第2話 シチュエーションはいいのに

 翌日、私は重たい頭で学校への道を歩いていた。昨日のことは結局誰にも言えなかった。言ったところで、誰が信じるというのだ。宇宙人が鉄棒してた……。無理。


「おっはよ~! あれ? 志穂なんだか元気ない感じ?」

 いつもの調子で声を掛けてくる香苗に、私はちょっとだけ弱音を吐いてみる。

「うん、ちょっと嫌なことあってさ」

「え? ほんと? どうしたのっ?」

 香苗が私の肩を掴んで顔を覗き込む。私は、昨日のことを話したかった。本当に、本当に話したかった。でも、やっぱり言えやしないわっ!

「大したことじゃないんだ。ねぇ、それより昨日はどうだったの?」

 パッと話題を変える。付き合い始めの香苗は、彼氏のことを話題に振ると、お喋りが止まらなくなるのだ。

「あ、うん……ちょっと……。みずきと三人になったら話す」

 急にモジモジしながら俯く。


 え? なに? なんかあったね!?


 私の勘がそう言っている。

「みずきは!? まだ朝練やってるの? もうっ、早く聞きたい~!」

 そうこうしているうちにチャイムが鳴った。みずきは滑り込みセーフだ。よって、香苗のモジモジ話は休み時間までお預けとなってしまう。


 担任が入ってきた。

 そして、言った。

「実は、今日からこのクラスに転校生が入ることになった」

 教室がざわつく。

 私はみずきと香苗に視線を向けた。二人とも首を傾げている。誰も情報を知らなかったようだ。

「入りなさい」

 先生に促され、教室に入ってきたのは……


 ズザザザッ


 私は椅子を引いた。のけぞったのだ。だって、青いから。


「今日からこの教室で一緒に勉強することになった、大和タケル君だ。みんな仲良くするように」

 黒板には『大和タケル』の文字。

 相変わらず青い、頭に触角の生えた彼は、しかし何故か女子たちの黄色い声を浴びていた。

「ヤバくないっ!?」

「めっちゃかっこいいんだけど!」

「なに? 芸能人とかなの?」


 キャーキャーしてる女子たちの声は決して気持ち悪がっている方のキャーではない。私は意味が分からず、もう一度青い宇宙人を見た。そして、ばっちり目が合ってしまう。


「あ! 見つけた!」


 ぱぁぁっと頬を高揚させ(ている風)タケルが私の方へと向かってくる。私は警戒しながら腰を浮かせ、いつでもダッシュ出来るように構えた。


「名前、有野志穂さん……だよね?」

 ザワ、と教室が揺れる。

「どうしても君に会いたくて、ここまで来たんだ。マイスイー、」


「無理~~~~!!!」


 私は彼の言葉を遮ると、そのまま立ち上がりダッシュで教室から逃げた。

「先生、俺有野さんが心配なのでちょっと行ってきます!」

 タケルは爽やかにそう言うと、志穂の後を追って駆け出して行った。

「どうなってんの……?」

 みずきが香苗に聞く。

「わかんない……」

 香苗が答える。

 そして二人は、

「これは」

「面白いことになりそうね」

 と呟いたのである。


*****


 よくわからないうちに教室を飛び出していた。ただのモブだった自分にはありえない行動だ。でも、逃げたかった。なにから? 宇宙人から? それとも、思ってもいなかったモブ脱出の現実から? よくわからない。


「待って、有野さん!」


 後ろから声がする。

 追ってきた!?

 私は疲れ始めた足に、より一層のアクセルを課し、裏庭へと続く別館渡り廊下を走っていた。が、


 グンッ


 手首を掴まれ、前に進めなくなる。

 呼吸を整えながら、ゆっくりと振り返る。


 青い……


「俺、これでもサッカー部で選手とかやってたからね。駆けっこなら負けないよ?」

 爽やかだ。

 青いけど。

「あっ、あのっ、こ、これってっ」

 かくいう私は運動部経験もなく、息が上がっている。全力出しすぎた。

「落ち着いてよ。大丈夫?」

 青い顔が私を覗き込む。ちっとも大丈夫ではなかった。

「あの、手……放して……ください」

 掴まれたままの左手首。タケルは真剣な顔で言った。

「俺から逃げないって約束してくれるなら」


 ああ、これいい感じにアオハルじゃん。頭に触角なければ……。


「逃げない?」

 きゅるん、とした眼差しで小首を傾げ、聞いてくる。凄まじい可愛さだった。青いんだけど。

「逃げ……ない。多分」

 私は正直に答えてしまう。

「今度逃げたら、手首捕まえるだけじゃすまないからね」


 え? 脅された? 何それ、怖い。


 タケルがそっと私の手を離した。

「さっきも言ったけど、有野さんにどうしてもまた会いたくて、俺のこと好きになってほしくて来ちゃったんだ。迷惑…だった?」

「いや、それは……」


 はい、そうですね、忘れたかったです、とも言えず。


「昨日は脅かしちゃって悪かったって思ってる。でも俺、有野さんと仲良くしたい! ゆくゆくは嫁にしたい!」

「はぁっ?」

 突然のプロポーズに、焦る。

「今はまだお互いのこと知らないから、こいつ何言ってるんだって思うかもしれないけど、俺らの出会いは運命なんだ!」

「いやいやいや、なんでよ?」

「それは……、有野さんが本当の俺を見てるから……」

 昨日も言ってた。


 え? ちょっと待って? ってことは、


「みんなにはその触角見えてないってこと?」

 私の言葉にタケルが慌てて、私の口を封じる。後ろから抱きしめるみたいな状態で私の口を手で塞いだのだ。

「ダメだよ、そんな大きな声出しちゃ」

 結果、耳元で囁かれる形となり、私は慌てた。心底慌てて、何とかタケルの腕を抜けようとするのだが……、

「逃げないでって言ったろ?」


 あまーーーーーーーい!


 私は顔が赤くなるのを感じた。多分耳も赤い。きっと体中タコのように赤いに違いない。


 そして彼は、青い……。


「無理やりどうにかしようなんて思ってない。一緒に学校生活を送って、その中で俺のいいところを一杯知ってほしいと思ってるだけなんだ。そして俺も、有野さんのこと、もっと知りたい」


 わかった! もうわかったから~~!

 心臓が持ちません。


「それから、俺が宇宙人だっていうのも内緒だよ。誰にも言っちゃダメだ。わかるね?」

 私は何とか首だけをうんうんと縦に振り、彼に「YES」を伝える。

「よかった! これからよろしくね、有野さん!」


 そう言うと、タケルは私の後頭部に軽く口付けをした。

 私は、その場にしゃがみこんでしばらく動けなかった。

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