第5話 お友達なら喋ってもいいみたいです
朝から学校はバタバタしていた。妙に大人達の出入りが多い。俺の野外教育での仕事も無くなったので、廊下の雑巾掛けから一日が始まる。
「昨日はありがとう……」
昨日の女の子だ。昨日はうっかりお喋りをしてしまったが、生徒達とはお喋り禁止だ。俺は気にせずに四つ足で雑巾掛けを続ける。
「な、何で無視するのよ!」
「……」
雑巾掛けする俺に、女の子が何故か付いて来るが、お喋りは禁止だ。
「ちょ、ちょっと何か言ってよ!」
女の子が大きな声を出すので他の生徒達も俺に注目し始めた。困った……。
「すまん。生徒達とのお喋りは禁止なんだ」
そう告げて俺は雑巾掛けを続けるが、後ろですすり泣く声が聞こえて振り向いた。
女の子が泣いていた? 昨日の足の怪我が傷むのだろうか? 仕方なく俺は女の子の元へと行った。
「大丈夫か? 足が傷むのか?」
「違うわよバカ!」
女の子は涙で濡れる瞳を両の手で拭う。
「お礼くらい言わせなさいよ……」
「お礼? 何の事だ?」
「……もう!」
女の子は俺の手を取るとスタスタ歩き出した。付いて行くと、今は使っていない物置のような部屋に入った。
「昨日、貴方が私を助けてくれたお礼よ」
「助けたのか?」
「…………」
女の子はまた涙ぐんでしまった。
「バカァァァーッ!」
女の子はそう言って俺の胸元に顔を埋めた。
「昨日もそうだし、ポイズンジャイアントトードからあたしを助けてくれたのも貴方じゃない……」
「……蛙から助けた女の子はお前だったのか?」
「……そうよ……貴方はあたしの命の恩人なのよ……」
「そうか」
「……名前」
「ん?」
「貴方の名前」
「俺か? 俺はライオット。村の友達からはライと呼ばれていた」
「……ライ。あたしは……私はレティシア、よろしくライ」
「あ、ああ。しかし生徒達とはお喋り禁止なんだが……」
「生徒じゃないわよ。私達は友達よ」
「友達なのか?」
「今から友達! だからお喋りしても大丈夫よ!」
「そうか」
俺とレティシアは適当な台に座った。
「ライ、何か恩返ししたいんだけど、何か欲しい物とか有る?」
「無いな」
「な、何も無いの!?」
「無い」
「無いんだ……。こ、困っている事とかは?」
「無いな」
「…………」
レティシアは瞳に涙を溜めている。また泣き出してしまいそうだ。
「……困っている事なら有る」
「な、なになに!」
「字が読めない。廊下とかに注意書きが書かれているみたいだが俺には読めない。それで廊下を走っていたら怒られた。注意書きが書いてあったようだ」
「あた……私が教えてあげる」
「いいのか?」
「いい! 全然いいよ!」
◆
雑巾掛けが終わる頃に理事長に俺は呼び出された。昨日の仕事を放棄した事を怒られるのだろう。下山する時に荷物を放置してしまった俺の落ち度だから仕方ないな。
「怒らないのか?」
「何であんたを怒るんだい」
「昨日は仕事を放棄してしまったから……」
「あんたはやっぱりバカだよ。そんな事で怒るもんかい」
「そうなのか?」
「そうだよ。それより山の中で大量のオークを見かけたかい?」
「ああ、見かけた」
「それで逃げてきたんだね」
「いや、生徒を守るのが俺の仕事らしいから豚人共を屠ったが」
「仕事? ……で何匹だい?」
「四、五十は屠った」
「大きなオークはいたかい?」
「う~ん、いた気もするな」
「その間レティシアはどうしたんだい?」
「左手で抱きかかえていたぞ」
「レティシアを抱いたまま戦ったのかい!?」
「レティシアは綿のように軽かったから問題なかったな」
「…………」
理事長が俺を真剣な眼差しで見ている。そして手を二回パンパンと叩くと誰か入ってきた。
「レティシアを理事長室に呼んどくれ。あんたはもう仕事に戻っていいよ」
何だったのだろうか?
◆
お昼休み前には昇降口の掃き掃除を終わらせる予定が、理事長と話しをした為に遅れていた。
お昼休みになると生徒達が昇降口にも集まってきた。そんな中で俺は噂話しを耳にした。
ステームという男子生徒が昨夜、豚人を五十匹退治したらしい。俺が豚人を屠った後には豚人の気配はなかった。ステームという男は俺が戦う前に豚人を五十匹も屠っていたという事か。大したものだ。
◆
夕方前に俺は木の枝の剪定をしていた。校舎裏の木はどれも伸び放題で日の当たり方や風の通りが悪い木が多い。
今ではこんな体だが、俺も森の妖精のコロボックルだ。木々が不健康になるのは見るに堪えない。
枝に登って剪定をしていたら校舎裏に男女の生徒がやってきたのが見えた。
銀髪の男子生徒が女子生徒に口付けをしている。俺はした事はないが、あれが愛の行為である事くらいは知っている。
覗き見は良くないだろうと思い目を背ける。しかし二人の会話は耳に届いてしまう。
「野外教育は中止になってしまったな」
「……はい」
「俺の部屋に来い」
「で、でも男子寮に女の子は……」
「そんなものは何とでも出来る。俺が呼び出したら必ず来いよ」
「……はい」
風に乗って聞こえた会話は逢い引きのようだった。何故か女子生徒の声には悲しみの響きがあったが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます