第21話 風を斬る者 【Side アルディ】

 市民の退去、部隊の撤退指示を出した俺は、学院へと向かい走っていた。



「なんだ!?」



 強い剣気を感じたと思えば、迷宮上空を飛ぶ小悪魔の群れに風穴があいた。剣気が飛んで来たのは学院の方からだ。こんな事が出来るのは団長クラスしかいない。



「クローディア様か?」



 元白狼騎士団の団長を務めていた帝国学院の理事長クローディア様なら有り得なくない話だ。


 そう思いながらも足を止めずに学院を目指す。



「ん、青い制服?」



 前方から青いコートを着た男がこちらに走ってくる。結ばれている長い金髪が揺れている事から、その男が帝国最強の一角シルヴィス様である事を示していた。


 先ほどの一撃はシルヴィス様か?



「やあ、アルディ君」



 この緊張の場でも爽やかに、白い歯がキラリと輝くのが、何故かムカつく。



「シルヴィス様、この街に来てたのですか」



 騎士団史上ベッドの上では最強とか、ふざけた異名を持つ青狼騎士団の騎士団長だが、その剣の冴えは我が白狼騎士団の騎士団長と肩を並べるほどだ。シルヴィス様ならあるいは……。



「さっき着いたばかりだよ。それで、何でアルディ君は持ち場を離れて、単独行動をしているんだい?」



 俺は、俺が学院を目指すまでの経緯をシルヴィス様に伝えた。



「グレーターデーモンか……」



 その時だった。また大気に震える剣気を肌が感じた。



「なんだありゃァッ!?」


「へえ、そんな事も出来るんだ」



 空に伸びる薔薇の蔦が、空を飛ぶ小悪魔どもを絡め取っている。



「な、なんですか、あれは?」


「アハハ、僕にも分からないよ。でも凄いね!」



 そして、更に強い剣気が飛び、蔦に絡まる悪魔どもを一掃した。ここら一帯にいたインプやアークデーモンの空を飛ぶ姿は見えない。



「い、今のはクローディア様ではないですよね」


「うん。さあ、学院に戻って学生さんの避難をさせよう。ヤツが出てくる前にね」



 シルヴィス様と学院の校庭に差し掛かった時だった。



 ピキィィィイイイッッッ!



 古代迷宮の結界を割る音が響く。そして、絶望が黒い羽を広げ空に飛び出る。


「ちくしょう、三体かよッ! アルマドックめ、凶運すぎんだろッ!」



 結界を破る音と共に現れた三体のグレーターデーモン。一都市を壊滅させるレベルの特S級モンスター。


 ファイヤードラゴンやサンダードラゴン並みにヤバい魔物だ。しかも三体ともなれば、それは絶望レベルと言っても過言ではない。


 先ほど、市民の退去指示を出したのは正解だと思いたい。は免れたのだから。



「シルヴィス様、少しでもアイツの足止めをしますか?」



 これがダンジョン内であれば、それも有りだったかもしれない。しかし、空を飛ぶ大悪魔に今は下策だ。



「いや、流石に三体のグレーターデーモンは僕でも無理かな。それよりも……」



 シルヴィス様が破壊されていない方の校舎を見上げた。二階の窓に足をかける人影が見える。



「それよりも、ここは彼に賭けてみようか」





 二階から飛び降り、校庭に立つ青いコートを着た少年。青狼騎士団の騎士か?



「シルヴィス様、彼は?」


「フフン、さて今度は何をするのかな」



 シルヴィス様は、俺の問には答えられないほどに、校庭に立つ少年に注目している。


 その少年の端正な顔立ちには、まだ少し幼さを残している。彼が青狼騎士団の新人であろうかと推測はできるが。


 少年は脇に指していた銀色の剣を抜いた。ここから見てもその剣が名刀である事が分かる。


 その剣をしばし見つめた少年は、剣を鞘に収めた。はて?



「アハハ、だから折れないと思うよ」



 シルヴィス様はアハハと笑い、都市破壊級のグレーターデーモンが三体もこちらに向かって飛んで来ている現状にも関わらず、余裕の笑みを見せている。


 そして少年は背中の黒い大剣を手に取った。黒光りする大剣がアダマンタイト製である事が見て取れるが、何かが違う。



「シルヴィス様、あの剣は?」


「ふふ〜ん、アルディ君もザ・フールの話は聞いた事はあるよね」


「はい?」



 我が皇帝陛下は欲しい物には金に糸目をつけない事で有名だ。なんなら我ら騎士団の命が散る事さえもいとわない。


 先日も黒狼騎士団にドラゴンの卵を探すよう命じていたとの事だ。そんな陛下が世界最強の剣を所望し、ドワーフの名工を集め作らせた大剣がある。高密度アダマンタイト製の黒い大剣。


 しかし、その剣は余りにも重く、人が振るえるような代物ではなかった。そして、その誰にも使えない大剣に付いた名前がザ・フール愚者の剣だった。



「マジっすか?」



 見れば少年は黒い大剣を片手でブンブンと素振りをしている。



「びっくりだよね。あの剣を片手で軽々と振っているんだから」


「ま……マジっすか……」



 そして少年は黒い大剣を両手で持ち、腰を落として体を大きく捻り、大剣を背後へと回す。


 そして爆発的に膨れ上がる少年の剣気。



「な、なんて剣気だ……」



 白狼騎士団の騎士団長がファイヤードラゴンを一刀両断した瞬間を見た事がある。あの時も凄まじい剣気を見たが、この少年は団長のそれよりも凄まじい。



「ま……まだ上がるのか……」



 とうに人の器を超えたであろう剣気が、留まる事なく高まっていく。


 続いて少年に向かい大気中の魔気が渦を巻いて集まっていく。



「か、彼は何をしようとしているのですか?」



 先ほどから俺の体は鳥肌が立ち、震えが止まらない。それでいて、何が起こるのかという期待に心が昂ぶっている。こういうのを畏怖の念と言うのだろうか。



「アハハ、僕にも分からないよ。分かるのはライオット君の本気が見られるって所かな」



 ライオット? 少年の名前か?


 渦を巻く魔気は黒い大剣ザ・フールに集約され、眩い輝きを放ち始めている。


 空を見れば、少年の気配に感づいた三体のグレーターデーモンが、残忍な歯を並べた大きな口を開け、その中には禍々しい光が集束している。


 地獄の業火と呼ばれるグレーターデーモンのブレス。一体のブレスでも、学院を焦土と化す威力を持つ。それが三体だ。あれの直撃をくらえば、ここら一帯は灰燼と帰すだろう。


 やべえぞ、オイ!


 俺がそう思うと同時に三体のグレーターデーモンから地獄の業火が放たれた。


 三本の禍々しい炎は、うねり、混じりあい、巨大な一つの焱光ブレスとなり、学院を焼き尽くさんと襲いかかる。


 少年を見れば、あれ程に高まっていた剣気も、大渦を起こしていた魔気の渦も消えさり、少年が波一つない静かな湖に立っているのではないかと錯覚をする程に、校庭は静まり返っていた。


 嵐の前の静けさ……。


 そして、舞い上がっていた木の葉が、静かに水面に落ちる時……、少年は静かに呟いた。



「烈風剣・ソニックバーストエッジ・破王」



 後ろに構えていた黒い大剣ザ・フールを、音を遥かに超える速度で振り上げる。


 爆音が響き、俺の鼓膜を激しく揺さぶる。その衝撃波は瓦解した校舎を吹き飛ばし、破壊されていない校舎に張られていた結界に無数のヒビをいれた。


 人知を超えたレベルに集束した剣気と魔気は融合し、爆発的なエネルギーの奔流となり、三体のグレーターデーモンが放ったブレスを飲み込み、そして、都市破壊級、災害レベル特S級のグレーターデーモン三体が抗う術も無く塵と化した。


 爆発的な奔流はその先にある雲を消し去り、遥か空の彼方へと消えていった。



「アハハ、いやいや、凄いなライオット君は」



 俺の隣でお気楽に笑っているシルヴィス様。いやいや、凄いの一言で片付くレベルじゃねえだろ!


 そして一都市を救った少年は、大剣をコンコンと叩いてニコっと笑った。



「シルヴィス様、彼は何をしているんだ?」


「剣が壊れていないか確認しているんだよ。普段は無表情の彼の笑い顔を見れたのは貴重だよ。よかったねアルディ君」



 オイ! あんたら何かズレてないか! 喜ぶべきは剣が折れてないかじゃなくて、街が救われた事だし、いい物を見たって言ったら彼の笑顔じゃなくて、さっきの大技だろッ!



「…………それで、彼は何者なんですか?」


「アハハ、彼はね――――」



 シルヴィス様の一言が、今日一番驚いた出来事だった……。

 

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