第4話 Caught by the Church
教会では、変わらず同性愛者の排除を説いている。
肩身の狭い思いをしながら、隣に座るフェリスと一緒に神父様の説教を聞いていた。
私がフェリスに想いを寄せていることを知られてはならない。
ひっそりと、
誰にも知られずに……
私だけが、フェリスへの想いを抱き続けられればいい。
教会の目からも、人々の目からも逃れて、この秘密を抱えていくんだ。
いつの間にか周囲の音が消えていて、ふとあたりを見回すと、私達しか残っていなかった。
「いつの間にか終わってたんだ……」
「リリア、大丈夫?」
「うん……ちょっと考え事。気にしないで」
「……うん」
きゅ、っと私の手を握りしめるフェリスの手。
彼女の体温が伝わる。
――この気持ちを伝えられたらどんなにいいだろう――
そう考えながらも、もう一度、頭(かぶり)を振る。
心配そうなフェリスの視線を感じながら、教会を後にした。
――怪訝な表情で私達のほうを見つめる神父様がいたことには、気づかなかった。
★ ★ ★ ★
教会を出た私達は、一緒にご飯を食べた後、いつも寄る川辺に腰を下ろした。
前から考えていたことを、フェリスにお願いしようと思っていた。
「フェリス、実はお願いがあって……。あなたの絵を、描かせてくれない?」
「私の絵?」
「だ、ダメかな……?どうしても描きたくて……」
「ううん、そんなことないよ。昔からリリアは絵が得意だものね。あなたに描いてもらえるなんて嬉しい」
「よかった!じゃ、じゃあちょっと道具を取ってくるから待っててくれる?」
「うん。待ってる」
よかった!やった!フェリスの絵を描ける。
絵を描くのが好きで、昔からいろんな絵を描いてきたけど、今日ほど私に「絵」というものがあることに感謝したことはないかもしれない。
私は急いで木炭と紙を手にとって川岸に戻った。
「おまたせフェリス!」
「ううん、ちょうど川を眺めていたの。いいものね、こうしていると」
「……その表情、すごくいい。ちょ、ちょっとそのままにしてもらえる?」
「うん、いいよ。これでいい?」
「うん!じゃあ始めるね……」
川を眺める表情が、どこか儚さを感じさせる。
フェリスの横顔がすごく綺麗だと思った。
この瞬間を閉じ込めたい。
私の絵の中で、私だけのフェリスを描きたい。
私の想いは、今このときにこそ集約されたような気がした。
「ふぅ。ありがとうフェリス。できたよ」
「わぁ……すごい……私、こんなに美人じゃないよ?」
「そんなことない!私にはそう見えてるんだから」
「ふふ、ありがとう。照れるけど嬉しい。ねぇ、もう一枚描いてくれない?私もフェリスが描いた絵を欲しいの」
「……う、うん!もちろんいいよ!同じポーズでいいかな」
「そうね、ちょっと楽な姿勢になってもいい?」
「もちろん。じゃあ私も準備するね」
そうやって、今描き終わった絵を大切にしまおうとしたときだった。
「――ふむ。よく描けていますね。まるで生きているようです」
「――?」
「し、神父様!?」
背後から急に声をかけてきたのは、神父様だった。
どうしてこんな場所に、と言う前に、私がしまいかけた絵を手に取った神父様が言葉を続けた。
「いえいえ、なかなかどうして……これほど素晴らしい絵をお描きになるとは。まるで魂が宿っているようだ」
妙にゆっくりと手に取った絵を眺め、私とフェリスを交互に見た。
――まさか――
背中に冷たい汗が流れる。
神父様の声が、恐ろしいほどゆっくりと聞こえた。
「ふむ……絵が生き生きとしている。まるで感情まで読み取れるようです。描き手であるあなたの想いが……」
「な、何のことだか、わ、私には分か……」
「隠さなくても分かりますよ。えぇ、この絵にはこの人物に対する想いが溢れている」
大げさに、仰々しく……反論を許さないかのように、神父様は私が描いた絵を手にとって語り続ける。
「絵には描き手の心、魂が宿るもの。描き手であるあなたの、『この女性への想い』が込められているのです。ものすごく熱い想いが、ね」
言い終えると、私の方をじっと見つめてくる神父様。
まずい、と思い目を逸らしてしまった。
気が動転して否定しようにも、神父様の視線が、もう手遅れだと告げているように思えた。
「どうなのですか、リリアさん?否定できますか?」
「……わ、私は……私は……」
その時フェリスが神父様に言い寄っているのが目に入った。
「い、一体何の話をしているの……?神父様!リリアに一体何が……」
「……私の口から直接申し上げるのは憚られますが……教会としてリリアさんに是非お伺いしたいことができた、とだけ。言えるのはそれだけです」
「そんな……リリアはどうなるんですか!?友達なんです!親友なんです!!」
その言葉を聞いた神父様が目を細めた。
「友達……親友。なるほど、そういうことですか。リリアさん、それが『あなたが選んだ道』だとでも言うのですか?」
「……」
否定も肯定も、しなかった。できなかった。
もう、ここまで来たら、ダメだ。諦めるしか、ない。
決心し、フェリスのそばに行って、最後の言葉を告げた。
「……ごめんねフェリス……今までありがとう……さよなら」
「リリア?リリア!?ねぇ!!リリア!!!」
胸が引き裂かれそうだった。
あぁ、後ろを振り返ることができたら、どんなにいいだろう。
神父様が来なくて、あのまま平穏な日々が過ぎたら、どんなに良かっただろう。
でも、もうそれも後の祭り。
せめてフェリス……あなただけでも、何もなかったように過ごしてほしい。
決してフェリスのほうを見ることなく、溢れる涙もそのままに、まっすぐ神父様を見据える。
「神父様……」
「……ふむ、もうよろしいですか。この絵をもとに教会でじっくりと調べていきましょう。おい!」
神父様が呼びかけると、茂みの奥から衛兵が数人やってくる。
混乱するフェリスに、神父様は一言だけ言い残して、私を衛兵に連行させる。
「ど、どうして!?リ、リリアをどうするおつもりですか!?」
「……フェリスさん。この者、リリアには背信の疑いがかかっています」
「そんな……!ま、まってください!リリアは、リリアは決して、決してそんなんじゃ……な、なにかの間違いです!」
「間違いかどうか。それを判断するのは我々です。さ、連れていきなさい」
「ま……待って……リリア!リリアー!!」
――フェリス。
私の愛しい、かけがえのない人。
さようなら。
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