EPISODE3 経世済民

「<経世済民>とは『世を治め民をたすける』、『世の中をよく治めて、人々を苦しみから救うこと』という意味になりますね」


 人工知能A Iの妖精ルナは、今年二十歳になったばかりの安東葵あんどうあおいの質問に簡潔に答えた。

 その名の通り、エメラルドグリーンの髪、ブルーの瞳で透明のはねをもつ、掌に乗るぐらいの妖精のような少女である。

 元々は米国のグローバルIT企業<センブンシスターズ>が開発した量子コンピューター実装の人工知能A Iだったが、とある事情でここ、島根県出雲市斐川町にいた。

 

「『経済』の本来の意味って、そういことだったのね。最近の日本は新型567ウイルス禍の世界的終息で輸出も伸びてるのに、貿易赤字なのはどうしてなんだろうね?」


 そんなことに疑問を持った安東葵あんどうあおいはおかっぱ頭に麦わら帽子を被って、自分で作った小さなキャベツ畑の収穫の休憩中に好物のお菓子の『かりんとう』を食べながら玄米茶を飲んでいた。

 地元の農業大学に通う、今年二十歳になったばかりの、まだ、うら若き乙女だったが、遠目から見たら農作業中のおばあちゃんに見まちがうだろう。

 時に2022年8月27日のある夏の暑い日だった。空は高く青く気持ちいい。


「原油価格の高騰が原因ですね。元々、貿易赤字の原因の多くは原油などのエネルギー関連であることが多いのですけど。EU、特にドイツとかはウクライナ、ロシア戦争の影響でロシアからの天然ガスのパイプラインが停止されて、天然ガス価格高騰で価格安定化の補助金が膨大に膨れ上がってますね。ロシアから中国、東欧諸国へ供給されてる天然ガスを迂回輸入して今年の冬は凌ぐ目途は立ってるらしいですが」


 AIの妖精ルナが的確な情勢分析をした。

 ロシアとウクライナの戦争なのに、EUやドイツが敗者というのは皮肉な結果だが、EU諸国の軍事同盟NATOと米国がウクライナを支援している代理戦争なので、ロシアへの経済制裁の報復ということでもある。


「そういえば、昔、岡山県倉敷市の市民団体のyoutube動画を見ていたら、エネルギーの自給自足の循環型システムを日本に作ればいいと言ってたよ。岡山県真庭市の『里山資本主義』や瀬戸内市の『里海資本論』がNNKとかの番組放映で話題になってるけど、地場産の木材チップやペレットをエネルギー源とする『バイオマス熱源システム』『バイオマス発電』『ペレットストーブ』などのバイオマス発電を普及してるんだって。EUなんかでもウクライナ戦争の余波のエネルギー価格高騰から薪ストーブが復活してるというし。その他にもNNKの番組では岡山県瀬戸内市の牡蠣の養殖の際に、赤磐市の山から流入する鉄分などが役立っていて、B級グルメで上位入賞する牡蠣のお好み焼き<カキオコ>が地産地消の地域起こしになったりしてる。里山と里海は繋がってる。お隣の鳥取県の知事も鳥取砂丘の整備で観光産業を振興したり、島根県にスターバックスコーヒーが無かったのを逆手に取った<すなば珈琲>を展開したり、境港の豊富な海産物とゲゲゲの鬼太郎ブランドをコラボした観光誘致も凄いよね。SDGs、持続可能な循環型社会というのかな。私、島根でも何かできないかなと思うよ」


 葵は目を輝かせながら一気に話した。


「一緒に何か考えてみましょうか。資金調達には地域貨幣をブロックチェーン技術の暗号通貨で発行するのもひとつの手です」


 AIの妖精ルナはにっこりとうなづく。


「それと、ルナちゃん、ふと思ったんだけど、日本って、中国、ロシアとの間に朝鮮半島という緩衝地帯があるから守られてるのかもしれないね」


 安東葵は『かりんとう』をほうばりながら、農業少女らしからぬことを言った。

 その疑問に答えたのは、AIの妖精ルナではなかった。


「その通り。葵ちゃんも成長したな」


 と言ったのは、東京からやってきたメガネこと服部信三郎だった。


「メガネ君、お久しぶり。今日は何しにド田舎の島根くんだりまで?」


 葵は自虐的な切り返しをした。

 実は葵とメガネは以前から面識があった。

 葵は現在、日本の総理大臣を務めてる、若干、三十五歳の安東要あんどうかなめ総理の家族の末っ子の妹である。

 安東要曰く、年が離れすぎてるので子供みたいな感覚らしいが、メガネと要は一緒に戦国時代にタイムスリップして戦った仲である。

 それに加え、島根県には秘密結社<天鴉アマガラス>の剣の民の長老神沢仁かみさわじんがいて、昨年11月の神無月の会合で顔を合わせていた。


「葵ちゃんはいつも面白いな。今日はルナちゃんと、神沢のじいさんに相談事があってね」


 いつも飄々ひょうひょうとしてるメガネにしては珍しく難しい顔をしている。


「話してみなさい。何でも聞くよん」


 と答えたのは葵である。

 二十歳なのに、時々、貫禄十分な肝っ玉母さんのような発言をすることがある。


「私も聞きますよ」


 AIの妖精ルナも同調する。

 メガネは葵に話すべきかちょっと迷ってるようだったが、あまりにも荒唐無稽な話なので、もういいかと割り切ったように話を切り出した。例の<大東亜機関>の話であった。


「それは大変でしたね。ずいぶん、重い荷物をおじい様から託されたんですね」


 話を聞き終えたAIの妖精ルナはメガネに同情した表情をしていた。


「うん、がんばれ、少年! 私も応援するよ」


 もうそろそろ、お互いに少年少女という年でもないが、とりあえず、励ましてみた。


「何だか話しただけで、ちょっと肩の荷が下りたよ。ちょっと、神沢のじいさんいにも相談してみるよ。ルナちゃん、もう一度、相談しに帰ってくるよ」


 メガネは晴れやかな顔に変わっていた。


「私も里山里海資本主義と暗号通貨で頑張るぞ! 日本も貿易赤字から救っちゃうよ! ところで、ルナちゃん、その暗号通貨って、何なの?」


「はいはい、一から説明するので、大丈夫ですよ」


 AIの妖精ルナはそんな葵を微笑ましく見ていた。

 ちょっとタヌキ顔の葵はきょとんとしていた。


 


 






(あとがき)


お金だけに依存しない「里山資本主義」の基礎知識 地域循環型の経済システムで安心な社会を形成

https://eleminist.com/article/1230


里山資本主義 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E5%B1%B1%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9


北陸企業とインド連携③~能登里山里海DXコモンズ構想を実践中(前編)

https://spap.jst.go.jp/india/experience/2021/topic_ei_37.html


北陸企業とインド連携④~「三方良し」の能登里山里海DXコモンズ構想(後編)

https://spap.jst.go.jp/india/experience/2021/topic_ei_42.html


瀬戸内海を救った牡蠣の浄化力。美味しさには山の栄養分が不可欠。

https://pixy10.org/archives/post-4037.html


すなば珈琲

https://www.sunaba.coffee/


コンビ二家族とAIの妖精 作者 坂崎文明

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889065107

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