美しい秋
MURASAKI
一話完結 美しい秋
まだ少し動くだけで、じわりと汗をかくほどの暑い昼下がり。生きることに疲れ気味の私は、庭に出る。ふと庭のはしを見ると、山から下りてきた赤とんぼが群れていた。
まだ赤というよりほんのり朱色がかっただけの小さなとんぼは、縦横無尽に飛び回っている。
茜色の空を映しきれていない彼らを見てふと思い立ち、サンダルのまま散歩に出かけた。
歩いて五分のコンビニを通り過ぎ、雨が降らず水量の少なくなった川を見ながらゆっくりと景色を楽しむ。川面に反射する光はまだ強く、思わず目を細める。川辺に規則正しく植えられたソメイヨシノに張り付いて、あれだけ大合唱していたセミの声がもう聞こえてこない。
まだ緑が萌えている土手には、咲いたばかりの真っ赤な曼殊沙華がレッドカーペットを敷いたかのように広がる。去年よりも随分咲くのが早いと思うが、二日ほど前まで気温が低い日が続いたのが原因かもしれない。人間でも驚くほどの冷え込みだったのだから、植物が季節を間違えてしまっても仕方がないと、深い紅色の花を眺めながら思う。
いつからだろう、季節が狂いだしたのは。
思い返せば、何年も前から動植物が不思議な行動を取っていた。
花の咲かない里芋に花が付いた。二十年目の庭のグラリオが狂ったように咲き、枯れた。毎年緑のカーテンとして栽培しているゴーヤは大量に花を付けたのに、実らなかった。アマガエルが大量発生した。まだ夏は終わらないのに、夜になると虫が鳴く。あんなにも飛んでいた蛍が消えた。初雪がいつ降るのか読めなくなった。
数え挙げると数多くの不可思議な出来事が、ここ数年で起きていることに気付く。
空を見上げると、あんなにも雄大に浮かんでいた入道雲はうろこ雲へと姿を変え、過ぎゆく季節を物語っている。
少し前まで瑞々しい緑色をしていた稲は枯れた色に変化し、風に凪いで黄金色の輝きを放っている。
のどかだ。
いつもと同じ田舎のあぜ道。ただ、季節だけが明らかに早く到来しているのを、額から滴り落ちる大きな粒を手でぬぐいながら感じる。
少し近所を散歩するくらいの軽い感覚で家を出てきたのに……満開の曼殊沙華に興奮し、つい歩を進めてしまった事を軽く後悔する。気付けば来た道を戻るにしろ、迂回路までこのまま進むにしろ、家に辿り着く時間は同じ位の場所まで来ていたのだ。
気付いてしまうと、今までの感動はどこかに飛び去り、急に倦怠感が襲う。
「さて、どうするかな」
誰も居ないのをいい事に独り言をつぶやき、もう一度土手に目をやると違和感を覚える。燃え上がるような紅の中に真っ白な、点。
それが何か分からず近付いてみると、白い曼殊沙華が「私を見ろ」とばかりに咲いている。一面紅の中、他に染まることなく咲く花はどことなく凛として見えた。
何色にも染まらないのだと自己主張する姿は、まだ何も起きていない未来を憂いてばかりの私を叱咤激励しているかのように――。
立ち止まり、大きくひとつ深呼吸をして、もう一度前に歩を進める。
吸い込んだ空気は、次の季節の訪れを感じさせる乾いた稲の香りがした。
もう一度、前へと歩を進める。
美しい秋 MURASAKI @Mura_saki
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