第1話 出会いはいつも唐突
「嘘でしょ……?」
私は自分に見えているものが現実とは思えず、何度も目を瞬かせた。途中まで一緒に帰ってきたみずきとはとっくに別れた後だ。夕暮れ時、近道だからと通り抜けるいつもの公園の中に、ソレはいた。
少し、頭を整理する。今見えているものが本物だとしても、何かこう、已むに已まれぬ事情があるに違いないわけで、だからこそこんな夕暮れ時の公園で、鉄棒にぶら下がって大車輪をしているに違いないわけで、しかもソレは学ランを着ていて皮膚は青っぽくて頭に二本の触覚みたいなのが生えているけど、きっと全部何か事情があるわけで!
何とか心を落ち着かせつつ、この場から立ち去る方法を考えていた。回れ右して歩き出せば済むことなのだが、足が地面とくっついたまま微動だにせず、更に言うなら視線もソレの大車輪から一ミリも外せずにいた。
どれくらいそうしていたのだろう。大車輪をしていたソレが、呼吸を乱しながら鉄棒を降りた。疲れたのだろうか?
「あ……」
ソレが私に気づいてしまった。ばっちり、目と目が合ってしまう。私は背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、何とか口を開こうとするのだか、動かない。石に変えられてしまったのではないかと半ば本気で思っていた。
「変なとこ、見られちゃったなぁ」
私の緊張とは裏腹に、ソレは恥ずかしそうに頭を掻きながら照れてみせた。ちなみに、顔を赤らめているかどうかはわからない。だって青いんだもん。
「あっ、あ……あのっ」
このことは誰にも言いません! どんな事情があるかもわからないし別に知りたくもないっていうか、いや、ちょっとは気になるけど今はそんなこと言っている場合じゃなさそうだしとにかくちょっと怖いんで早くこの場を離れたいんですけどすみません! と言いたいのに全く出てこない。
「SNSとかで拡散だけはしないで! めっちゃ恥ずかしいから! ね? この通り!」
そう言って手と手を合わせ、お願いポーズをとる。
「だっ、大丈夫です! 私、誰にも言いませんから!」
警察にもNASAにも!
……のところはかろうじて飲み込む。
「ありがとう! ほんと、人に見られてたなんて…ヤバかった~。あはは」
どこまでも陽気だ。
「あ、自己紹介が遅れました。俺、大和タケルっていいます。今、高2っす!」
「嘘でしょ!?」
ツッコミどころ満載な彼の一言に、つい本音が出てしまう。宇宙人じゃん! ヤマトタケルじゃないじゃん! それともなに? いわゆる昔の神様たちって宇宙人? あれ? ヤマトタケルは神様じゃなかったかな?
「えー? そんなに老けて見える? それとも、中学生に見えたとか!?」
タケルが言う。
私は首をぶんぶん振って、答えた。
「いや、そうではなく! だって、その……は? 高2って……学校行ってるってこと?」
「やだなぁ、当たり前じゃないか!」
「ってことはあれかしらっ、漫画研究会とかに所属していて、SFとかがお好きで、だからそんな恰好を?」
ついに、聞いてしまう。
タケルは一瞬きょとんとした顔を見せ、それからハッとしたように両手を頭の上に乗せた。
「ちょっと待って、君……見えるの?!」
明らかに動揺した様子で、タケル。
「見えるのって…え? 宇宙人じゃなくて幽霊ってこと?」
ゾワッと鳥肌が立ち、つい、心の声が出てしまう。
勝手に宇宙人だと思っていたが、宇宙人のコスプレをしたまま死んだ人の霊かもしれないわけだ!
「やっぱり見えるの?! 俺の本来の姿!」
「本来の…姿?? コスプレじゃなく?」
「……見えるんだ……君……そうか!」
タケルは嬉しそうにガッツポーズをとると、私の手をガっと握り、ぶんぶん振り回しながら興奮気味に言った。
「出会えたんだ! 運命だ! 一生幸せにするから!」
「……へ?」
私はというと、すべてのことが呑み込めず、腕を振り回されながらただ、戸惑っていた。
「君は未来の花嫁さ! さぁ、名前を教えてくれないか?」
「はな……よ……」
今、なんつった?
「教えてくれないなら、スイートキャンディーちゃんって呼ぶけど、いい?」
へん……へへへへん、
「変態~~!!」
バッと手を振りほどき、一目散に、走る。
とにかく振り返らず、ひたすら走った。
後ろの方から『スイートキャンディーちゃーーーーん』という声が聞こえてきたような気もするが、とにかく走って、走って、帰った。
忘れよう。
きっと幻だ。
そうでなきゃ悪質な悪戯か変態のどちらかに違いないのだ。
*****
タケルは、走り去る彼女の姿をただ茫然と目で追いかけていた。ついに現れたのだ。本来の姿を見てくれる人が。
最初は『高校生にもなって鉄棒に夢中になっている恥ずかしい俺』を見られたのだと思った。でも違う! 彼女には、『俺』が、見えていたんだ!!
これはもう、奇跡と言っても過言ではない。我々ピコラ星人は人間の姿に化けているのではない。特殊な電磁波を放つことで、人間側のビジョンそのものを脳波レベルから変えているのだ。つまり、ピコラ星人が放つ電磁波に反応しない特殊体質な人間しか、本来の姿を見ることは出来ない。そしてまた、そんな人間がいるとするならば、それはもう特殊すぎて結ばれるしかないだろう!!
「あの子、どこの学校なんだろうな……」
なんとしてでもお近付きになりたかった。タケルはピッと背筋を伸ばし、電波を飛ばした。集中して、彼女の気配を探る。探して、探して……
ピコーン
ピコラ星人にしか聞こえない音が、彼女の居場所を確定したと知らせてくれた。
「よし! 青春だ! ここからが、俺のターンだ!」
タケルはガッツポーズをすると、沈む夕日に向かって誓うのであった。
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