第3話 野外教育の荷物番をしました
翌日は朝から生徒達と山の中の細道を歩く。山頂は見晴らしもよく、街も見えるらしい。
新緑の山を歩くのは気持ちがいい。列の最後尾を沢山の荷物を背中に背負っているが、体力的には大丈夫だ。流石は禁断の木の実だ。体力や筋力も百倍以上上がっているのだろう。
優しい風が吹く。木々の隙間から見える空は青く、歩きながら清々しい風を肌に感じていた。
生徒達がテントを張る宿営地は山頂よりも少し下の開けた場所だ。ここをベースにして魔物退治を各グループ毎に行うらしい。
学院では勉強以外にも剣や魔法の教育等、こういった実践訓練がある。この辺は強い魔物がいないとかで、学生達の訓練場としても大丈夫みたいだ。
木々に囲まれた広場に着くと生徒達は野営の準備を始めた。俺も物置兼俺の寝床となる、大きめのテントを設営をする。
昼食を食べた後に幾つかに分かれた生徒達のグループは、先生達と森の中に入って行った。俺はここで荷物の見張り役だ。俺以外にも何人かの先生達も残っている。
あれから暫くして森の中が騒がしくなる。俺の聴力も百倍以上に上がっているから様々な音を聞く事が出来る。どうやら魔物の集団に襲われているようだ。
慌てて戻って来た幾つかのグループ。
「オークだ! オークの群れが出た!」
「生徒達は直ぐに下山して下さい!」
引率の先生が生徒達の下山を促す。生徒達も慌てて山を降りて行く。
暫く眺めていると誰もいなくなった。みんな下山したのだろうか?
ガサガサと茂みが揺れる。現れたのは女の子だ。片足を引きずっている。
「みんな、もう逃げたの?」
「ああ、みんな逃げたぞ」
「……あなたは何で逃げてないの」
足を引きずりながら俺の方へと女の子はやって来た。見覚えがあるその顔は雑巾掛けの時に俺を蹴ってきた女の子だ。躱したけど。
「俺の仕事は、荷物を守る仕事だからな」
「今は、そんな事態じゃないわよ! 早く逃げましょう!」
「いや、今は逃げない方がいい」
「え?」
「既にこの辺りは魔物……豚人が十三匹で取り囲んでいるからな」
茂みから姿を現す豚人達。手には槍や剣、斧を持っている。
「な、何でこんなに沢山のオークが……」
ガタガタと震える女の子。さて、コロボックルの頃は厚い皮を斬るのに苦労したが今ならどうだろうか? 俺は剣を抜き構える。
「ちょ、ちょっとあたしを守りなさいよね!」
「……そうなのか?」
「あ、当たり前でしょ! あたしは足を怪我しているのよ!」
「俺の仕事は荷物を守る事だが?」
「せ、生徒も守るのよ!」
「……それも仕事か?」
「そ、そうよ! 生徒を守るのも仕事よ!」
「分かった。ならばおぶされ」
俺は片膝をついて女の子に背中を向ける。
「そ、そんな恥ずかしい事出来ないわよ!」
女の子は赤い顔で拒絶するが、既に豚人が三匹近付いて来ている。俺は女の子を手繰り寄せ、左手で抱きかかえた。
「キャッ」
「首に捕まっていろ」
俺は女の子を左手で抱き上げたまま三匹の豚人に駆け出し、剣を三振りして軽く屠る。
長い剣を使えるのは楽だ。一刀で両断出来る。小人の剣では皮を裂くのも一苦労だったからな。子鬼が落とした剣だがまずまず使える。
更に他の豚人に剣を向ける。元々すばしっこいコロボックルだが、敏捷性が百倍以上になった俺はまるで風のように駆ける事が出来た。ワンステップで軽々と跳躍出来る。
昔、飛び蜥蜴を相手にした時は剣が届かずにやきもきした時もあった。まぁ、そのおかげで烈風剣を修得するに至ったのだが。
十匹の豚人を屠るのに僅か数十歩のステップで終わった。流石は百倍以上の効果に長い剣だ。
「大丈夫か?」
左手で抱きかかえていた女の子を見る。女の子は俺の首に両手を回してしがみ付いていた。
「う……うん」
「そうか。顔が少し赤いようだが?」
「だ、だ、大丈夫よ!」
「そうか」
辺りの茂みがまだ揺れている。近くにはまだ数十匹の豚人がいるようだった。俺は森に入り豚人を屠っていく。数が多くて面倒だが、ここで烈風剣を使えば木々迄が倒れてしまう。今の俺が烈風剣を使ったらどれ程の威力になるのか想像も出来ない。
仕方なく俺は木々の間を駆け抜け豚人を一匹づつ屠っていった。
粗方の豚人を屠っただろう。ざっと四、五十はいた感じだった。最後に身丈が俺の倍以上はある大きな豚人がいた。
グオーッと大きな声で威圧していたが、小人だった頃に思えば随分と小さく感じる。そいつもサクッと屠った。
「さて……」
「…………」
「ずっと俺の顔を見ているようだが?」
「な、何でもないわよ!」
「そうか」
だいぶ森の奥に来てしまった。宿営地の方角を見失っている。仕方なく俺は山頂を目指して山を登る。この山の山頂は開けていると言っていたから方角も分かるだろう。
「歩けそうか?」
抱きかかえている女の子に聞いて見るが、赤い顔で女の子は首を横に振って、俺の首に回している両手に力が入った。
「そうか」
◆
山頂に登頂した頃には日が沈んでいた。しかし山麓に見える街の灯りが幻想的に眩き輝いている。
「綺麗……」
「そうだな、お前も綺麗だが街の灯りも綺麗だな」
「な、なな、何を……」
「どうした? 顔がまた赤くなったぞ?」
「な、何でも無いワヨ! バカッ!」
今後はバカと呼ばれた。俺は変質者で変態でバカらしい。バカは分かるが変質者と変態って何だ?
向こうに細道がある。あれを降れば宿営地まで行けそうだな。
◆
宿営地に付いたが辺りには誰もいなかった。ここで一晩あかすことも考えたが、屠った豚人の死臭が漂い始めている。仕方なく暗い夜道だが下山する事とした。
「腕、疲れない?」
抱きかかえている女の子が聞いてくる。
「お前は軽いから綿を持っているようなものだ。気にするな」
「か、軽い? 綿?」
何故かまた女の子の顔が赤くなった。そう言えば女の子とここ迄近い距離になったのはこれで二度目か。あの女の子も綿のように軽かった。そして女の子というものは柔らかくて、いい匂いがする事が分かった。
「……あの
「どうした?」
「わたしの友達がいたグループが、私達のグループよりも森の奥に行っていたから……」
「森の中では見掛けなかったが……」
「そ、そうね、あのグループにはステームもいるし……」
「ステーム?」
「伯爵家の息子で、剣の腕前もまあまあな奴。ポイズンジャイアントトードを五匹も一人で倒したかどうかは眉唾だけどね」
「学校でその話しは聞いたな。ポイズンジャイアントトードとは何だ?」
俺がそう聞くと女の子は震えだした。
「きょ、巨大な蛙よ。毒を持つ長い舌で獲物を捕らえて捕食する魔物……」
「蛙の事だったのか」
「ステームは五匹倒したと言っているけど、多分嘘。噂話しのその場所には三匹のポイズンジャイアントトードがいた筈だから……」
女の子の体の震えが強くなる。顔色も青みがかっている。
「俺が街に来る途中でも蛙を倒したな。腹から女の子を一人助け出したが元気でいるかな?」
女の子の震えが止まった。俺の首に回している両手が強くなり俺の顔を真っ赤に頬を染めて、大きな瞳で俺を見ている。
「大丈夫か?」
女の子はこくりと頷きそのまま俺の胸で泣いてしまった? 何でだ?
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