第13話-終 悪役令嬢は人々の前から退場する
私からの問いかけを、長楽は子供っぽい笑顔で返した。
「そうだ。やっと自分のシナリオが動き出したのだ。まあ、あらかた君がめちゃくちゃにしてくれたがね」
「高位魔族はなかなか魔族領から出てきません。王都襲撃の際、あれだけの高位魔族がやって来ていたのは、魔王の命令ばかりではなかったと思っていました。あなたが仕組んだのですね? 自分を隠すために」
「さすが、名探偵。その通りだ。ギュネスをそそのかしたのも私だ。高位魔族を離反させると脅したら魔王は素直に従ってくれたよ。その裏をかかれて、あのまぬけけな国王に会いに行くとは思わなかったが、まあ良い。これをきっかけに人類は終わりを迎えようとする。そのとき人類に救世主がやってくる。実に楽しいシナリオだろう?」
にやにやと笑っている長楽を、私は黙って見つめる。
どうして犯人というものは、いったん犯行を認めてしまうと饒舌になるのだろう。私は、これまで捕まえてきた犯人たちとまったく変わらないその反応に、とても失望していた。
こんな人間のために、私とユーリスは死んだのか……。
こんな子供のような大人のために……。
私は感情を込めずに口を開く。
「ひとつ聞きたいのですが?」
「君にわからないことか?」
「はい」
「ふふ。それは嬉しい。質問を聞かせてくれ」
「魔族の血とはなんなのです?」
長楽は顎を手でさすりながら語り出す。
「それぞれのキャラクターには器がある。HPが100なら、100までの器だ。魔族の血は高圧縮された一種の生体ナノマシンだ。一方で人はそれが足らない。100しか入らない器に10万の数値を入れたらどうなるか。ほかのパラメータに影響を及ぼすかもしれないし、いきなりクラッシュするかもしれない。言ってみればバグが生まれる」
「バグ。つまり不具合ですか」
「そういうことだ。その影響は計り知れない。特定のフラグが立たなくなる。特定の変数がおかしくなる。一部の行動ができなくなる。なってみないとわからないことが多い」
「なるほど。たいへん勉強になります。魔王アルザシェーラという人から魔族に変わった実例がいるのに、再現できなかったのもうなづけます」
「あれは事前に制約を課すことで影響範囲を狭めたんだ。魔族を殺さない。成長できない。子を成さない。まったくひどいエンジニアだよ。ラッチ演算ぐらいしておけば、こんなことにはならなかったのに」
憤りながらもどこか楽しそうにしている。
「長楽さん、もうひとつ質問をしても?」
「ふふ。かまわないよ」
「黒髪はあなたがつけたマーカーですね。黒髪を差別対象にし、効率よく魂魄を収集するための」
「人は苦しいときほど、ヒーローの登場を願ってしまうからね。推しを見て死にたいとか思うわけだ。面倒なことに人の記憶というものは他人の記憶の中にある。誰かがこんな人がいたと考えなければ、魂魄の元になる記憶が取り出せない。この仕組みのおかげで、この世界の人間の数を増やすことができた。実によいアイデアだろう?」
「私もそうしてここに来たのですね?」
「そうだ。君はバグだ。複合バグだ。女神が、将来の女神候補として君を転生させた。君が望んだ力が欲しいという願いと合わさり、とてつもなく大きな魔力を持つことになってしまった」
「この世界はバグだらけですね」
「その通り。実にリアルだよ」
黙ったままでいる私に、長楽は挑発するように言う。
「さて、どうする。私は死ねないんだ。この世界の重要なNPCキャラというわけだ」
私は顔を上げて、長楽をにらみつけた。
「ゲームで遊んでいて腹が立ったら、やることはひとつです」
「なんだい?」
「ゲーム機ごと窓から放り捨てます」
「あはは、いいね、それ。でも、君に出来るのかな。刑事さん」
「いまここにいる私は刑事ではなく、探偵でもなく、ましてやあなたに与えられた悪役令嬢という役でもない」
手にしていた剣を持ち上げると、切っ先を長楽へ向けた。
「ただの復讐者ですよ」
笑い出す長楽が、指先で剣先を横にそらす。
「残念だよ。そんなものでは私は殺せない。それは私が作ったものだからね」
軍服のポケットを探る。手に触れたものをそっと取り出す。それはグリフィン先輩から結婚式の贈り物としてもらった、栓抜きの形をした金属だった。穴が空いたところを勇者の剣の柄にはめる。カチャリという音がした。私は剣に向かって静かに命令を伝えた。
「起動モード、リミットブレイク。実行、虐殺モード。回数、無限。対象、非プレイヤーキャラクター」
長楽の笑みが消える。
「待て。開発者用ドングルが、なぜここにある?」
「大公を通じて魔王からいただきました」
「使い方までもか!」
「ええ」
「単純な話です。魔王があなたを殺したいと思うのなら、その方法を誰かに託せばいい。ユーリスにしてきたように」
「あいつはどこまで教えた!」
「すべてです。お互いに知っていたこと、推測したことをすべて交換しました。あなたが嬉しそうに語っていたことは、全部私と魔王が知っていたことばかりです」
「はあ? なら、なぜこの私に聞いた!」
ふふ、うふふ。
私は悪役らしく笑い出す。
「あなたのその顔が見たかったからですよ」
「きさま……」
長楽が手をかがげた。赤黒く光る勇者殺しの矢が現れると、それを私に向かって何度も執拗に放つ。
私は剣を振るう。踊るように振るう。
切っ先が優雅な軌跡を描きながら、すべての矢を受け流す。
飛び散った矢が周囲の机や本棚や床に落ちると、すさまじい煙が吹きあがった。
煙に巻かれる私に向かって、長楽は吠える。
「はっ、口ほどにも……」
私は煙をまっすぐ斬る。
煙の切れ目から驚愕の表情を浮かべた長楽が見えた。
その後ろには何万本もの剣が浮かび、切っ先を長楽に向けていた。
「さて。無限に死なない者と、無限に刺し殺す剣では、どちらが勝つのでしょうか?」
■古都ネフィリア ラウムファート大聖堂 リウナス大月(7月)20日 19:00
中央尖塔の暗闇から抜け出ると、中庭にはたくさんのかがり火が焚かれていた。魔法の明かりが灯った副塔には、連合王国旗がひるがえっていた。それを見上げながら涙を流している兵士たちのそばを、私は何も言わず通り過ぎる。
「なぜ涙を流しているのでしょう……。こんな嘘で塗り固められた世界なのに……」
ぐふっと咳き込んだ。口の中に錆の味が広がる。口を押さえた手には、赤い血がどろりと垂れた。
長楽は必死に抵抗した。私を殺せば助かると思ったようだった。
あらゆることをして逃れようとした。
私はそれを許さなかった。
「ユーリス、ごめんなさい。私は人を殺してしまいました。あなたをあんな目に合わせた憎い人です。私達が別れるように仕組んだ男です」
私は背に刺さっていた魔族の剣を一気に引き抜く。あふれる血にかまわず、手にした剣をずるずると引きずりながら歩いていく。
「私を許してもらえるでしょうか。許して欲しいです。怒られてもかまいません。私は悪い子ですから……」
贖罪の言葉をつぶやきながら、私は歩いていく。
早く帰りたい。早く……。
ユーリスのところへ……。
私は叶えられない願いで心を満たしながら、街へと歩き出した。
■古都ネフィリア 外城壁 西門前 リウナス大月(7月)20日 20:00
西門の前の広場には、急ごしらえの演壇が作られ、セイリス殿下がその上で声を張り上げていた。
私は後ろの暗がりに隠れ、痛みに耐えながら、それをずっと眺めていた。
「悲願は成就された! 我がアシュワード連合王国に栄光あれ!」
広場に集まった兵士たちの歓喜の叫びが、地鳴りのように響いた。
歓声が少し落ち着くと、セイリス殿下が勇者が呼ぶ。やってきた勇者を壇に立たせると、セイリス殿下が下がっていく。
兵士たちは勇者が見えると「勇者ばんざい!」と口々に叫び出した。
それに応えるように、勇者は小さく手を振り、恥ずかしそうに言い出した。
「えっと、その……。生き残れて良かったと思う」
兵士たちが笑い出す。つられて勇者が照れ笑いをする。
「これはみんなの勝利で……」
私は後ろから勇者にすばやく近づいた。肩をつかむ。振り返る勇者に向かって、静かに告げた。
「あなたは普通の人です。人とは違う記憶を持って生まれ、人とは違う固有スキルを持っているだけの、ただの普通の人です。どうか勇者から普通の人へとお戻りください」
勇者はつぶやく。
「バカな奴……」
魔族の剣を振るった。細長い刃が勇者を斜めに斬る。そのまま壇上にどさりと倒れた。
剣先には勇者を感電させたときの稲妻が、わずかに漏れていた。
「捕まえろ! 勇者殺しは大罪である!」
勇者の副官ネネがそう叫びながら、壇上に上がってきた。素早い回し蹴りで剣を弾き飛ばすと、私の腕をひねりあげる。私はそばに来た彼女に小声で話す。
「裏手にワイバーンを用意しています。手筈通りそれで行方をくらまして、あなたたちは故郷へ逃げてください」
「……ありがとうございます」
副官はそれを聞くとうつむいた。
「ファルラ!」
騒然とした兵士たちの中から、私を呼ぶユーリスの声がした。
私は副官に捕まったまま、ユーリスに叫び返した。
「来ないでください!」
「でも!」
私は体をひねり、そのまま副官を床へ投げ飛ばした。
落ちた剣を拾い上げ、両手で握り締める。
牽制するように剣をかまえて見せると、駆けつけてきた兵士たちはたじろぎ、私を遠巻きに囲み始める。
「ファルラ! いま行くから……」
私は剣先を自分の喉に突きつけた。
「ユーリス。あなたが私を助けようとしたら、このまま死にます」
兵士たちを必死にかき分けて壇の前までやってきたユーリスが、その場で動きを止めた。
「なんで……そんな……」
私を見上げながらユーリスが絶望していく。
私はその顔を見つめながら、さようならと心の中でつぶやいた。
遠巻きに私を囲んでいた兵士たちの中から、オルドマン衛士長が歩み出た。私を苦り切った表情で見つめていた。
私は普段と変わらないおどけた口調で、衛士長に声をかけた。
「やあ、オルドマン衛士長。お疲れのところ、本当にすみません。どうか痛くないようにしてもらえますか? 痛いのはちょっと嫌なのです」
「そうですね……。では、いつかのお返しをします」
剣を手放した。床に落ちた剣が冷たい鉄の音を響かせた。
衛士長が魔法陣をさっと指先で描く。私をしっかり見つめながら短く詠唱した。
「ライトニング」
電撃を浴びた。
ゆっくりと世界が傾いていく。
消え去る意識の中、懐かしい情景が心に浮かんだ。
私とユーリスが、冬のグレルサブで白い雪の中を遊んでいた。
真っ白で、どこまでも白くて……。世界が全部白くて……。
そう、こんなふうに……。
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作者が「そんな顔が見たかったって燃えるよね。たとえば、賭ケグルイでさ……」と語りながら喜びます!
いよいよ次は本編最後のお話しです。よろしくお願いします。
次話は2023年1月25日19:00に公開!
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