第18話 勝負の行方
「ここ、入って!」
タケルに言われ、押し込められる。ここ、なんの部屋よ?
新館一階、普段は来ない場所。電気がついてないからよく見えない。
私は息を整えながら、目を凝らす。
「もしかして、双子に追われてた?」
「はぁっ、そっ、そうっ」
シンとした部屋に、私の息遣いだけがやたらと煩い。ああ、早く呼吸整って!
「いっぱい走らせちゃってごめん」
「いや、だっ、いじょぶっ」
少しずつ呼吸が整う。
「ふぅ~」
「ふふ、」
タケルが隣で笑った。
「なに?」
私、何か変なことしただろうか?
「いや、ちゃんと逃げてくれたんだな、って思って」
「え? あ……、いや、そんなんじゃっ」
この前のコンビニで、確かにそんな話をした覚えはあるけどっ。
「ありがと」
タケルが私の頭をポンと叩いた。
「大和君、体育館行ったほうがいいよ。多分みんな待ってるから」
「そうだね。でも、有野さんは?」
「私のシーンは終了。先に帰るね」
「またか……」
タケルが顔をしかめる。しかし、思い出したように、言った。
「ああ、そうだ」
「ん?」
「明日だよ。中間の順位発表」
「あ、」
すっかり忘れていた。勝負してたんだっけ。
「大和君……どうだった?」
「ま、俺の勝ちだね」
自信満々だ。
「私だって結構よかったよっ?」
一応、言っておく。
「明日が楽しみだ」
もう一度、私の頭をポンと叩き、笑った。
そして翌日、私は、甘かった自分を恥じることになる……。
*****
「嘘でしょ……?」
貼り出された上位成績者の名前。
掲載されるのは二十位までだ。
「ヤバくないっ!?」
「すごーい!」
女子たちが貼紙を見て騒いでいた。
「志穂、おはよー」
「あ、おはよ……、」
「私の名前、あった?」
いつも十番以内のみずきである。今回は八番目に名前があった。
「……って、はぁぁぁっ?」
みずきが声を荒げる。上位にタケルの名前があるのだ。
しかも、斉藤兄弟より、上に。
「ちょっと、三位ってなに? どういうことなのよ?」
「うん……、私、最初から騙されてた?」
タケルは中の中だと聞いていたのだ。中の中から学年三位はさすがにないだろう。
「有野さん!」
声を掛けられ、振り向く。翔と信吾だ。
「三上君、ねぇ、ちょっとこれどういうことなのよっ? 私のこと騙してた?」
二人に詰め寄る。
「騙してないって! タケルが前行ってた学校、うちと偏差値大差ないし、模試の結果だって教えてもらったけどそんな良くない数字だったもん」
「一緒に勉強した時だって、そんな出来る感じなかったよな?」
「じゃ、これって……、」
単に勉強した結果ってこと?
タケルは三位。
斎藤仁、斉藤蓮は共に六位で、なんと二人は『五位以内』ではなくなっていたのだ。
「これは、愛の力だねぇ」
むふふ、とみずきが笑った。
「……は、」
私は開いた口が塞がらなくなっていた。
「あーりのっ」
「昨日はどこに隠れてたんだよ」
双子がやってくる。
「探したけど見つけられなかったぜ」
「ほんとだよ」
「あんなふうに追いかけられたら逃げるに決まってるでしょっ」
私は不満たらたらで抗議する。
「……って、おい、蓮」
急に真剣な顔で仁が蓮の頭を小突く。
「なんだよ、」
仁が黙って貼り出された紙を指した。
「……は?」
蓮もまた真剣な顔で貼紙を凝視した。
「なにこれ、マジ?」
「ヤバいな」
二人はじっと貼紙を見つめた後、
「有野、またな」
「またな」
と、大人しく教室へと戻っていった。
「変なの」
私が呟く横で、翔と信吾が、
「有野さん、今のって斉藤兄弟?」
「知り合い?」
と聞いてくる。
「あ、うん。一応」
「あいつら越えちゃったのかよ、タケル」
「マジか~」
二人があまりに驚いているので、
「なんなの?」
思わず尋ねる。
「あの二人、医者の息子でさ、医学部目指してるんだよ。部活やめろって親に言われてるんだけど、学年五位以内なら部活続けていいって条件らしい」
「え? じゃあ、」
「六位はヤバいのかもな」
改めて貼紙を見る。
雲の上の話でしかない。
「みずきって、すごいんだね」
改めて友の成績を噛み締めてみた。
「私なんかまだまだだよ。点数見てよ。五教科五百点満点で、四百九十三から四百七十までが六人。七位から下は四百五十台だよ?」
「雲の上過ぎて何も見えません」
言い切る。
「上位が頭良すぎってこと」
なるほど。
私はとりあえずわかったフリをした。
*****
「おい、あいつ」
「ああ、マジでヤバいやつだな」
仁と蓮は廊下を歩きながら声を潜めて話した。昨日、志穂を探している時、タケルに声を掛けられたのだ。『有野さんを追い回すのをやめろ』と。もちろん二人は一笑した。まだ付き合ってもいないくせになに言ってるんだ、と。
タケルは一切怯んだ様子もなく、
「俺は有野さんに選ばれるように努力する。ただ悪戯に追い回してるお前らと一緒にするな」
そう言ってきた。
「俺、俄然やる気になったな」
「俺もだな。なんか、今までとは違う感じ」
今までだってそれなりにモテていたし、頭だって悪くない。医者の息子だと言えばそれだけで寄ってくる女子もいた。自分たちは恵まれていたし、それをわかった上で好き勝手やっていた自覚もある。何かに執着することなど、今までなかった。なのに。
「なんなんだろうな、これ」
「わかんね。はっきり言って有野、別に美人じゃないしな」
辛辣である。
「でも、」
「そうだな、なんか」
二人は顔を見合わせた。
「なんか、いいんだよな」
「なんか、いいんだよ」
ハモる。
「大和タケル、要チェックだな」
「要チェックだ」
変なスイッチが入ってしまったのだった。
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