第17話 中間テスト

 はっきり言って、こんなに一生懸命勉強したのは高校入試以来である。まさか自分がここまで頑張れる人間だったとは思わなかった。テストは上々。結果はわからないが、間違いなく今までで一番の成績を残すだろうと確信していた。


「有野ぉ、最後どうだった~?」

「ちゃんと出来た~?」


 廊下から声を掛けてくるのは斉藤兄弟。あのファミレスの日以降、なにかというとうちのクラスまでわざわざ来て、声を掛けてくる。私は、マークされているようだ……。


「また来てる。もー」

 私は仕方なく席を立つと、廊下に出る。

「数学はおかげ様でいい感じでした。はい、ありがと」

 それだけ言い、教室のドアを閉めようとするが、仁に手で押さえられてしまう。

「ねぇ、試験終わったしさ、文化祭の振り替え休日、どこか行かない?」

「映画とか、見ちゃう?」

「行かない。じゃ」

 今度こそ、教室のドアを閉める。ドアの向こうでは双子がまだ「有野ぉ」と言っていたが、無視。大分扱いには慣れてきた。そのままみずきと香苗のところへ。


「急に来たね、モテ期」

 香苗が含みのある言い方でそう言う。

「私にはふざけてるようにしか見えないけどなぁ」

 私はそう言ってドアの方に目を遣る。二人の姿はもうない。

「新しい玩具見つけて遊んでる犬みたいじゃない?」

 ま、そうなると私は玩具になってしまうのだけど。

「私、この前、原君に聞いてみたんだよね」

「何を?」

「双子は本気なのか遊びなのか、って」

「それでっ?」

 香苗が目をキラキラさせる。

「あの二人、結構モテるタイプみたいでさ、今までも彼女いたり別れたりだったんだって」

「頭いいしね」

 顔がそこそこでスポーツ抜群か成績優秀なら大体モテるのだ。

「飽きっぽいのか性格に問題あるのかわかんないけど、あんまり長続きしないみたい。今は二人とも、フリーだって。でも彼らを狙ってる子はいるみたい」

「えー、じゃあ志穂、また目の敵にされちゃうじゃん」

 香苗が心配そうに私を見た。


 仁はバレー部、蓮はバスケ部らしい。そして優希は演劇部。体育館で一緒になる彼らは、そんな繫がりから仲良くなったらしい。

「志穂、放課後の体育館には近付かない方がよさそうだね」

 真剣な顔で香苗が言った。

「体育館に用なんかないってば」

 私はあはは、と笑って言った……のだが……。


*****


「じゃ、この後体育館に移動しまーす」


 放課後、体育館……。

 文化祭の劇の練習である。


 各クラス一回だけ、体育館でのリハーサルを許可されているのだ。

「ねぇ、サッカー部いつ終わるの?」

 つばさが亜紀に詰め寄る。

「あと三十分くらいだって」

「早く来てくれないと、リハ出来ないじゃん」

「大丈夫、順番バラバラにやるから。あ、有野さん」

「はい」

「有野さんの処刑シーン、はじめのうちにやっちゃうからよろしくね~」

「あ、うん。わかった」


 行きたくないな、体育館……。しかも処刑シーン。見られるの恥ずかしい。

 きっとあの二人のことだ、面白おかしくからかってくるに違いないのだ。


 覚悟を決めていざ、体育館へ!


 中はバレー部とバスケ部、卓球部が部活をしていて、それなりに熱を帯びている。


「じゃ、まず緞帳どんちょう下すね。みんな舞台中央に寄って~」


 亜紀が声を掛ける。ああ、幕を下ろすのか。これなら見られる心配もないわけだ。私はホッと胸を撫で下ろした。

 緞帳が降り切る前に、コートの方から

「あーりのー!」

 という声が聞こえた。チッ、見つかったか。今のは蓮だ。


「じゃ、まずは有野さんがつばさに毒入りワイン飲ませるところからやろうか」


 言い方!!

 私がじゃないしっ。アリアナだしっ。


 そう言いたいのを堪えて、私は舞台中央に立った。つばさとのシーンはあまり合わせていない。いつもつばさがロミオとの絡みばかりやりたがるからだ。


「さあジュリエット、愛しのロミオが来る前にこのワインを飲み干してしまいなさい。あなたのお父様もワインがお好きだったわよね」

 ジュリエットの父親を殺したアリアナはジュリエット本人も殺そうと試みる。

「あなたがお父様を…?! なんという酷いことを!」

「大丈夫、お前もすぐに父のもとに逝ける」

 そう言ってジュリエットに毒入りワインを飲ませるのだ。

 ジュリエットの命が危ない! というその瞬間、駆け付けるのはロレンス修道士率いる憲兵たち。信吾はまだ来ていないので、代役だった。

「そこまでだ! アリアナ!」

「ロレンス修道士! なぜここに?」

「天はいつだって正義の道を照らすもの! キャピュレット家当主を殺害した罪、今ここで償うがいい!」

 憲兵たちが剣を抜く。ここで切られて死ぬわけだが。


「ねぇ、ちょっと待って」


 つばさがストップをかける。むくりと起き上がり、言った。


「ここさ、切られるんじゃなく、毒入りワイン飲むことにしない? ボトル煽って、悪態ついてワイン飲んで苦しんで、死ぬの!」

 楽しそうに言うセリフではない。

「あ! なんかそれ、いいかも!」


 でしょうね。私の公開処刑の方法考えるの、さぞ楽しいんでしょうね。


「悪態って、何言うの?」

 半ばうんざりしながら、聞いてみる。

「えー? そのくらい考えておいてよ~」

「ねぇ~?」

 なーにが、ねぇ~?だ! まったくもう。


「遅れてごめーん」

 舞台に上がってきたのは信吾。ということは、サッカー部終わったのか。

「あれ? 大和君は?」

 早速つばさが食いつく。

「すぐ来るよ」

「ああ、有野さんはもう上がっていいよ~。大体あんな感じでよろしく。じゃ、お疲れ様」


 今日も早帰りだ。タケルと一緒にさせたくないのだろう。わかりやす過ぎる。


「じゃ、お先に」

 信吾にそう言って、私は袖から舞台を降りる。緞帳の向こうには、何故か双子が待っていた。


「あれ? 早くない?」

「まだ二十分くらいじゃね?」

「ちょっと、二人とも何してるのよ? 部活でしょ?」

 見れば、まだバレー部もバスケ部も練習中だ。さぼりか。

「だって有野がいたから~」

「こっそり見に来た~」

 私はわざとらしく溜息をつくと、

「私の出番は終了。ではサヨナラ」

 片手を挙げてその場を後にする……つもりだったのだが、

「帰るの?」

「一緒に帰る?」

「部活しなさい」

「今日は体調がさ、」

「そう、あんまりよくないかも」

 ちょこまかと周りをうろつきながら、嘘八百である。何気なく体育館を見渡す。そして気付く。香苗の心配が杞憂に終わればよかったのだが……そうではなさそうだ。遠巻きに私を見ながらひそひそ話をする集団が、確認できただけで三組いる。


「バイ!」


 私はそう叫ぶと、出口に向かって走った。

「有野、逃げた!」

「なかなかの瞬発力!」

「追う?」

「でしょ!」


 双子が走り出す。


 なんで学校で鬼ごっこしなきゃならないのか。私は双子が追いかけてくることを想定していたので、止まることなく昇降口へ向かっていた。彼らはまだジャージだ。カバンも持っていない。だから逃げ切れる!


 しかし、少し走るだけですぐに息が上がってしまう。私は少しスピードを落とし、階段の陰、石壁に背中を付けて呼吸を整えていた。


「……有野さん?」


 ビクッと肩が震える。が、声を掛けてきたのは双子ではなかった。

「体育館練習じゃないの?」

「ああ、やま、っと、くんっ」

 はぁはぁしながら、返事をする。


「おーい、」

 遠くから、仁の声。

「ヤバッ、追い付いてきたっ」

「もしかして、逃げてる?」

「うんっ、そ、そうっ」

「じゃ、こっち」

 タケルが私の手を取り走り出す。


 もう走りたくない!


 私はぐいぐい引っ張られ、足がもつれそうになりながら、校内を走っていた。

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