順位だって上がるというもの。
「でも、勝負は負けだよね?」
そりゃそうだ。あんな点数叩き出されたらぐうの音も出ない。
「なにを要求されるんだろうねぇ~?」
香苗もみずきも楽しそうである。
「知らないっ」
私は、半ばやけくそに答えた。
きっとおかしなことは言ってこないはず。そう、祈っていた。
「ところでさ、劇の練習はどう? もうすぐだよね、文化祭」
香苗が話題を変えてくれた。ありがたい。
「まぁ、相変わらずな感じかな。ってか、私早帰りが多いから良く知らないんだけどね」
自分が死んだあとのシーンは見てない。タケルがどのくらい上達しているのかは謎だった。
「じゃあさ、文化祭どうする?」
「あ、そうだね」
どのクラスでなにをやるか、パンフレットを見ながら吟味していたのだ。
「たこ焼きは食べたいよね。あと、アイス!」
香苗はもっぱら食い気なのだ。
「私は演劇部見られればあとは何でもいいや」
みずきは優希目当てか。
「私も特に行きたいところは…、劇の方終わればどこでも行けるから、二人に任せるよ」
「問題は、後夜祭かぁ」
「だよねぇ」
みずきと香苗がじっと私を見る。
「……なによぉ」
そうなのだ。
後夜祭……。
それはリア充のための祭り。
校庭でキャンプファイヤーやら、ミスコンやら、告白大会やら、ダンスやらを開催する。去年は三人で参加してそれなりに楽しかったが、今年は…、
「私、みっくんと行く」
「ま、私も原君と」
「でしょうね!」
カレカノ持ちは、大体二人で参加する。なんなら文化祭きっかけで付き合い始めるカップルも多く、ひとりもんは後夜祭に参加せず帰ってしまったりするのだ。『後夜祭、一緒に行かない?』がイコール『付き合わない?』の意味になるくらい、後夜祭はリア充だ。
「あ、でもさ、もし大和君のお願いが『付き合ってください』だったら志穂も後夜祭参加出来るんじゃない?」
パン、と手を叩き、香苗。
「そっか! そうだよね!」
みずきもその気である。
「そんな、わかんないじゃんっ」
私は否定派。
「そうか、キスさせて、かも知れないもんね」
「……なっ!」
「キスかぁ~」
二人がウットリした顔で遠くを見た。
「それも違うと思います!」
私は否定派!!
*****
文化祭を三日後に控え、文化祭参加の部活以外は部活なしになる。この三日でどのクラスも文化祭の総仕上げをする感じだ。
「じゃ、一度通してみようか~」
亜紀が台本片手に声を張る。
役者陣は、結束を固めてきたというより、若干疲れてきていた。というのも、他のクラスに比べ、うちは練習が多い。そして長い。ひとえに、つばさがタケルと一緒にいたがるせいなのだが、付き合わされるほかのメンバーはうんざりしていた。
「何回やったって同じだろ」
ボソッと誰かが呟く。
そう。
タケルの大根っぷりは練習時間に比例して上手くなってくれないようで……。
「みんな、頑張ろうねっ!」
つばさが場を盛り上げるべく掛け声などかけてみるが、空気は重かった。
ざっと通し稽古をやる。
さすがに回数を重ねているだけあり、セリフを忘れたりすることもほとんどなく、劇自体はスムーズに進んでいく。
私も悪徳令嬢が板についてきた。
……あまり嬉しいことでもないが。
通しをやった後、休憩。
休憩中、近くで亜紀とつばさが話しているのが漏れ聞こえてくる。
「でさ、やっぱり折角なら客席に見える方がいいと思うの」
亜紀が声を潜め、言う。
「見せつけるってこと?」
つばさが聞き返す。
「そうだよ。だってわからせるようにやらないと、意味ないじゃん」
「私は別にそこまで……、」
「何言ってるのよ! せっかくキスするなら『あの二人ってそうなんだ』ってちゃんとわからせないとダメだって!」
……キス?
思わず耳がダンボになる。
「でもさ、本当に大丈夫かな?」
つばさが不安そうに言った。
「大和君に意識してもらうためでしょ! 別にキスくらい、大和君だって怒ったりしないと思うよ? てか、逆に健全な男子ならイチコロだと思うけど?」
ちょっと待て。
あんたたち、すごい計画立ててません?
私は聞いてしまったはいいが、口を挟める立場でもなく……その場は知らん振りをしてやり過ごした。
キス、したいのかぁ……。
恋だの愛だの、女子はそういうのが好きだ。でもやっぱり私にはよくわからない。タケルにドキドキさせられることはあるが、それは『恥ずかしい』とか『びっくりする』方のドキドキであり、恋しているドキドキとは違っている……と思う。
みずきや香苗はいつもキラキラしている。ああいう感じには、程遠い……。
「発展途上だ……、」
窓の外を見ながら、呟く。
「何が?」
ヌッと顔を出したのは、蓮。
「わっ! 斉藤君っ?」
ビックリした!
「こんなとこで何してるの?」
部活はないのだし、クラスの劇には出ないみたいだし。
「劇の裏方の手伝い。今はさぼり中。それより有野~、仁も俺も斉藤なんだよ?」
当り前じゃないか。兄弟なんだから。
「え? うん、知ってる」
私の返答に、蓮がずっこける。
「鈍いな、有野。俺が言ってるのは、呼び方」
「へ?」
「だ~か~ら~、下の名前で呼んでって」
あー、そういうこと。
「蓮君……?」
「そう! それだ! 俺も下の名前で呼んでいいっ?」
ぴょんぴょんしながら、蓮。
「イヤデス」
私はそれだけ言うと容赦なく窓を閉めた。
「ちょ、有野、ひどーい」
窓の外で何か言っているが、無視。
「やだ、有野さん意地悪しないでお話してあげなよ~」
つばさがやってきて窓を開ける。
「ちょ、」
「わーい! 誰? ありがとう、救世主!」
「いえいえ、どうぞごゆっくり」
つばさはそう言うとこっちを気にしている様子のタケルの元へ走った。
「大和くーん、ここなんだけどぉ」
努力家である。
「ね、有野」
「何よ? もう、早くクラスに帰った方がいいよ? みんな練習してるんでしょ?」
やんわりと言ってみるも、蓮はニコニコしながら窓枠に肘をつき、話を続ける。
「つれないなぁ、有野~」
「もう閉めるよ」
窓枠に手を伸ばす。と、蓮が私の手を押さえ、妨害する。
「あのさ、有野って後夜祭行く?」
「は?」
「まだ予定ないんだったらさ、俺と行かないかなー、って」
握った手を放さず、蓮。心なしか照れているようにも見える。
「ね、どう?」
私は何と答えていいかわからず、思わず
「かっ、考えとく!」
と言ってしまう。蓮はニコッと笑って、
「前向きに検討して!」
と言い、去っていった。
去り行く耳が真っ赤に染まっていたのは、夕日のせいではない気がした。
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